42・終わりの始まり
「おーい、二人とも大丈夫かぁ?」
がっくり力尽きたエルドウィンと、手足を投げ出して地面に転がったままのシントーヤ。
模擬戦と言うよりまさに死闘だなこれは…。
死んでなきゃいいけど…。
免悟は不吉な事を考えながら二人に歩み寄って行った。
一方、子供らは、えっ!もう終わったの?って感じでまだ呆然としている。
ところでこの勝負、かなりの紙一重だった。序盤のシントーヤの猛攻をエルドウィンが素で凌ぎった事が全てだったかも知れない。
何しろノータイムで発動出来る強化系は、その分効果時間も短い。
エルドウィンとしては、接触を見越して前もって剛力を発動したかったのだが、それに対応して効果が切れるまで距離を取られてシントーヤに逃げられたら意味がない。
剛力が空振る。それが一番最悪なパターンだ。
シントーヤの狂化はそう言う行動も可能だと言うのだからそうなる事を前提にやるしかない。となると、ある程度シントーヤの攻撃を引き込む必要があるのだ。
ただ、思った以上にシントーヤの攻撃が強烈で、引き込み過ぎてしまった。下手するとあそこでボコられて瞬殺された可能性も大いにあったのである。
(思い出すだけで、久々に冷や汗もんだった)
確かに模擬戦を何度かやれば、対応力の高いエルドウィンの方が勝率が高くなる可能性はある。しかし、今この一戦に関してはほぼ互角だったと言っていい。
もとより、この攻撃力溢れる二人の戦いに引き分けなど存在しない。
堤防に入ったほんの少しのヒビが巨大な決壊を招く様に、ほんの僅かな運命の気紛れが無理矢理勝敗に白黒付けたに過ぎないのだ。
ところで、シントーヤもエルドウィンも完全に燃え尽きていたので、流石に子供らの突撃はないだろうと思ったが、奴らは空気を読まずに来やがった。それも免悟に向かって!。なんで?!。
「わーーーーーーーー!」
「行けぇ〜〜〜〜!」
「殺れーーーーー!」
エルドウィンとシントーヤに行く、と見せ掛けて突如方向転換→免悟に!。
殺れ、ってなんだよ!。
だが免悟は逃げた、浮遊術で上に。マジ逃げだ。
と思ったがギリで片足を掴まれた。うそ!。
ナイスキャッチしたフェイジがニヤリと唇を歪める。
そして一瞬免悟がガクンと降下した。その隙に他の子供らが次々と飛び付いて来る。
「クソ!、放せコラ、やめろ!」
つーかなんだよこの絵面、一体なんでこんな状況が生まれるの?。お前らの目的は何だ?!。
(子供の謎心理は永遠に不明です)
結局免悟は頑張ったものの数の暴力に屈し、引きずり下ろされて揉みくちゃにされた…。だからなんで?!。
うう…、酷いよ。
レイプ目で一人地面に転がる免悟。何故かヘンな汁まで付着してるし(ウソ)。
こうして子供らは、模擬戦パートに見事?なオチを残してカオスで締めくくった。
あ、っと、一応この後、子供らが新装備を披露したのでそれを解説しようと思う。
免悟も口出しした子供らの新装備計画は、かなり大掛かりなものになった。しかも何故か免悟もけっこう金を出したし。
まず、竹槍並の手作り装備だった槍は、ちゃんと武器屋で売ってるマジ装備にグレードアップした。
ただし、モンスターだけを相手するならともかく、流石に対人戦闘、魔法戦を考えると槍だけでは防御的に厳しい。なので槍を持つのは4人だけで、他は全員盾を持たせる事にした。
体格や用途に合わせて大小様々だが、理論的には槍組と盾組がセットで攻防一体化する感じだ。ここら辺は訓練次第だね。
他には、充填器を二個。
そしてお待ちかねの攻撃魔法が5個。爆波×2、光弾×1、風刃×2。
爆波はほんの僅かな差ではあるが、あらゆる遠距離攻撃魔法の中で最速を誇るのだが、実は的中させるのが難しい魔法でもある。
光弾なんかは線で狙うのに対し、爆波は点、ピンポイントで狙わなければならないのだ。向いてない人間は全く使いこなせずに終わる可能性も少なくなかった。
なので、どちらかと言えば光弾の方が初心者向きで需要も高い。出来れば攻撃魔法は一種類で揃えたい所だったが、値段や在庫の都合でなかなかそうはいかなかった。
ちなみに身体強化は、子供が力を付けた所で結局は大人には敵わないので却下だ。なるべく体格差の表れにくい戦術を選択すべきである。
子供だろうが大人だろうが魔法の威力や回数は同じなので、魔法さえ装備してれば総合的にそう大人と見劣りする事もない。
実際には、どんな魔法を装備してるかは見えないので子供だから舐められるだろうが、落ち着いて適切に対応出来れば逆にそれは子供らのアドバンテージになる筈だ。
それから、幸いな事に子供らは【治癒】も手に入れていた。これはデヒムスのバンナルク店ではない別ルートからだ。
子供らはホント良くケガをするので、こう言うのがあるとかなり助かる。ちなみに免悟は【処置】と言う魔法を持っているが、これは止血や痛み止めなどの応急措置魔法だ。
そして、前にも述べたが、治癒はみんなが欲しがるから値段も高いし、すぐに売れるから滅多に見掛けない。
もしバンナルク店にあったのなら免悟が即買いしたのだが、子供らは何処で見つけたのかは知らないが上手く手に入れたようだ。羨ましい…。
そしてこれも例のごとく、免悟も治癒の恩恵があると言う論理で【治癒】の費用をカンパさせられた。
次に、ホノ装備として付与系の中魔法【強付与】。
これは矢の攻撃力を増幅させる魔法だ。付与には時間と集中力が必要なので完全な生産系魔法だ。効果も当然ながら永続性があり、取り置ける。
この魔法はホノが装備して、地道に一本一本付与していく事になるだろう。根気よく頑張って欲しいと思う。(丸投げ…)
そしてこれも何故だか免悟は金を出させられた。
まあ免悟と子供らは同じパーティー仲間で一蓮托生だから別に構わないのだが…。
取り合えず以上が子供らの新装備だ。
この後、復活したエルドウィンが子供らに新装備を使った訓練を指導していた。
エルドウィンはトレーニングとかが好きみたいで、暇な時は大抵剣を振ってるらしい…。
なので子供らの訓練に付き合うのは全く苦にならないようだ。
なんだか体育会系の嫌なノリになりそうで不安だが、一応免悟の負担は減るので取り合えず様子見だ。
それから、シントーヤは防具の充実に金を掛けていた。盾やその他具足をキッチリ戦士らしい装備に一新している。
それと模擬戦の最後に使おうとしてた魔法は【遅滞】と言う妨害系魔法だった。その名の通り対象の動きを遅くさせる魔法だ。
系統的に分かりやすく言うと、直接な攻撃魔法は単純な分強力で、当たり前だが、その代わり的を外す可能性もあって当たり外れも大きい。
妨害系は、効果やスピードでは少し劣るが、その分命中しやすい仕様になっている。そして解呪やレジストされる可能性もあると言う感じだ。
シントーヤは攻撃力が半端なくあるので、他に魔法を持つとしたらこうなった感じだ。
一応言っておくと、強化系の重ね掛けはあまり効率良くない。これもまたある程度最大値が決まっているので、際限なくパンプアップ出来る訳ではないのだ。
そして、問題のネビエラだが…、
この模擬戦の数日後、みんなで晩飯を食べていると、そこに新装備でパワーアップ?したネビエラが遅れて現れた。
「ヘ〜〜い、皆の衆お待ちィ♪」
そのネビエラの両腕にはタトゥーの様な呪術紋様「呪紋」が彫られ、何故か左目にはハルベル家の家紋が入った眼帯。
わざわざ呪紋が見えるように上着を脱いで袖無しのシャツを着ているし。
そのあまりの変わりように一同が呆然としてると、ニヤリと笑って眼帯を持ち上げて隠されていた左目を晒す。
その左目は白地と黒地が反転していた。正直ブキミだ…。
とは言えこれは意外と珍しいものではない、魔法専門の人間が良くやる代償魔術の一種だ。その名の通り、自分の体の一部を失う代償に何かを得る魔術だ。だから左目はもう見えてない。
だが、それにしても派手にやりすぎだ。効果とかよりなんかファッション感覚でやってる雰囲気が漂うし…。
後で訊くと、タトゥーも逆眼も両方とも魔法の詠唱短縮効果を狙って施されているらしい。つまり【獄滅龍破】をもっと速く撃つ為にこんな事をしたらしい………。
呪紋はともかく、代償魔術で失った機能は元に戻らない筈なのだけど…。
とにかく、あまりの意味不明な展開に一同納得のしーーーーーん、だ。
ネビエラはみんなの度肝を抜いた満足感でドヤ顔百パーだったが、コイツ意味分かってない…。
みんなオマエの残念さに度肝を抜かれてんだよ!!!。
ちょっと目を放すとすぐコレだ…。保護者!、保護者はどうした?。
免悟ら全員が振り返ると、そこには卓に突っ伏すシントーヤがいた。
料理の皿とか全く無視して脱力してるシントーヤが…。
一応言っておくと、シントーヤはシスコンではない。免悟も最初はそう思っていたが、実はちょっと違う。
シントーヤはこの世で唯一の肉親としてのネビエラを大切に思っているだけなのだ。だから別にネビエラが彼氏を作ってもそれ自体どうこう言う訳ではないし、もし両親が生きていたらファザコン、マザコンにも見えたかも知れない。
つまり家族自体に強い思い入れがあるのだ。
それ故に、
りょ、両親から貰った大事な体になんて事を……。
シントーヤの深い哀しみに一同黙祷…!。
…実際掛ける言葉が見当たらないよ。
なんとか意識を取り戻したシントーヤは、それから一晩中ネビエラに説教食らわせ続けたと言う………。
ーーーーーーーーーー
はい、てな訳でね?、ここからは新章の始まりです。(…………)
さて、エグゼリンドの最大大陸ランチアの中心部、この世界で最も豊かな、そして最も苛酷な覇権争いが繰り広げられる聖地グベラリンド。
ある日、その地の端っこで一体の変異種が討ち取られた。
多少厄介な力を持っていたものの、それはこの地においてそれほど特別なモンスターではなかった。
ただし、そのモンスターは死後にレアアイテムをドロップした。
ちなみにこの世界のユニーク級の生物全般は、稀にアイテムを残す可能性を秘めている。
そしてそのモンスターをブッ殺した戦団は、その後そのアイテムを巡って速攻モメた。うん、超モメた。
ぶっちゃけ理屈もへったくれも無い。ただその途方もなく価値あるアイテムにみんな目が眩んだのだ。そしてみんながそれを独占する事を望み、独占される事を怖れた。
なので、そのアイテムを手に入れたその場で殺し合いの奪い合いが始まった。
そう、愚劣極まりないみにく〜い争いが開始されたのだ。
結果、数名のグループがそのアイテムの強奪に成功して逃走する。だが、残されたメンバーたちも取り合えず共闘してその後を追った。
と、ここまではあくまで単なる仲間割れの範囲だった。だが、逃げた強奪グループを追うために他人を利用したせいで、そのアイテム情報が一気に拡散してしまう。
当初の思惑を越えて数多くの無関係な人間が、それもさらにタチの悪い、業の深い者共が争奪戦に加わり、醜さは倍増した。
まさに厚顔無恥な輩が、手段を選ばない血みどろの戦いを繰り広げた。そしてついにもう訳が分からなくなってそのアイテムは失われた。
行方知れずになってしまったのであった。
本当にアホみたいな話だ…。
その争奪戦によって、グベラリンドのある地域は激戦の紛争地帯と化した。もはや目的であるレアアイテムの事も、利益や理屈も棄てて、ただ復讐と意地だけで戦乱が撒き散らされたのだった。
その後、例のレアアイテムはどうなったかと言うと。
密かに人の手を渡り歩き、偶然が長い道のりを越え、運命のようにとある街へと辿り着いた。
その街の名はガルナリーと言った。
ちなみにそのアイテムとは「魔核石」。通称「迷宮核」と呼ばれる秘石であったと言う。