45・ ただいま準備中です…
エダルを見捨てて今まで通りの生活を続けるか。
それともダンジョンマスター・エダルを担いで波乱の人生を送るか?。
すでにエルドウィンとネビエラはワケ分からんテンションで沸いてるし、子供らは都合の良い未来にだけ想いを馳せて騒いでる。
一部良識派(シントーヤ、ホノ…くらいか、カルは意外と楽天家だ)が、まだ他に選択肢は無いものかと頭を悩ませていたが、チームとしての答えはすでに出ていた。
つまり現実的には選択の余地なし。
波乱人生の幕開けだ!。
ただここで問題がある。それはデヒムスだ。
まあ正確に言うと問題なんて山ほどあるのだが、差し迫った問題と言う意味でデヒムスの処遇だ。
と言うのも、デヒムスはしょせん部外者。立場が違うし逃げ道だってある。
なのでこのままデヒムスを普通に家に帰してしまうのは非常にマズいのだ。
迷宮核だけならまだしも、エダルのレアスキル情報はなんとしても隠しておかねばならない秘密事項だ。
これほどの情報ならリークするだけでも莫大な利益を手にする事だって出来る。
それを知ってデヒムスが何もしないでいてくれると思えるほど免悟もお気楽ではない。
「もし何なら俺が処理するぜ?」(訳:俺がサクっと殺して来るわ!)
エルドウィンにとってはまさに降って湧いたようなお祭り騒ぎ。
しかし、そんな夢の戦国パラダイスをフイにしかねない存在デヒムスは、生きてる以上常に不安要素。つまり目の上の超タンコブ。速やかに処分してしまうのが一番後腐れ無いのだ。
エルドウィンが子供の手前、直接的な表現を避けて汚れ役を買って出た。殺気はダダ漏れだけど…。
それを聞いたデヒムスが青ざめる。
だってエルドウィン大マジなんだもん。
さてどうしたものか?。
殺すにしても生かすにしても一長一短、どちらにせよそれなりのリスクやデメリットが存在する。
そんな屠殺場のブタさんを見る目で免悟が眺める頃、デヒムスは大汗かいてガッチガチに固まっていた。
何しろ完全にエルドウィンの確殺範囲内で睨まれたカエル状態なのだ。必死に平静を保とうとはしているが、その怯えを隠す事はやはり出来ていない。
子供らも何となくその雰囲気を察しているのだろう。
小さな部屋に大人数が詰め込まれた空間は今、デヒムスの処遇に固唾を飲んで見守っている状態だった。
「デヒムス、分かってるよな?、悪いがお前をみすみす帰す訳には行かない。当分俺達に付き合って貰うぜ。
エルドウィンに処理されると言う選択肢はあんまりお薦めじゃないしな」
ニッコリ笑って脅迫だ。
何しろ免悟たちは、とりあえず迷宮に、魔力泉に辿り着かなければならないのだ。
つーか辿り着かなければ話は始まらないのだ。それまでは何が何でも隠密裏に行動する必要がある。
なので最悪人を殺してもとりあえず今バレなきゃそれでいい。それより途中でデヒムスから情報が漏れる、なんて事は絶対許されない。
こっちから呼んでおいて言うのも何だが、こんな話を知られた以上野放しには出来ないのだ!。
デヒムスは怒りと恐怖に体を震わせ歯噛みした。そしてどうにもならない我が身の不運を呪った。
(コンチクショウ!、俺も男だ、こんな一生に一度あるかどうかの状況を夢見た事が無い訳じゃない。
だがこうなったらもうヤケだ、毒食らわば皿まで…、とことん付き合ってやってやるぜ!
ただ、死ぬ前に一度は嫁さん欲しかった!!!)(超涙)
死ぬ前提にすんな、縁起悪いわ…。(免)
デヒムスはあえてその苛酷な運命に乗っかる事に決めた。だってそうするしか他に選択肢は無いからね。
ここで、「すんません、そんなの僕嫌なんで殺して下さい〜」って言える奴はいないと思う。
それにデヒムスとしても、こんなマル秘情報を何の見返りも無しに黙って抱えていられるとは到底思えなかったのだ。
なので、免悟がこういう行動を取るのは理屈的には理解出来た。
そんな訳でこうして魔童連盟にまた一人メンバーが加わった。可哀想なメンバーが…。
さて、その後一同はバンナルク装備店に突撃して、必要なものを強奪した。(ヒドいなぁもう…)
重ね重ね申し訳ないがこれは出世払いだ。魔童連盟の装備が充実してればしてるほど生存の確率が上がるのだから是非もない。
早くもデヒムスは狂乱を突き抜け、静かなる無我の境地に達していた。(注:常にデヒムスの背後には殺気を漲らせた修羅の如きエルドウィンが…。
実際エルドウィンは、もしデヒムスが他人に助けを求めたりしたら、その人間もろとも始末する気でいた…)
デヒムスガンバ!。
そして一同は、常宿のランター亭に戦利品共々デヒムスを連れて引き返した。
と言うのも、街は例の殺人事件で騒然としていたのだ。しかも現場は火事に見舞われており、色々な噂が飛び交っていた。
また街中を巡回する兵士もピリピリしているし、あまり怪しい動きも取りにくい。流石に今姿を消すのはマズかった。
それに、やはり何も言わずに失踪するのは怪し過ぎる。ちゃんと知り合いには別れを告げておくべきだ。
なので、上位種討伐で儲けた金で、近隣都市を回って貿易業をすると言う事にした。
つーか、いずれそうしたいと思っていたのだ。
ま、いわゆる行商人だ。
この世界はモンスターとかのせいで、直接傭兵やハンターがメインで商隊を率いる事は珍しくない。
商才より戦闘の才能の方が重要なのだ。
まあ、免悟たちが都市を渡り歩いて行商を行うと言うのは、少し無理しているように思われるだろうが、そんな奴らもまた多い。それほど不自然には思われない筈だ。
とりあえず準備と挨拶に丸一日掛け、ついにガルナリーを出発する事になった。
ちなみにランター亭のミックさんがっかりしてた、経営的に。
ミックさんに幸あれ…。
それからバンナルク装備店だが、何人かいる見習いにとりあえず任せる。
バンナルク商店は一族経営で、ガルナリーは支店の一つだ。見習いも一族の血を引いている奴らだから変な事にはならないし、すぐに補充の店長代理が来ると言う。
一応、残された店員達には、男デヒムスに一世一代の商機が現れたのだ〜!、的な事を伝えさせる。(事実だ?!)
まあここら辺は多少怪しまれようと構わない。迷宮に着くまでダンジョンマスター・エダルの事がバレなきゃそれでいいのだ。
さて、ガルナリーを出る前にもう一つやっておく事があった。
それは猪熊の皮剥ぎ団を仲間に誘おうと言うものだ。
命知らずに体を張れる彼らの愚直さは、前衛戦士の少ない魔童連盟にとって特にポイントが高い。
エルドウィンが是非とも欲しいと要望したくらいだ。誘えるものなら誘っておきたい。
と言うのも、普通なら誘っても一緒に来てくれるかどうかは分からない所なのだが、彼らは今非常に特殊な状況に置かれていたのであった。
実は皮剥ぎ団は今、チーム存続の危機に立たされていた。
見た目通りのパッとしない地味〜なハンター生活を送っていた彼らだったが、上位種討伐によって一気に知名度アップした。
何しろ上位種討伐隊の筆頭パーティーだ。討伐者の称号も得たし、かなりの儲けもあった。
垢抜けしない格好だからオッサンに見えてしまうが、実年齢は20代前後の若い集団だ。しかも珍しく金があるもんだから使ってみたくもなる。
そして街を歩けば時の人。
彼らから金と名声が我を失わせるに、そう時間は掛からなかったと言う。
気がつけば連日飲み歩いて大はしゃぎ。
だが、ちょっと調子に乗り過ぎたせいで嫉妬や反感を買い、喧嘩騒ぎを連発。さらにマジな乱闘まで起こしてメンバー数人を失ってしまっていたのだ。(三人死んだってのは聞いた…)
有名人になったせいで、あちこちで揉め事に巻き込まれ、しかもカッコ付けたがるもんだから傷口は広がる一方。
そしていつの間にか結構大きな戦団数チームとも敵対関係に…。
もう、いつ本格的な衝突が起こって皮剥ぎ団が壊滅してもおかしくない、そんな噂で街は持ちきりだった。
いったい何やってるの?、って突っ込まざるを得ない状況だ!。
とりあえずこんな感じだから誘えば簡単に付いて来るんじゃねーかと思われた…。
つーか何とかしてくれないかと泣きつかれた事もあったくらいだし。いや何とも出来ねーよ…。
なので、実際誘ってみたらここぞとばかりにホイホイ付いて来た。
こうして皮剥ぎ団を新たな仲間に加える事に成功したのであった…。
なんだろうこの間抜けなエピソードは?。
まあいい、何にせよこれで近接戦闘にも対応出来るバランスの取れたパーティー編成に仕上がったと思う。
と言うのも、意外と旅ってのはハードらしいのだ。
少なくともこの世界の旅とは、かなり命がけの大冒険だった。
あらゆる未開フィールドにモンスターがいるのはもちろんの事、特に油断ならないのが同じ人間同士だ。
普段モンスターを狩ったり素材採取をしたりしてるハンターや傭兵たちも、チョロそうなカモがいたら瞬時に盗賊へジョブチェンジ!。
実際、合法と非合法の間を行ったり来たりで、何食わぬ顔して二足のわらじを履きこなす非合法野郎は珍しくない。
何しろ只でさえ法の目が荒いもんだから、あらゆる隙間を掻い潜って他人を陥れようとする輩は後を絶たない。
落ちぶれた傭兵団や戦団が盗賊化してヒャッハーするのはもとより、逆に旅人や行商人を村や地域ぐるみで襲う所だってあると言う。
異世界って、こわくない…?。
ぜんぜんファンタジー感無いし、ブラック無法じゃん!。
なので、旅するにはある程度の武力が絶対に必要なのだ。エルドウィンが皮剥ぎ団にこだわる訳だ…。
さて、何だかんだあったか、ようやく始まりの街、ガルナリーから旅立ちだ!。
ランター亭の前で、全ての荷物を馬車に積んだ一同は、知人との最後の別れを惜しんでいた。主にエダルが………。
ランター亭の従業員で、ミックさんの奥さんや娘たちが、涙ながらにエダルへ別れの言葉を掛けているのだ。
「エダル君、体を大事にね?、傷一つ付けちゃダメよ?、美容と健康にも気を付けてね?…」(何の話?)
うん、エダルが可愛がられていたのは知ってたけど…。
でももういい?、行くよ?、長いよ!、いい加減にしてくんないかな?!。
今さらだがミックさん、あんた娘何人いるんだよ?、多過ぎだろ!。子作りもほどほどにしろよな…。(甲斐性無しのクセに…:小声)
つーか、モタモタしてる内にあちこちから女共が集まって来るし…。キリがねえよ。金とるぞ!(子供らが)。
「はあ…、免悟?、とりあえず商都ビブリットを目指すんだよな?」
なかなか出発出来ずに手持ちぶさたな皮剥ぎ団のリーダー、バルサンが免悟に話し掛けてきた。
そう、皮剥ぎ団にはまだエダルのユニークスキルや迷宮核どころか、迷宮を目指すと言う事さえ話していない。
まあ、面倒臭いのでヒマが出来ればその内教えていこうと考えている。
「うん、まずはビブリットで物資を揃えて、そこからだなスタートは…」
免悟が険しい道行きを想い、珍しく真剣な顔つきを見せる。(主人公らしい?!、ねえ主人公らしい?!)(それいらんねん…)
「ビブリットかぁ、俺そんな大都会初めてだわ〜」
何も知らない皮剥ぎ団たちは、のほほんと新天地への憧憬を募らせていた。
そんな呑気な皮剥ぎ団を、可哀想な物を見る目付きで子供たちが眺める。
ただ、免悟たちが大商都ビブリットを最初に目指すのはあくまでついでだ。たまたま目的地の近くに商都が存在していただけである。
と言うか、ビブリットの繁栄は迷宮の賜物であり、むしろ人類社会の最大都市でさえも迷宮を取り巻く衛星の一つでしかないのだ。
免悟たちはビブリットから迷宮町ニヨルドを経由し、目指すは超巨大樹「覇王樹」がダンジョンマスターとして君臨する「チェカトリアの森迷宮」だ。