49・理不尽大蛇竜降臨
免悟は戻って来た気獣に近付くと、その頭をガシッと掴んで言った。
「お前ら何やってんの!、仕事なめてんのか!?」
もふもふの頭をガシッと鷲掴みだ、萌えるぜッ!。(ってなんか違う…)
気獣はパチクリ目を閉じると、申し訳なさそうに尻尾を小さく振った。
気獣たちはある意味まだ生まれて間もないので、知能指数は高くても経験値が低いからメンタルが弱い。
怒られるとすぐヘコむのだ。
案の定その気獣も気持ちを堪えてプルプル震えるし。
………やりにくいわ。
なもんで、さてどうしてくれようか?と悩んでいると、待機組の気獣に後ろから袖を引っ張られた。
そんなのいいから早く行こうよ!って感じだ。
ま、確かに説教してる場合じゃない、かも知れない。
とりあえず気獣の本隊と合流すべきだな。
免悟はヘコむ気獣を偉そうに引き立てると、その背中に乗って飛び立った。
途中YES、NO方式で気獣から事情聴取した。
どうやら免悟を残して出掛けた5匹の気獣は、よりによって今モンスターと交戦中らしい。
えーー…、しかもその相手はなんと森迷宮最大最強クラスのモンスター「大蛇竜」だと言うのだ。
実のところ、免悟だってあの馬鹿デカい咆哮を聞けばそれが何かはすぐに分かった。
それよりなんで大蛇竜なんかとやり合ってるんだ?って突っ込みたくもなるが。まあ理由を知った所で現状をどうにか出来る訳でもないから、それもどうでもいいっちゃどうでもいい。
とりあえず今そんな余計な事してるヒマはないのだ。速やかに気獣を連れて家に帰る、まずそれだ。
幸い気獣の心配は殆んどしてない。
と言うのもこいつらは前にも言った通りただでさえあまり物理ダメージが効かないのに、回避能力が高いので滅多な事じゃやられない。
ヤバくなったら逃げりゃいいし。
現場に近付くにつれ、大蛇竜の咆哮が五月蝿くなっていく。流石に免悟もちょっと不安になった。
そこでは大蛇竜が大暴れしていた。
大蛇竜は名前の通り、翼どころか手足もない蛇系の竜種だ。
知能は低く性格は狂暴。基本その巨体と馬鹿力、そしてしぶとい生命力が売りの超危険モンスターだ。
何しろ普っ通〜に強いのだ、いかんともしがたい。
そんな大蛇竜が枝々を薙ぎ倒し、木に巻き付いて木肌を削りつつ気獣を追いかけ回していた。
気獣たちも高速で飛び回りながら大蛇竜を撹乱し、隙を見ては攻撃を与えている。
免悟の目の前ではかなりの自然破壊が行われていた。呆れるほどド派手にやり合ってやがる。
おそらくこんな戦いを見て寄って来る馬鹿はまずいないだろう。周囲の警戒はそんなに気にしなくて良さそうだ。
それにしても、大蛇竜けっこうブチ切れてた…。激おこっぽい。
片目潰れてるし。(ま『再生』持ってるけど)
大蛇竜の暴風圏外で免悟たちが立ち止まると、なんと案内してきた気獣がすぐさま大蛇竜との戦闘にすっ飛んで行ってしまった。
免悟は舌打ちしたが、気持ちは分かる。
大蛇竜と気獣とではパワーが違い過ぎるのだ。たった4匹じゃあ仕留めるどころか抑える事すら出来ない。
案内役の気獣も戦闘が気になって仕方なかったのだろう。
だから免悟は残りの待機組3匹が飛び出すのを制止しながら叫んだ。
「グリドラァァァッ!」
気獣の中でも一番大きな気獣が免悟の叫びに反応した。
「来いッ!!!」
「グリドラ」は気獣のリーダーだ。
グリドラがこちらに気が付いた一瞬を見計らって、免悟が手招きして呼びつける。
免悟の側にグリドラが荒々しく降り立った。かなり興奮している。
グリドラの纏う風が免悟の足元から吹き荒れる。
チッ……!。
戦闘本能剥き出しなグリドラが、苛立たしげに免悟へ眼を飛ばしてきやがる。が、免悟は冷静に感情を抑えて仁王立ちだ。
「引き上げるぞ!、皆をまとめて連れて来やがれッ!」
ただ、免悟だってムカついてる。
勝手に出歩いて、さらに問題まで引き起こしやがって!。
だがグリドラは感情の赴くまま天を貫く様な咆哮を上げると、地(木?)を蹴って戦闘に戻って行った。
しかも待機組までそそのかして連れて行こうとするので、咄嗟に免悟は左右の気獣の毛皮を掴んで引き止める。
しかし手が足りずに一匹だけ釣られて行ってしまった。
クソ…。
残った2匹の気獣が困った顔で免悟を見つめる。
ちょっと可愛い。(とか思ってる場合ではない!)
ところで何故気獣たちはこんな状況になったか、その説明をしよう。
実は気獣たちは免悟から離れた後、ちょうどいい狩りの相手、座頭蟻喰いを見つけたのだ。
なのでそれをみんなでタコ殴りにしてたら、突然それを大蛇竜に横取りされてしまったのだった。
もちろん気獣たちブチ切れた!。
許せん!。
気獣も激おこだ!。
いくら大蛇竜がヤバくても横取り行為は許せない!。
低能脳筋のド畜生モンスターがぁ!、知性派召喚獣なめんなよっ!。(グリドラ)
ちなみに、気獣5体だけじゃあ流石に大蛇竜をブッ殺すのは無理なので、一体だけ戻って来た気獣はあくまで増援にパシらされただけだ。
免悟は、ちゃんと報告は入れたんだな?とか思ってるみたいけど。
こうして気獣たちは、食い物の恨みと言う、いかにもアニマルらしい争いをおっ始めたのであった。
まあ、気獣のこう言った感情に支配され易い所も子供、と言うか経験の薄さのせいだ。
召喚獣は、ほんの僅かな基本属性だけを持っていきなり成体で受肉する。
ただでさえ行動指針の定まらない幼児期は状況に左右されやすい。限界を知らないからやたら無謀になったり、意味もなく怖がったりする。
そんな召喚獣がとりあえず出来るのは目の前の敵を倒す事だけだ。
だから永続召喚で日常的なルールから教えるのは結構大変だった。(免悟は何もしてないけどね!:子供ら)
ま、そんな訳で攻撃衝動のスイッチが完全に入ってしまった気獣を元に戻すのはエダルくらいでなければ不可能だった。
あーダメだこりゃ…。
免悟は早々にさじ投げた。(はえーよ!)
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場面変わってテラリス陣営。
チェカトリアに進軍する迷宮王国テラリスの指揮官、セティカ・ビーソン中佐は26才の若き将校だった。
しかも女性。
長い銀髪と軍服の似合う細身の美人だ!。やったね♪。
もちろんテラリスは見た目で指揮官を選んだのではない。
年齢性別に関係なく、現在軍で最も実績と勢いのあるベストな人選をした結果、彼女に白羽の矢が立ったのだ。
若くして卓越した用兵と戦術眼を持ち、抜群のカリスマ(主に美貌が)を誇る彼女は、テラリス軍次世代の若きエースであった。
そして今回のこの戦は彼女自身の栄達だけではなく、迷宮王国として国家の命運を賭けた一大作戦だった。
何しろ敵は、迷宮核と共にダンジョンマスター最上級のレアスキル『魔核連繋』を持っているのだ。迷宮王国としては絶対に見逃す事は出来ない相手であった。
『魔核連繋』と言うとテラリスでもたった一人しか所有者のいない極レアスキルだ。
そんなスキル『魔核連繋』は迷宮を国家運営の柱とするテラリスにおいて、もはや欠かす事の出来ない必須パーツの一つなのである。
実際、魔核連繋の確保は現在のテラリスにとって最優先課題だった。
唯一の魔核連繋の所有者である現国王はすでに老齢で、しかも初代国王から三代に渡ってスキル移譲がなされている。
非常に危険でコストの掛かるスキル移譲は、さながら劣化コピーのように回を重ねるごとに能力が下がっていく。
今すぐどうなる訳ではないのだが、これから数十年後の未来の為にもスペアを確保しておきたいのは当然の事だ。
ゆえに速攻で他国の機先を制し、国土防衛の綻びを覚悟してまで精鋭部隊を送り出したのだ。まさに今回の戦、失敗は許されなかった。
だが、転移ゲートを抜けてビブリットに現れた指揮官のセティカ・ビーソンさんは恐る恐る半信半疑だった。
いくらビブリットが中立都市でテラリスと同盟してるとは言え、100名もの部隊を複数の探索者パーティーと呼ぶのはかなり苦しい言い訳だ。ほとんど軍隊みたいなもんだし。
協定違反、と言うか侵略と取られてもおかしくないレベルだ。
大型の転移ゲートには当然ゲートを使った侵攻に対する備えも存在するので、ワープした途端にカウンターを食らう可能性もあった。
たとえ命令とは言えこんな無茶な作戦はない。
しかし、わざわざ高位の文官が同行して戦闘を回避して見せるとまで言うのだ。
実際ありとあらゆる手(金とか脅迫とか泣き落としとか)を使って交渉したようだ。
「どんな手を使おうともこの作戦は成功させねばならんのだ!(文官キリッ!)」って最終的にプレッシャー全部私(セティカ)の肩にのし掛かって来るし…。
政治とか外交には疎いセティカさんは、どちらかと言えばまだドンパチ戦争してる方が性に合っていた。
ただ、彼女自身は戦士としてそれほど大して強くはない。彼女の真価は指揮官としての采配にあったからだ。
そんな訳でセティカさん率いる100名の部隊は、スタコラと迷宮へ突入して行った。
とは言え迷宮は完全にアウェイな戦場だ。さっそく複数の探索者が部隊の周囲をウロチョロしだす。
でもまあここまで来てしまえばビブリットのスパイだろうと何陣営だろうと関係ない。うるさく嗅ぎ回る邪魔者は即刻排除するのみだ。
(マジで抹殺。生きて捕らえたら、情報を引き出した後やはり即殺だ。
だって解放した後にまた敵対活動を再開されら馬鹿らしいし。そんなヌルい事やってたらマジ笑われるし)
そんなこんなで迷宮一日目が過ぎた。
森迷宮内は、横に伸びた大樹の枝が通路代わりになるので基本徒歩だ。
森迷宮仕様の(小)魔法【滑空】を持つ精鋭の斥候が、あらかじめルートを先導しながらひたすら進む。
迷宮の中層にまで来ると全体的な危険度も上がるので、さすがに興味本意で覗き見に来るバカな探索者もいない。
居るのは完全に使命を帯びた手練れの戦士ばかりだ。そして、たとえその数が少なかろうと侮る事は出来ない。
難しい(大)魔法を易々と操る上位パーティーは、多少の兵力差など関係ないからだ。
いかに圧倒的な戦力を擁していようとも、そんな数的優位を嘲笑うかの様な全体魔法が存在する。油断は禁物だ。
とは言うものの、現実においてこれほどの部隊が、この迷宮で立ち往生するような事はほとんど無い、と思われた。
そう、それはこの作戦が滞りなく円滑に進みつつある、と思えた矢先の事であった。
「隊長、斥候が大蛇竜の声を拾いました。そう遠く無い所で何かとやり合っているようです」
哨戒班の班長からセティカに報告が入る。
哨戒班は【短信】と言う通信系(小)魔法で斥候とちょっとした信号的な情報のやり取りが可能だ。
「大蛇竜?!、それはマズいな…、迂回しよう。
斥候に別ルートを先導させろ」
セティカは副官にルート変更を伝えた。
さすがに大蛇竜はキツい。
セティカも最低限ではあるが、森迷宮の資料に目を通していた。
その中でもモンスター大蛇竜は単純に強すぎた。もちろん単体なら討ち取れるのだが、被害は確実に出る。
無傷では倒せないモンスターの筆頭だ。
なのでここは急がば回れ。目的はダンジョンマスターと迷宮核である。別に大蛇竜なんかはどうでもいいのだ。
なので、交戦して逆に時間を食うようならあえて遠回りするのも吝かではなかった。
なのだが。
あれ?、
気のせいだろうか、その大蛇竜らしき声が聞こえる。
しかもだんだん近づいてないか?。
「おかしい!、蛇竜も方向を変えて近づいて来る!」(班長)
だよね!。「どう言う事だ?!、ええい、回避は可能か?!」
「無理です、蛇竜の方が速い!」
突然轟音が鳴り響いた。
直後に爆風が巻き起こり、部隊の前方に木片や土煙が押し寄せた。続いて巨大な大枝がへし折れて、迷宮の底へと落ちて行く。
するとその後ろから大蛇竜が出現した。
大蛇竜は一瞬動きを止めると、目の前の人の群れを見渡して、そして吠えた!。
ハイ、大蛇竜お一人様ご案内でーーーす!。by免悟