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A・w・T  作者: 遠藤れいじ
30/64

30・上位種討伐令

 薄明かりの差す、朝靄の残る荒野のただ中に数人の人影が立っていた。

 彼らの前方から朝靄とは違う熱を伴った煙が地を這い、彼らの足元を流れ過ぎて行った。


 そんな静寂に包まれた荒野に、くぐもった唸り声が漏れる。それは次第に夜明けの神聖さを駆逐すると、明確な笑い声となって周囲を駆け巡った。


 キャ、ハ、ハハハハハ…。


 憚る事なく女の笑い声が荒野に響き渡る。それ以外の人影は身動ぎ一つせずに立ち尽くしていた。


 フフフッ、いいぞ悪くない、予想通りだ。だがまだ足りない、もっとだ、もっと必要だ。



 もっと力を!。



 誰もいない夜明けの荒野、ただ女の笑い声だけが鳴り響いた。その女、ネビエラ・ハルベルの笑い声が。











「なにこれ…?」(免悟)


「あー、ごめんな、ちょっとやってみたかったんだってさ」(シントーヤ)


「免悟〜、ねみーよぉ…」(子供ら)



――――――――‐‐――



 初めて大殻蟻の大型新種を見かけてから十数日。なんだか不安に思った免悟たちはちょくちょくショコラ・ヒルを訪れて様子を見ていた。

 見ていたのだが、そこで知らされたのは、いつの間にか免悟たちは蟻に敵認定されていたと言う事だ。


 ちょっと巣に近付くだけで、蟻たちはすぐに警戒態勢を発動した。そして獄滅龍破を詠唱しなくても蟻たちは全軍突撃を開始して来たのだった。


 こっ、怖ぇ〜〜。


 一体どう見分けているのか分からないが、免悟たちはついにショコラ・ヒルの蟻のブラックリストに載ってしまったようだ。


 実際、それとなく他のハンターの反応を探ってみたが、特に蟻たちが凶悪化したと言う話は聞かない。恐らく免悟たちだけが完全に凶悪犯として指名手配されているのだ。


 ま、現状としては一部手間が省けてむしろ楽になったのだが、当然あまりいい気はしない。ただ言えるのは、さらにネビエラの存在価値が薄れたぐらいか。


 なので、結果、以前ほど蟻の縄張り深くに足を踏み入れなくても蟻を釣り出せる事になった。

 てな訳で現在免悟たちは絶賛、大殻蟻の乱獲中だった。なんかもうヤケだ。


 ちょっと免悟たちの姿を見ると、蟻は我を忘れて単独でも襲い掛かって来る。一回に釣り出せる蟻の数は少なくなったが、その代わり狩りが圧倒的に安全になった。

 それにあんまり走らなくてすむし、時間的、体力的な余裕があるから数もこなせる。


 なんか知らんが、ある意味難易度が下がっちゃった。


 一応、馴染みの買い取り所では絶好の狩り場を発見した風を装っている。

 ただし、どうも嫌な予感がするのだが、間違いなく大型新種の姿を見かける確率が高くなっていた。確実にその数を増やしているのだ。


 そしてついに近頃では、他のハンターもその異常に感づいたようだ。



 いわく、ショコラ・ヒルの蟻に上位種が生まれた、と。



 上位種の誕生?…。微妙に聞き慣れないその言葉に免悟が尋ねると、免悟以外の全員が一斉に教えてくれた。(うえ〜い)?。


 上位種誕生とは種としての限界を越え、一段上の種族へと個体がランクアップする事を言う。この現象はこの世界に生きる全て生命に当てはまるらしい。


 一応人類種の上位種は今だ確認されていないが、可能性は否定されていない。


 上位種の出現は、コップの水が溢れるようにある日突然進化し、大幅に基本ステータスを押し上げるものだ。

 水が氷に変わるような一種の相転移みたいなものだが、困った事に周辺の生態系をも一変させてしまうのだ。


 上位種に変化するとは言うものの、種としての土台はそう変わらない。なので大抵は元種との交配が可能だ。そしてそうなると生まれる子供はほぼ上位種かハーフ以上となり、生存競争で幅を利かせる事になるのだ。

 長期的に見ると上位種はその地域レベルを大きく引き上げる。

 特に人が住む近くでこれをやられるとかなり危険で迷惑なので、基本大抵の国では見つけ次第ブッ殺す事になっている。


 これが上位種討伐である。


 そして現在では上位種討伐は基本民間に任されている。

 まず国が報償金を出し傭兵やハンター、戦団がそれを競い合うのだ。もしこれで無理な場合だけ国が軍を出動させる。


 国防とは言え、なるべく国も無駄な戦力は抱えたくない。イレギュラーなイベントは民間で処理してくれると助かるのだ。むしろ金を出すから、どうぞやってちょうだいって感じだ。


 そして傭兵やハンターにしても上位種討伐はまさに見逃せない一大イベントだ。

 人に害を為す悪役モンスターの討伐は、富と名声をもたらす英雄への第一歩である。


 てな訳で、ガルナリーは今、上位種討伐の噂で異様な熱気に包まれていた。

 本来なら命に関わるモンスターの脅威も、早期に対応すれば危険性はそう高くない。しかも力で解決するしか頭に無い戦闘バカ達だ。ピンチこそチャンス、と言うかピンチなんかにゃ目もくれない。自分の都合の良い事しか目に入らない底抜けな前向き思考の持ち主ばかりだからだ。


 それにガルナリーはモンスターや他国からの防衛を目的に作られた前線拠点だ。(それと物資の流通の中継地点でもある)

 大陸中央の最前線程の激しさは無いが、ガルナリーに住む人間の殆どが戦闘関係者(ハンターor傭兵)か商人で、後は公務員だ。上位種出現を迷惑に思うのは公務員くらいで、後はみんな金儲けのチャンスとしか見ない連中ばかりなのだ。


 なので、現在ガルナリーでは、大殻蟻の上位種認定作業中だった。ガルナリーの役人がショコラ・ヒルで上位種の確認を急いでいる。

 とは言え、なにぶん居場所は分かっているのだが、巣の中までは見れない。多少時間は掛かるだろうと思われている。


 ただし、ハンターたちの推測では、もう既に上位種の存在は確定しているらしい。しかも複数の上位種体=破軍蟻が増え続けている事から、どうやら大本である女王蟻が上位種になったと言う話だ。


 恐らく2日以内に確認作業は終了し、近隣に上位種討伐令が発布されるだろうとの予想だが、既に動き始めているハンターや戦士たちも多い。

 久しく無かった活況にガルナリーの町並みは沸いている、のだが…、免悟たちの内心は嫌な予感で一杯だった。



 うん、


 つまり、


 大殻蟻の上位種出現って…、俺たちに関係あるんじゃねーの?、

 って事だった。


 上位種発生の原因はいくつかある。単に力を付けた個体が自力で限界突破する場合。

 又は外的要因で、運良く成長に相応しい力を手に入れた場合。

 後は外から激しいストレスを受け、何らかのデフォルトと引き換えに成長する事を余儀なくされる場合。

 と言う話をデヒムスから聞いた免悟たちは、これなんじゃなかろうか?、と推測した。


 過剰なストレスによる成長説?。



 やっべぇ…、ありえる。

 もしかしたら俺たちやっちまったかもしれねえよ…。


 蟻たちもあれだけ激しい敵対反応を示していたのだ、その可能性は高い。


 でも、まあ、結局のところその真相が明らかになる事は無いだろうとは思う。何しろ上位種出現の詳しいメカニズムはまだ解明されてはいない。と言うかメカニズム解明自体そもそも大して必要ともされていないのだ。だいたい、生物がいきなりクラスチェンジってどうなの?、って話もある。まあ、それはまた別の話になるんだが。


 うん、まあいいや、知ーらねっと。


 たぶん免悟たちが自分から吹聴しないかぎりバレる事はないだろう。それに上位種出現によって、どちらかと言えば地域活性化に繋がっている気がするしな。今のところ。


 と言う訳で免悟たち「魔童連盟」としては、とりあえず原因不確定と言う事で、口を閉ざす事にした。

 黙して語らず、ただこの上位種出現と言う名の嵐が過ぎ去るのを、静かに見守り続ける事に決めたのだった。


 「おいおい、若い野郎が失敗を恐れてどうする。ツマらねえ過去の過ちに囚われてたら未来は見えねえぞ?。

 そんな事より前を向くんだ、未来に目を向けな!。

 いいんだよ、間違ったってさ。

 安心しな、若者の失敗は年寄りがフォローしてやるよ。だから、お前たちは前だけ向いてりゃそれでいい。

 お前たちの見るべき先は未来にしかない。さあ前に向かって走り出せ、夕日にバカヤロウと叫ぶんだ!」


 誰がそんな事を言ったかは知らないが、いや、誰も言ってはいないんだが、もしかしたら気のいいおっちゃんキャラがそんなような事を言ってくれるんじゃなかろうか、と想像しながら免悟たちは過去を忘れる事にしたのでした。


 おっちゃんありがとう。そう言ってくれてちょっとは気がラクになったよ。


 なあに、いいって事よ、元気出しな!。


 (これ…、妄想の話だよね?)



 さて、そんな事より、討伐令が下される前に免悟たちにはするべき事があった。


 と言うのも、大殻蟻は討伐の対象になってしまったのだ。ぶっちゃけ討伐後の蟻たちに、良さげな未来はどうしても想像できない。

 なので、とりあえず今の内に大殻蟻を狩れるだけ狩っておこうか、って事になったのだ。


 あー、蟻たちよ、なんかスマソ…。


 だが、どう考えても討伐後にまた安定して蟻を狩る事が出来るとはとても思えないのだから仕方がない。

 確かにちょーーっと非道い気もするが、どうせ狩られるのだ、誰が、いつ、どう狩ろうともはや関係ない。これは免悟たちの非情さがそうさせるのではない。厳しい現実が人をそう追い立てるのだ。ろう、たぶん。


 蟻たちよ、恨まないでおくれたまえ。この厳しい現実を前にぬるい事やってたら生きて行けないのだ…。


 そうして、上位種に関する情報収集だけは怠らずに、免悟たちは狩りまくった。さらに言うと、チームを2つに分け、討伐令が発布されるまで徹底的に大殻蟻を狩りまくったのであった。蟻よスマソ!。


 世間の荒波に、とか言うより、自ら積極的に行動している様に見えるのは気のせいだと思いたい。






 そしてついに討伐令が正式に発令された。



 女王蟻の討伐報償金は600万G、期間は10日間。

 10日を過ぎるとシルシティーが独自に編成した戦団か軍隊がやってきて後を引き継いでしまうのだ。



 討伐に名乗りを上げた戦団は3つ。


 「レグナシオン」

 「縛鎖義士団タングルチェインズ

 「ネルグラッド殲滅団」


 この3パーティーだ。

 いずれも20〜30の正メンバーを揃えてショコラ・ヒルに現れた。

 そしてメインのメンバーの他に、それぞれ現地ガルナリーで戦士を増員していた。さらに雑魚の掃討や解体、運搬等の雑用向けにハンターや人夫を大量に引き連れている。


 傭兵団レグナシオンと縛鎖義士団はガルナリーを本拠地とする地域集団だが、ネルグラッド殲滅団は傭兵ギルドの上位ランキングにも名を連ねる超一流の大戦団だ。

 と言うか、彼らは国家に匹敵するほどの武力を持ち、通称、国家級戦団レギオンとも呼ばれる化け物集団の一つだ。


 だいたい名前からして「殲滅」団だからな!。しかもマジで殺るらしいんだからもう怖すぎる…。


 もちろんネルグラッド殲滅団は、今回の上位種討伐には2軍、3軍のメンバーを

中心に編成して来ている。なので化け物要素は薄いらしいのだが、それでも上位種攻略の最有力候補と見られていた。

 当然ながら、戦団としての規模がデカいほど様々な状況に対する柔軟性を持っているからだ。


 特に今回の上位種は女王蟻が巣の奥に籠っている特殊なパターンだ。単純に力任せではいかない。はっきり言うと、穴掘りがメイン作業になると考えられていた。

 ちょっと特殊な状況ではあるものの、免悟としても初めて見る上級戦団の戦いぶり。かなり楽しみだった。


 そう、免悟は討伐に参加する気は一切無かった。あくまでも見物を楽しむつもりだ。

 上位種討伐に名乗りを上げる、なんてのはそもそも一流戦団のする事だ。しかも今回は、あのネルグラッド殲滅団がやって来ると言うので、ガルナリーの戦士たちもかなりビビってしまっていた。

 間違って邪魔なんかしてケンカ売られたら、速攻で潰されそうだからだ。

 免悟もまだ単なる中級レベルの一戦士にしか過ぎない。もし目を付けられでもしたら超嫌だ!。


 この世界は力がモノを言う世界だ。確かに真理眼と言う強力な断罪システムは存在するが万能ではない。犯罪を正しく罰する事は出来ても、そもそもの犯罪を未然に防ぐ為の力ではない。抑止力はあるが、これはあくまで事件が起きてから効果を現すシステムなのだ。

 それにその法の力が及ぶのもシルシティーの領内限り。他国に逃げられたりしたらどうしようもない。単なる殺され損だ。


 確かに免悟も世界最強に憧れはある。がしかし、面倒い努力は一切したくない。

 はっきり言って免悟は、憂い無き将来性あるニートこそが最も完成された豊かさであると考えていた。つまり、やはり働きたくないでござるのだ。

 そして、やはりハーレムも欲しい。となるとチートの無い現状では当然、世界最強も二の次、三の次にならざるを得ない。


 つまり、チートで世界最強を目指す。そんな正統派主人公向けなイベントは、免悟には無関係だと考えていたのだった。


 そう、当初は。



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