4・初モンスター
明くる日、免悟が目を覚ますとすでに昼だった。
実は昨日、寝る前にゲームの説明書を読んで前もって予習をしていた。さらに、明日ついにモンスターを狩ると思うとなかなか寝られなかったのだ。
なので少し寝るのが遅くなってしまったが、かと言って早く起きる訳でもなくきっかり8時間寝るのが免悟クオリティーだった。
うん、異世界に来てもいつもの俺だ…。
まあいい、とりあえずは装備だ。早くバトルしたいが、流石に部屋着装備のままじゃ心許ない。
いくらファンタジー風な魔法世界と言えどこれはゲームじゃない。死んだらマジでENDだろう。
なので装備の充実は最重要!なのだが、今の免悟にとってはモンスターとのバトルが最優先事項。よって、細かい描写は省略してさっさとフィールドに直行しようと思う。(コラ…)
まず宿屋を出たら、あちこちの店で装備を調える。
そして昨日の門から街を出たら、さあモンスター狩りだ!。
門を抜けると、単に踏み固められただけの道があるものの、街の外は辺り一面荒野だ。
とりあえず免悟は道なりに歩いた。具体的にどうこうする計画は無い。基本ノープランだ、だがそれがいい!。(コラコラ…)
免悟は悠々と肩で風切って街道を歩いた。
何が起こるか分からないからこそ冒険!。危険だからこそそこにスリルが有るのだ。
ところで現在免悟は魔法使い風のフード付きローブを着て、腰のベルトには剣を差していた。
防具は重く、動くのに邪魔だったのであっさり諦めた。現実的に合うサイズがあまり無かったのもある。だがそれ以上に、異世界に来て魔法が使えるなら、是非とも魔法使いローブを着たかったのだ。
しかもこのローブは魔法装備扱いで防水、耐熱、そして多少の耐衝撃が付加されていたからむしろ都合が良い。
色は濃いめの灰色で、見た目より実用性重視な品。価格は7万G。
あと剣は体格に合わせた短剣、と言うか鉈?にした。自重で叩き斬る感じの。これは6000G。
免悟は剣も魔法もどちらも使いたかったので、魔法使い寄りの魔法剣士と言う、より中途半端な立ち位置になってしまったが本人は後悔なし。
そんなこんなで結構歩いたにも拘らず、未だに周囲は荒野のままだった。なのでそろそろ道を外れる事にする。
まあ多少道から外れた所で、歩くのに大した違いはないんだけどね。
そこからさらに数十分…。
まったくモンスターとエンカウントせん!。
つーか全然生き物の姿が見えないんだが…。
何これ?、モンスター本当にいるのかよ!。やっぱこれクソゲーじゃねえのか?、それともこれが普通なの?。
と、その時免悟はある事に気付いた。そう言や俺【索敵】魔法持ってるじゃん!。
いかにも初心者的なうっかりミスに照れながら、早速【索敵】を使ってみる。
ところでこの世界の魔法は、別にスペルを詠唱したりする必要がない。と言うか魔法名の宣言さえ必要ないのだ。
単に所有呪文の使用を意識すれば自動的に魔力が注がれ、後はそれぞれの呪文ごとに設定された待機時間が過ぎるのを待つだけ。
まるでゲームだ。
魔法と言うよりはスキルに近いが、とにかくこの世界の魔法は扱いが簡単だ。
その代わり魔法を使うには、魔法図と呼ばれる呪文の起動プログラムを所有している必要がある。それぞれの呪文に対応した魔法図を装備しなければ、いくら努力しても絶対に魔法を覚える事は出来ない。
逆にどれ程の馬鹿でも、魔法図さえあれば発動可能なのだ。
ちなみにこの世界では魔力と体力は同じに扱われている。
「魔力」と言う言葉はあるものの、体力を魔法に使う時の方便としてそう言われているだけだ。
簡単に言うとHPとMPがイコールなのである。
この世界には精霊の力とか、周囲に溢れるマナとか言うものは無いらしい。よって純粋に個人が持つ生命エネルギーでもって魔法をやりくりするのだ。
当然魔法を使い過ぎれば、運動し過ぎた時と同様に疲れ果てる事になるし、逆に休憩を取って体力が回復すればまた魔法が撃てるようになる。
そして、さらにこの世界における人類種が連続して使える魔法の回数、いわゆる最大MP量は決まってる。
基本的に魔法の種類は(大)(中)(小)魔法の3種類が主で、(大)魔法は最大MPの50%、(中)魔法は30%、(小)魔法は15%の体力消費となっている。
組み合わせ方は自由だが、例えば(小)魔法だけなら一度に6回が限界だ。当然ながら何らかの行動ですでに体力を消費している状態だと、大魔法なら1発しか放てない。
ところで【索敵】は、魔法の種類的には少し特殊な(最小)魔法となっている。
そして更に特殊なことに【索敵】には二種類の魔力出力方法がある。要はアクティブ系とパッシブ系だ。
まずは普通に(最小)魔法として発動する場合、そのまま約15分くらい効果が持続する。
もう一つは常時魔力を注ぎ続ける方法だ。
これは使用時間を決めずに魔力が尽きるまで使えて、又いつでも終了できる。
メリットは魔力を注ぎ続けるタイプの方が少し魔力消費が少ないと言う事。
デメリットは魔力を注ぎ続けている間に他の魔法を使うと多重発動となり、後掛けした呪文の魔力消費が1.3倍増しになる。
瞬間的に発動して終わるタイプの呪文は気にする事などないが、常時発動型呪文を使いながら更に魔法を重ねると異常が発生するのだ。
【索敵】は重ね掛け問題が発生しやすい呪文の典型だ。だがそれ故に問題が発生しない使い方もできるよう選択肢が用意されているのだ。
説明すると長ったらしいが、使い勝手としてはむしろ便利な仕様になっているとだけ理解して欲しい。
そんなこんなで早速【索敵】を使ってみたが…、効果範囲が半径100mって。
そう。ここら一帯は見晴らしの良い荒野なので、普通に100m以上見渡せるのだ。
意味無ェ…。
散々真面目に説明振っといてこれか…。使えねぇな俺…。
とその時、視界の片隅に動く小さな物体は見つけた。
おおっ、生き物?。
索敵を解除して目を凝らす。
間違いない、動物だ。しかもこの距離で視認できるのだから結構な大きさな筈だ。モンスターか?。
免悟は危険を忘れて走り出した。
100mくらいまで近づいた時、免悟にもその動物をしっかり確認する事が出来た。
おお!、知ってるコレ。草原龍って奴だ!(説明書で見た)、カッケェー。
それは一見馬のようだが、長い尻尾と鱗に覆われた躯。「草原龍」と呼ばれる竜の一種だ。
免悟は3匹の草原龍を刺激しないよう距離を取ったままその場から眺めていた。
しかしここは魔法こそあるもののゲームじゃないリアル世界で、草原龍もモンスターの一種。
3体いた内の一体が大きく咆哮を上げると、突如免悟に向かって駆け出して来た。それまで草原龍の体躯に見惚れていた免悟はびびった。
えっ?、ちょっ、待って…?
草原龍は明らかに免悟目掛けて一直線に走って来る。しかもなんか凄い怒ってらっしゃる。
流石に「わあい、向こうから寄って来た〜」とはならない。逃げなあかんレベルや。
だが何も無いこの荒野では逃げ場なんかある訳ない。
わーーーなにやってんだ俺、マジヤバい!。くそ、【浮遊術】!。
免悟は咄嗟に呪文を唱えた。
免悟の体が微かに発光し3秒後呪文が発動した。免悟はぎりぎりの所で飛び上がって草原龍の突撃を回避する。
【浮遊術】、この呪文は宙に浮く事が出来る魔法だ。
パッと見は浮いてるだけなのでファンタジーっぽいのだが、実は重力操作と言うオーバーテクノロジーだ。にも関わらず何故か魔力消費も少なく低コスト魔法で、発動までの待機時間も短い。
そしてこの呪文も【索敵】同様に使用中は常に魔力消費が続く常時発動型だ。残念ながら発動方式には選択肢がなく、つまり多重発動問題を放置したままの不親切設計だった。
免悟は地上5mくらいの何も無い空中に浮いていた。すぐ足下には免悟に逃げられた草原龍が、怒りを露にして大地を踏み散らかしている。
一応草原龍は馬と同じ草食動物だったが、敵対心が強く攻撃力も高い危険生物との事。
免悟はここに至り、ようやく待ちに待ったモンスターとの初エンカウント状況である事に気がつく。
しかし免悟は正直そんなバトルを始めれるような気分ではなかった。と言うのもそれほど草原龍の威嚇が怖かったからだ。
だが、そんな事以上に免悟を支配する感情が存在した。
それは、この馬欲しい!、って事だった。
コイツを手懐けて仲魔にしたい!。
こいつは黒王号とか赤兎馬とかそんな感じの雰囲気がある!。
馬、それは男にとって憧れの乗り物!。もちろん免悟もその中2病と言う名の棺桶に片足突っ込んでいた。
しかもこの草原龍は明らかに馬より上位騎種な存在。これはまさしく漢の乗り物だ。
なので足下で敵意を向けて来る草原龍に、免悟は少なからずショックを受けていた。
だが足元で荒れる草原龍をしばらく眺めて免悟は思った。
コレ、どーにも懐きそうにないなぁ…。
て言うかはっきり言って怖いし。無理…だなこれは。
正直言ってコイツをどうこう出来る気がしない。
まあこんな状況なので諦めるのは吝かではなかった。ただ問題は、じゃあここからどうするかだ。
足下の草原龍さんは吼えたり地面を踏み荒らしたりで、一向に何処かへ去って行く気配が無いのだ。
【浮遊術】は基本的に歩く程の移動速度しか出ないみたいで、しかもそう何十分も魔力は持たない。なのでいつまで経っても諦めようとしないこの草原龍を振り切るのは不可能だった。
チ、まったく、使えねぇクセにしつこい奴だな…。
空気を読まない馬鹿な獣に対し、あっさり面倒臭くなった免悟の苛立ちが、草原龍に対する親近感を簡単に上回った。
啼かぬなら、殺してしまえホトトギス…。
免悟はどちらかと言えば信長タイプだった。
別に仲魔にする事が出来なくても死体にする事は出来るんだぜ!?。
まあこの場合、逃げられない以上こうするしか無いんだけどさ。
未だにガタガタうるさい足下の草原龍に右手を向けると、免悟は呪文の自動詠唱を開始した。
免悟の掌にオレンジの靄が浮かび出す。
基本的にこの世界の魔法は、他者にもその呪文の特定や対応を可能にする為に、待機時間中や初動時に特定のエフェクトが発生するようになっているのだ。
ゲームみたいだが、この世界の魔法は全て創造神「幻想皇帝」と言うのが考えて創出し、ちゃんと調整、管理しているらしいので仕方がない。
ふん、ちょうどいい。さっそく一番強力な魔法を試してやるぜ!。
だが、免悟の手にエフェクトが浮かぶや否や草原龍はピタリと動きを止めた。そして発動の高まりを待つまでもなく踵を返して逃げやがったのだ。
野生動物向けの予兆システムでも存在するのか、それとも単なる野性の勘か?。草原龍はその機動力を活かして一気に距離を取った。
ちょっ、ここで逃がすかよ!。
逃げる草原龍に向け、免悟が勢い良く右手を振り下ろした。
【業炎破】!!!!
突如赤黒い煙が免悟の眼前に発生すると、草原龍に向かって爆発した。赤黒い煙が広範囲に大地を舐め尽くし、免悟の足下からも強烈な熱波が立ち昇る。
おおっ、スッゲ…?!。
免悟は空中で位置を変えて草原龍の姿を探す。が、すぐに煙の中から飛び出す草原龍が見えた。
ありゃ?、逃したか…。
それでも草原龍の悲鳴が聞こえた。
恐怖に怯えたその感情が、少し離れた免悟にも伝わって来た。良く見たら奴の尻尾やケツが黒く焦げている。
ま、肝を冷やすくらいは出来ただろう、今日の所はこれくらいにしておいてやる、運のいい奴だぜ。
ケツを焦がした草原龍は、仲間と合流するとあっと言う間に去って行った。
まあいいや…。
別に元々草原龍を殺る気は無かったのだ。それに、どうやらこの世界ではモンスターを殺してもレベルが上がったりしない。
そもそもレベルと言うシステムが無いのだ。
さらにモンスターを倒した所で、お金だとかドロップアイテムとかも出ない。ただ死体となって転がるだけだ。て言うか、死体なんぞ残されても処理に困るし。
なんでそんな所だけリアルなんだよ…。
とりあえず免悟は地面に下りて【浮遊術】を解除する。
ところでさっきの【業炎破】はさっそく多重発動になってしまった。
【業炎破】は(中)魔法なので、計算上は39%の魔力消費となる。【浮遊術】の使用分を合わせると、魔力消費は50%くらいだろうか。
実際の所かなりキツい。
体は動かしてないのに息は上がるし、ダルさもただ事じゃない。
なんかすごい汗が滴り落ちる。
免悟は焦げて煙を上げる大地を他所に、地べたに座り込んで一息ついた。
あーしんど…。
ちなみに、魔法で発生した火などは効果が切れると一緒に無に帰すので、火事などの二次被害には繋がらない。
とりあえず街に戻るか?。
なんだか急にテンションが素に戻ってしまった免悟だった。
しばらくその場で体力回復を図ると、免悟は街に向かって歩き始めた。