33・上位種討伐篇4
ひとまず免悟たちはランター亭に帰って協議した。
その結果、子供らも皮剥ぎ団も、なんかやりたいってだけで大したプランなど何も無い事が分かった。それどころか、今すぐ突撃しそうだったのだ。
まあ多分そうだろうとは思ってた(苦笑)。
なので、免悟とシントーヤ、そして皮剥ぎ団に唯一存在した良心の欠片、調整役のオルラーと言う男と共に、大雑把な計画を立てる事にした。
はっきり言ってノーマルの大殻蟻は値崩れしてしまって大して旨みが無いのだ。単に目の前に現れた蟻を素直に狩るだけでは、わざわざ連合まで組んだ意味は薄い。なので、狙いは蟻の中でも特に値段の高いグライダー種と、クラスチェンジした破軍蟻だ。
この前、初めて捕らえた破軍蟻は、上位種である事が認識されていなかったので、普通の蟻より少し高めの金額での買い取りだった。だが、ノーマルと言えど破軍蟻はグライダー種と同様に、本来なら4、5万Gで取引されている。
なので、数を減らして蟻お得意の物量作戦が難しくなった今、そいつらを優先的に狩る事は容易い。そう免悟たちは考えた。
ところで、実を言うと免悟にとって女王蟻の討伐と言うのは特にどうでも良かった。もちろんメンバーには、自分こそが女王蟻を仕留めるのだと意気込む者も少なくなかったが、別に女王蟻が討伐された後でも、蟻が尽きるまで狩り続けたっていいのだ。
と言う訳で、とりあえず免悟たちは、討伐隊として傭兵ギルドに登録した。
この手のイベント事は、大抵揉め事が多発するので、何らかのルールや制限を設ける必要があるのだ。それらの管理をある程度仕切ってくれるのが傭兵ギルドだ。報奨金もギルドを通じて支払われるし。
そして、皮剥ぎ団が連れて来た助っ人2チーム+ソロのハンター数名を加えた、総勢約40名の連合パーティーが結成された。
ちなみに、既に登録されているパーティーが、さらに臨時のレイドを組んで新たな別パーティーを結成する事は特に問題ではない。登録料とか諸費用が重なるけど…。
そして結成された連合パーティーの名は「ガルナリー兄弟姉妹団」。
うむ、いまいち何だかぼんやりしたネーミングだが、むしろそれが狙いだ。
そして団長はネビエラだ。どうせ大魔法、【獄滅龍破】をブッ放すので、目立つのは確定してるから問題無い。団長に指名されたネビエラはやたら無闇に張り切ってしまっていた。
「ヒィヤッッハァァーー!!!!。
唸れ稲妻、轟け雷鳴、
疾走れ雷撃、突き抜けろサンダーーー!。
七つの鍵を持て、開け地獄の門!。
てめえらそこを退きやがれェェ!、【獄滅龍破】!!!!」
何故かネビエラさんのブッ飛びシーンからどうぞ…。
つーかもうこれ女のセリフとは思えない。ツッコミどころ有りすぎて総スルーですよ。
「で、出たよ、超絶美形主人公が……」
「ちょっと、一緒になってボケてないで突っ込もうよ…、ここ、免悟しか突っ込める人いないでしょ?」
はあ…、と律儀なホノですら匙を投げた。
だが、魔童連盟以外のメンバーは、そんな事より初めて見るネビエラの大魔法にただただ呆然とするだけであった。
上空の球形魔法陣から解き放たれた黒の魔法龍が、ショコラ・ヒルの中腹に突っ込んでのたうち回った。一応、警報は出していたのだが、半信半疑であまり距離を取らなかったハンターが慌てて逃げ出す。
長大な黒龍が、息も止まる程の破壊音を発して暴れまわった。恐ろしいまでの龍の咆哮と巻き上がる粉塵、そして飛び散る瓦礫。
まさに大怪獣出現?。
そして一瞬にして幕引き…。
黒龍は耳障りな金切り声を残すといつの間にか消え失せた。
つわもの共も夢の跡?。残された人々は散々振り回された挙げ句、あっさりポイ捨てされた気分でしばらく立ち尽くしていたのであった。
さて、少し話を戻して、免悟たちは討伐隊として登録すると、その日はそれぞれの準備に走り、次の日からの参戦とした。つまり討伐令発布後、三日目の朝、と言う訳だ。
免悟たち兄弟姉妹団は、ショコラ・ヒルの麓、場所的には各討伐隊の真裏に陣を構えた。
だが兄弟姉妹団は烏合の衆だ。もし蟻たちがセオリーを無視して一気に踏み潰しに来たらひと溜まりもない。かと言って、大戦団みたいに便利な仮設砦的な物を用意する余裕もない。なのでアイデア勝負で対策を試みた。
太めの木の「杭」を、頑丈重視で大地に打って並べてみたのだ。かなりスカスカだが即席の壁だ。要はネビエラの大魔法の詠唱時間「50秒」を持ち堪えればそれでいいのだ。もしこれが無理っぽそうなら逃げりゃいい。ダサいけど。
さて、問題はここからだ。
一応、連合パーティーとしての計画は皆に伝えてある。しかし免悟は、それとは別に自分たち魔童連盟だけの計画を持っていた。と言っても、さすがに子供中心の魔童連盟だけでは力が足りないので、猪熊の皮剥ぎ団とも連係している。
そう。免悟にとってこのガルナリー兄弟姉妹団と言うのは、自分が効率良く狩りをする為の、その他大勢のサポーター達でしか無いのだ。
味方だからって仲良くやるとは限らないぜ。
ズルいと思われるかも知れないが、しかし人の世ってのは基本足の引っ張り合いだ。特別免悟が腹黒って訳でも無い、はず。
まあ言うならば、あまねく世界に染み付いたこの競争原理こそ罪の根源なのだ。そ、結局は免悟もそんな壮大な実験モルモットの一匹でしか無いのです!。
えっと、何の話だっけ?。
そうそう、何故こんな話になったかと言うと、連合パーティーなんて所詮は寄せ集め。獲物を前にすれば、結局は取り合いになってしまうからだ。
そもそも最初から誰一人として稼ぎを平等に分配しようって言う気が無いのだからどうしようもない。連合を組むのだって、少しでも他者を排除して競争率を下げるためだ。つまり、みんな誰しもが人より多く狩ってやろうとしか考えていないのだ。
なので、こんな寄り合い所帯で細かいルールを徹底させるのはほぼ無意味。しかもそんな事に力を注ぎ、メインの活動が疎かになったら更に意味が無いし。
てな訳で、半円状に打ち立てられた杭製の仮設陣の真ん中で、ネビエラが獄滅龍破の詠唱を開始する。
すると案の定、蟻達が姿を現した。流石に大魔法級が発動されるとなると、何もしない訳にはいかない。
とは言え、蟻たちはかつて無い程数を減らしている上に、今現在も討伐隊三組の攻撃に対応させられているのだ。たとえすぐ側でまた大魔法が唱えられていても、これ以上対応しきれないと言うのが現状なのだろう。トラウマになりそうな大群ではなかった。マジてホッとする。
そして各パーティーから数人づつネビエラの護衛に付くと、後はみんな自由行動だ。
てな訳で、ここからが競争の始まりだ。一応、ルールとしては仕留めた者にその獲物の所有権があるって事になってはいるが、実際戦闘が始まればそれどころではない。ちゃんと審判がいて判定してくれる訳ではないのだ。最終的には自力で「確保」する必要があった。
ちなみに免悟たち魔童連盟と猪熊の皮剥ぎ団は、完全に上位種の破軍蟻とグライダー種狙いだ。
役割分担としては、皮剥ぎ団が蟻を仕留め確保する係。そして魔童連盟の子供らが臨時傭いの運搬役を使い、獲物の回収を行う。
免悟は【業炎破】で、ホノは【増撃】で攻撃力UPしたクロスボウでグライダーの迎撃だ。
シントーヤはネビエラの護衛をすると言ってきかなかったので護衛側だ…。
ところで、ネビエラの詠唱が始まり蟻が巣穴から姿を現すと、ガルナリー兄弟姉妹団以外に、おこぼれ頂戴いたします的な部外者ハンターが湧いて現れた。
討伐隊の主戦場の邪魔をしならなければいいんだけど、やはりガルナリー兄弟姉妹団なんて言う馬の骨的な即席連合なんかは軽く見られてしまうらしい。結構みんな好き勝手に荒らしに来やがる。
でも、こんな所にセコく現れる奴に破軍蟻を簡単に狩れる力はあまりなかった。所詮有象無象の輩と言う訳だ。
それより問題は、打ち落としたグライダーの回収だ。こればっかりは飛んで来るグライダーに合わせるしかないのだ。なのだが、本丸のネビエラにさえ当たらなければ、最悪グライダーは撃墜せずにそのままスルーして後で回収する事が可能だった。
グライダーは地上での機動力は全く大した事ないが、クワガタみたいな大顎による攻撃力は強力だ。なので、多少放置しても結構誰にも止めを刺されずに生き残っててくれた。
結果、上位種の破軍蟻は意外と少なく、グライダー種は10匹近く現れた。
と言う訳で、魔童連盟&猪熊の皮剥ぎ団は、グライダー8匹、破軍蟻2匹の計10匹を手に入れる事が出来た。
途中で本命の獄滅龍破が発動したのだが、意外とネビエラに対する圧力が大した事なかったので、獄滅龍破は直接ショコラ・ヒルの破壊に向けられた。
ネビエラはかつての空撃ちにかなりのフラストレーションを溜めていたみたいで、大殻蟻の巣に一撃を食らわせられたネビエラ団長は超ごきげんだった。
一方、ネルグラッド殲滅団の中級職、練達位のグラッドニーは焦っていた。彼こそが今回ガルナリーに現れた上位種討伐隊のリーダーだ。
ガルナリーに上位種が出現したと言う噂が流れた時、彼はたまたまシルシティー領内でツマらない護衛任務に就いていた。はっきり言ってアホらしい仕事だったが、その情報を知った時、これは運がいいと思った。
ネルグラッド殲滅団は、完全に実力オンリーな組織だ。結果を示さなければ上には行けない。
なので上位種討伐と言うイベントは、名前も売れるし昇進するには手っ取り早いボーナスステージなのだ。幸い、この地域にはグラッドニーより上役のメンバーは誰もいなかった。グラッドニーは、密かに仲の良いメンバーに呼び掛けて準備を整えた。
そして上位種の討伐情報が確定すると、速攻で本部の許可を得てガルナリーへと参じたのであった。
だが、現実は甘くなかった。
あーくそ!、なんで穴堀りがメイン作業なんだよっ!。
グラッドニーは穴掘りが嫌いだった。
って、誰でもキライだろ!。好きな奴の方が珍しいわ!。
まあまあ、もちつけグラッドニー。(←おまえ誰だ?!)
とりあえず、グラッドニーは今の状況に不満が爆発しそうだった。蟻たちは、今や完全に巣に引きこもってゲリラ戦しか仕掛けて来ない。
それに、穴を掘ってみて思う事は、穴掘りって意外と難しいって事だった。深い穴を掘る程に周囲が崩れて来て結構危ないのだ。当然メンバーの中に穴掘りが詳しい奴なんかいる訳がない。
ある程度予想はしていた事だが、穴掘りナメてた…。
しかも困った事に、お隣の縛鎖義士団は、殲滅団より劣る装備でありながら、意外といい穴を掘ってるらしいのだ。専門家がいるのかも知れない。
欲しい。穴掘りの専門家。
今なら、尊敬できる気がする。
グラッドニーは焦りで平常心を欠いていた。
それもそのはず、今の状況は単なる穴掘り勝負だ。はっきり言って戦争の上手い下手なんか関係無い。しかも、どこが女王蟻を先に見つけるかはもはや運次第。下手したら期間中に見つけられないかも知れないのだから冷静ではいられない。
そして、そんな時にアレが起きた。
そう、ネビエラの獄滅龍破が発動したのだ。
グラッドニーもその日は、周囲に慌ただしい雰囲気を感じていた。いわゆるおこぼれ頂戴ハンターの動きが活発化していたのだ。地元の雇われハンターに調べさせたら、新たな討伐隊が結成されたと言う。嫌な予感がした。
とそこへ、突然ショコラ・ヒルの裏側に巨大な球形魔法陣が出現したのだ。殲滅団の陣からは、その頂上部分しか見えなかったが、ここからそんなものが見える時点で普通じゃない。【神羅炎招】級の大規模魔法だ。
一体巣の反対側で何が起きようとしているのか?、グラッドニーが不安で立ち尽くしていると、獣の咆哮と共に大爆発が巻き起こった。
休憩中のメンバーがグラッドニーの元に駆け付けて詳細を尋ねるが、グラッドニーも知ってる訳がない。
くそっ!。
「ウィルギス!、暫くここを任せるぞ。ファルド!、3、4人連れて付いて来い!、様子を見に行く!」
ただでさえ不安要素しかないのに、これ以上問題が発生するのは非常にマズい。グラッドニーはとにかく居ても立ってもいられずに動き出したのだった。
最後に、この日、ガルナリーの傭兵ギルドから上位種討伐の報奨金の変更のお知らせがあった。
600万Gだった報奨金が、800万Gに引き上げられたのだった。これは査定の見直しを求めていたネルグラッド殲滅団と、縛鎖義士団の要請を受けた結果であった。
「お、ラッキー。でもこんな事って結構あるの?」(免悟)
「まあ時々あるな、何しろ上位種討伐って素早い対応が求められるからね。拙速ゆえに正確さに欠けるのは仕方がない。
でもなんとか正式に修正出来て良かったよ。こう言う数字的な間違いって良くあるからいつだって困るんだよな。
ま、人間のやる事だからね、仕方ない仕方ない」
「お前…………、誰?」(免)