36・上位種討伐篇7
女王蟻が出た?。
ど、どう言う事だってばよサクラちゃん!。
つか女王蟻が出たってどう言う事?、出たって事はアレか?、で、出たって事なのか…?。(そのまますぎるぞ)
まあ、出たっつーんだからそうだよな。それ以外な訳無いか。
んーーーーなバカな…!。
さて、それではもう少し落ち着いたら、時間を遡って女王蟻の出現シーンを再現しようと思う。
まず最初に、免悟が活動停止宣言をした為、仕方なく魔童連盟の子供たちが狩りを主導する事になった。
と言うのも肝心の【地雷牙】を持つ殲滅団のメンバーが超不機嫌で怖かったからだ。
そいつの名はエルドウィン。かなり若く20才前後の男だが、やはり殲滅団員なだけあってモロ人殺しオッケーな目付きをしていた。
ぶっちゃけ免悟はそれもあって放棄したに等しい。
しかし、金儲けを前にした子供らに怖いものなんて何もない。あっさり地雷牙使いの手を引っ張り、子供らしい無邪気さで契約の遂行を要求したのであった。
その殲滅団の地雷牙使いは今回の出向について完全につまらねえクソ仕事を押し付けられた、と思っていた。そしてそれは実際その通りだった。
なのでこんな任務適当にやるどころか、あまりつまんねえ事でガタガタ抜かす奴がいたら簡単にキレてやるつもりだったし、実際その気持ちは120%以上みんなに伝わっていたのだった。
だが、普通の神経の持ち主なら目を閉じてても読める程のデンジャラスな空気をあっさりKY出来るのが子供らだ。(子供ってのはホント怖いもの知らずです)
エルドウィンもさすがに子供相手にマジギレ出来ないし、それでいてドライに契約を持ち出されてはNOとも言えない。
結果、エルドウィンは子供らの言う事だけはまともに聞いてくれたのだった。
あ〜よかった〜。(兄弟姉妹団の大人メンバー談)コイツら普通に根性無しだな。
てな訳で、抜群のコミュ力を持つ少年リーダー、カルを中心に狩りが開始された。のだが、実際に戦術の采配自体はエルドウィンが取り仕切った。
と言うのも、中魔法【地雷牙】は射程が短いので、最大効果を得るにはかなり対象に近づかなくてはならない。メインの地雷牙使いの詠唱が潰されないように気を付けて動く必要があるのだ。なので、そう言う細かい用兵はエルドウィンが指図した方がてっとり早かったのだった。
ちなみにエルドウィンはやると決めた以上中途半端はしないタイプだ。しかも本隊から離れて自由になったせいか、メインの魔法使いのくせに調子に乗ってガンガン前に出るもんだから、狩りがはかどって子供らも大喜びだ。
それに、やはりショコラ・ヒルの反対側で殲滅団が派手にやっているせいで、こっちの蟻の抵抗は弱い。
そりゃあ断続的ではあるものの、超ド派手な爆撃(獄滅龍破)が丘を大いに削ってたらそっちの方に戦力が偏るよね。
なのでヤバめな抵抗も一切無く安全な狩りが続いたのであった。
そして適度に休憩を挟みながらも順調に狩りが進み、いつの間にか日が暮れようとする頃、それは突然起こった。
基本エルドウィン率いる兄弟姉妹団は、獄滅龍破が抉った渓谷の様な大穴の底で、ちまちまと巣穴を掘り返していた。
するとその谷底から聳える斜面に突然穴が空き、巨大な塊が転がり落ちて来たのだ。
その塊は、岩や土塊と共に派手に斜面を転がると、エルドウィン達のすぐ目の前で停止した。
それは突発的だったものの、奇襲的なアクションが無かったので何の反応にも結び付かずに固まってしまう一同。だが、土煙と共に現れたその巨大な蟻の姿に気付くと兄弟姉妹団のメンバーは一斉に逃げ出した。
「で、出た〜〜〜〜…」
エルドウィンが呆然とする程の反応だ。呆れる程いい動きしやがる…。だが、
「馬鹿野郎、逃げるんじゃねえ!。コイツは女王だ、女王蟻だぞッ!」
目の前に転がり落ちた物体は大殻蟻、しかも、恐らくは女王蟻。普通の大殻蟻とは比較にならないその巨体。さらに異常に長い尻尾のような腹部。
エルドウィンにも確証がある訳では無かったが、一目でそう直感した。
それに、そう言い切ってしまう方がメンバー達の動きをコントロールするには一番いいと思ったのだ。
どう見てもボスっぽいし…。
とは言いながら、エルドウィンは逃げた者の戦力は無いものとして考えた。これは不意の遭遇戦だ、お互いが状況に戸惑っているなら先に動く……。
って、ちょっと待て…。俺って殲滅団じゃないか!。
そうだよ、ここでこの女王蟻を討ち取っていいのか?。これは殲滅団が殺らなきゃならない相手だ。もし、ここで俺が倒したとしても、手柄は兄弟姉妹団のものにしかならないよな、たぶん…。
え…?、俺どうしたらいいの?。今から本隊呼びに行くのか?、いや、どっちにしろ兄弟姉妹団が完全にロックオンしている獲物はどうにもならんだろ…。
さすがに殲滅団も、強引に横取りする様な無茶なルール違反は出来ない。特に戦士として戦場を尊ぶが故に無視出来ない作法と言うものがあるのだ。
どーすりゃいい!!!!。
と、エルドウィンが見せた一瞬の隙に、逃げた団員が戻って来た。
「じょっ、女王蟻だああぁぁぁ?!」
「しっ、仕留めろおぉぉぉぉぉぉ!」
「800万ーーーーッ!」
「うおおおお〜〜〜〜!!!!」
エルドウィンの横を通り過ぎると一斉に女王蟻へ襲いかかる団員たち。
正直この変わり身の早さには呆れを通り越して恐れ入るわ…。
ハハッ!。
しかしエルドウィンの心にも、その単純シンプルな行動には揺り動かされるものがあった。
ええい、めんどくせぇ事はどーでもいい!。見敵即殺、それが殲滅団のやり方だ。難しく考えなくていい、ただ目の前の敵を殲滅する。まずはそれからだ!。(それもう終わってるやんけ…)
エルドウィンが再起動に成功した時、既に兄弟姉妹団の数人が女王蟻に突撃していてあっさり返り討ちに合っていた。ぇえ〜?。
「無闇に突っ込むんじゃねえよ…!」
突っ込んだメンバーはただ突っ込んだだけなので、普通に迎え撃たれて女王蟻の下敷きになって潰れた。ダサッ!。
しかも今まで気が付かなかったが、一緒に落ちて来たのだろう、女王蟻の横で3匹のノーマル種が脇を固めている。
その時、崖の中腹にぽっかり開いた穴からさらに複数の塊が転げ落ちて来た。
女王蟻のすぐ横で停止したその塊は、巨大な上位種だった。三匹の破軍蟻が新たに現れたのである。
巨大な破軍蟻三匹はすぐさま起き上がると女王蟻の前に出て威嚇を始めた。するとそれに呼応するように女王蟻は谷の奥へと後ずさりしていく。
「おい、女王蟻が…!」
どうやら女王様は戦う気が無いようだった。斜面ぎりぎりまで後退すると、ノーマル種と一緒に地面を掘り始める。完全に逃げる気だ。
流石にそんなすぐに女王の巨体が入れる穴が見つかる訳もないだろうが、ここら辺は全て蟻の巣なのだ。ちょっとマズい。
しかし、「慌てるな!、皮剥ぎ団はここで壁を作れ、まずコイツらを殺るぞ!。魔法持ってる奴は後ろからサポートだ!。残りは一旦ここを出て崖の上から女王に石でも投げて邪魔をしろ!」
焦って各自バラバラに動こうとする団員たちを、エルドウィンが素早く明確な指示で統制する。
だが、何分足場も悪く狭い為に、そう何人も並び立つ事が出来ない。破軍蟻も二匹がどうにか並べるだけで、もう一匹は後ろに控えている。
こんな狭い所で力で上回る相手と対峙するのはかなり分が悪い。しかも防御力だけは定評のあるモンスターだ。時間を稼がれてまんまと逃げられる可能性は低くない。あんまりチンタラやってられないな。
皮剥ぎ団が剣と盾で牽制し大蟻の前進を食い止めている隙に、エルドウィンはスタミナ回復ポーションを一気飲みした。
そして地雷牙で消費した魔力を取り戻すと、さっそく魔力を注いで魔法剣を起動した。振動剣の刀身が超振動で光り始める。
エルドウィンは前方で戦う皮剥ぎ団の1人を下がらせて場所を入れ替わる。
大蟻は強引に前に出て、女王との距離を作ろうとしているが、皮剥ぎ団が小魔法を小刻みに使用して大蟻の圧力に真っ向から抵抗している。
肉弾戦の得意な皮剥ぎ団のこういう所は、上位戦団にも通用する力強さがあった。
エルドウィンは皮剥ぎ団の連係に上手く滑り込むと、振動剣を振り回して破軍蟻の正面に立った。
そして、脇から皮剥ぎ団員がサポートする中、大蟻の攻撃パターンをざっくり読み解くと、迷う事なく強化系小魔法【剛力】を使って必殺の一撃を放つ。
エルドウィンの多少強引な一撃が、大蟻の足や甲殻の間を縫って狙い違わず殻と殻の隙間に突き立った。
魔法剣の振動効果もあって、甲殻の切れ目に侵入した刃は簡単に剣の根元まで突き刺さったのだった。
刺さったままの魔法剣をエルドウィンはあっさり手放し、激痛で暴れる大蟻の間合いから即離脱する。
大木の様な太い胴体を持つ破軍蟻だが、刀身が丸ごと体内に突き刺さったのだ。即死してもおかしくないのだが、少なくとももはや先は長くない。
ここぞとばかりに攻勢に出る皮剥ぎ団を尻目に、エルドウィンが二本目のポーションを呷る。効き目は薄いが少しはマシだ。
ここでエルドウィンは【地雷牙】の詠唱を開始した。
「十秒後に地雷牙を撃つ!、それまでにしっかり追い詰めて固定しろ!。
9、8、7、6、5…!」
「「「マジかよ〜〜!」」」
皮剥ぎ団が慌てて破軍蟻の一匹を抑えにかかる。一方、エルドウィンが突き出す掌の先に灰色の渦が出現する。そして、そのエフェクトを押し出す様にエルドウィンはゆっくりと前に進み始めた。
「4、3、2、1…!」
混沌とした渦がうねりを上げ、チリチリと火の粉を発散しながら暴れる破軍蟻の眼前に影を落として迫る。
「死ねッ!」
【地雷牙】!!!!。
タイミングを合わせて飛び退いた皮剥ぎ団と入れ違いに地雷牙が発動した。今日何度も目の前で撃ちまくった魔法だ。今さらその効果を見誤る事もない。
逃げられないと悟った破軍蟻は逆にエルドウィンに襲い掛かろうとするがもう遅い。エルドウィンと破軍蟻の間の空間が歪み、大質量のエネルギーが叩き付けられる。
大蟻は灰色の鉄槌に打ちのめされ、足下の大地との間で押し潰され、ねじ切れ、そして爆散した。
「ハハハハハッ!」
相変わらず威力だけは抜群なんだけどなぁ。逃げられないように抑えとかなきゃならないってどんな悠長な魔法だよ。射程も短いし!。
爆音と共に破軍蟻を貫通したエネルギーは真下の地面まで削っていた。
流石に二匹まとめて始末するのは無理だったが、エルドウィンの振動剣が刺さった破軍蟻はいつの間にか動きを止めていたので、後残り一匹だけだ。
うおおおぉぉッ!。
勢いに乗じて皮剥ぎ団が残りの一匹に襲い掛かる。
エルドウィンはフラフラと後方へ下がると、安全圏で腰を下ろした。
さあ、後は頑張れ。
力を使い切ったエルドウィンの出番はもう終わった。義理は果たしただろ。そもそもエルドウィンが女王の首を取る意味は無いのだ。
エルドウィンが脱力して周囲を見渡すと、こっちの破軍蟻より女王蟻のいる崖上に回ったメンバーの方が多い。と言うか破軍蟻に相対しているのはほぼ皮剥ぎ団だけだった。
みんなやはり本命の女王が気になるのか、崖上の縁から崖下に向けてそれぞれが攻撃を加えている。単なる嫌がらせレベルだが。
まあ、それはいいんだが、無謀な事に崖から飛び降りて崖下の女王に襲い掛かる奴が結構いた。
弱い奴ってなんでそんなバカな事するんだろ?。
はっきり言って、わざわざ力の強いモンスターのいる狭い場所に、自分から飛び込む気持ちが分からない。
女王蟻を逃がしたくないのか、自分が仕留めたいのか、何にしても頭悪過ぎる。実際みんな殺られてるし…。
流石に魔童連盟の子供らはそんなバカな真似をしてないのでホッとしたが、とは言えそんな馬鹿野郎のせいで、せっかく有効な遠距離攻撃であるホノの腕を生かせないでいた。バカが邪魔で狙いが付けられないのだ。ほんの少しでも味方に当たる事を気にしているのだろう。
エルドウィンとしてはそんなの気にする必要ないのにとは思ったが、普通は気にする所だ。
そう、こんなショボい寄せ集め連合の中で、唯一エルドウィンの目を引いた人物がホノだったのだ。
ホノの射的の腕前は生まれ持った才能だ。装備が微妙なせいであまり目立たないが、技能レベルだけなら名人クラスと遜色は無い。経験を積んで相手の動きを読むようになったら殲滅団員でも正面に立つのは恐ろしいだろう。
とにかく、ホノなら【増撃】でパンプアップした一撃を、蟻の急所に撃ち込む事は可能だ。だが、動かない的には百発百中でも、激しく動く的、特に異なる思考パターンが混線する戦闘中となると難易度は跳ね上がる。一対一のフェイントも看破出来ない経験不足の子供には仕方ない事ではあった。
ま、それでもこれがガルナリー兄弟姉妹団の実力だ。目一杯本領を発揮して自力で上位種討伐を果たせばいい。手柄は自らの手で掴み取るべきだからな。
エルドウィンは高みの見物を決め込んだ。
兄弟姉妹団に幸運を!、なんてな。
あ、振動剣は……、後で回収しよう。
そして、やっと免悟が到着したのはこんな時だった…。