29・大殻蟻狩り
翌々日、体調を整えた免悟たちは大殻蟻の狩りに出た。新装備の実戦初披露だ。
いつも通り場所を定めると、ネビエラが(大)魔法【獄滅龍破】の詠唱を始める。
そしてどこからともなく涌いて来るノーマル蟻からネビエラを守りつつ、丘の上から戦闘職のグライダー種が一斉に飛び立つのを目にしたら速攻で逃げる!。ここでもたつくとおそらく悲惨な目に合うだろう。
大殻蟻の足は速くはないが、かと言ってそれほど遅い訳でもない。しかもコイツら今むっちゃ激怒しているので、それはもう必死になって追いかけて来る。だから足の遅いネビエラやエダルら年少組は時々追い付かれそうになったりする事があるのだ。
そんな時は、免悟が【浮遊術】を使って撹乱し、蟻の追跡スピードを下げる。
はっきり言ってここらへんは地味〜な肉体労働、とりあえず全力で走って逃げるしかないのだ。これ意外とキツい。
そしてある程度蟻の数が絞れて来たら反転攻勢だ。
基本的に追って来る群れがだいたい一桁切っていて、完全に後続の群れから離れていたらオッケー。
ここまでの逃走時間はおよそ2、3分くらいだろうか。ショコラ・ヒルも小さく遠目に映るくらいだ。
「よーし!、それじゃあそろそろ狩るぞー!」
免悟がタイミングを見計らって声を掛けるが、言い終える前に子供らはすでに動き出していた。
ところで、途中から気になっていたのだが、大殻蟻の一団の中にやけに馬鹿デカい個体が一匹混ざっているのだ。
大きさはノーマル種の3倍はある、明らかに違和感を感じるレベルだが、反応的には同種族的に振る舞っているので大殻蟻の一種で間違いないとは思うのだが。
今だ見たことのない新タイプだろうか?。とりあえずパッと見て普通にヤバそうなので、これはシントーヤに任せた。とりあえず大殻蟻たちはデカい新種も合わせて合計6体、まあまあな数だ。
「グラアアアアアァァ!!!!」
早速シントーヤの「狂化」が発動した。
その圧倒的な咆哮に大殻蟻も一瞬その動きを止める。中には子供らも固まってる奴いるし。
シントーヤの咆哮は実質、威圧スキルに近いものがあるのかも知れない。困った事に鎧狼なんかはこれを聞いただけで即、尻尾を巻いて逃げていくのだ。
せっかく狩られに来てるのになんて事を…。
その発動時の咆哮なんとかならんの?、と聞いてみたがどうにもならんらしい、普通に迷惑だ。
とか言ってる間にシントーヤはデカい新種の蟻に向かって飛び出していた。途中、近くにいたノーマル種を蹴散らして大蟻と激突する。体重的には新種の方があるのだが、それでも新種の体が一瞬浮き上がる。
とは言え流石にシントーヤの突進も止まる、がシントーヤは構わず武器の鉄棒を振り回した。
通常、シントーヤは常にネビエラを守る為に片手には盾を持つのだが、遠隔攻撃や鎧狼のような強襲能力を持たない相手には両手武器で攻撃特化する。
なのでシントーヤは鉄棒×2で新種の蟻を滅多打ちだ。
だが蟻も防御力には定評のあるモンスター、一歩も引かずに太い足を伸ばしてシントーヤに覆い被さろうとする。
一瞬両者の圧力が拮抗し、そして崩れる。
流石に真正面から体重を生かしてのし掛かられて来られたらちょっと無理があるのだろう、シントーヤはすぐさま戦術を変更した。
時々引いたり躱したりしながら蟻の脚を折り始めたのだ。
ここら辺の、押すだけでなく引ける柔軟さは普通の狂戦士ではあり得ない行為だ。
しばらくはシントーヤが押される形になったが、すぐに蟻の攻勢も尽きる。
前足の殆どを砕かれ前進力を失った大蟻はバランスを取れずに転がった。するとここぞとばかりにシントーヤの打線が爆発した。
踏ん張れずに転がる大蟻を鉄棒でボッコボコにする。もうこれで大勢は決した感じだな。
免悟は【浮遊術】で高速移動しながら蟻たちの背後から攻撃を加え退路を断つ。
一方、子供たちは槍で壁を作り、常に蟻との間合いを取り続ける。時々蟻が強引に突っ込んだり、槍の壁が崩れた時はホノや免悟がフォローするのだが、【増撃】でダメージアップした槍撃は簡単に蟻たちを突き返す。
なのでホノが的確に蟻の頭を打ち抜いて死体を量産していった。
これまでならシントーヤの後ろから槍で牽制するだけだったが、今日はシントーヤとは別行動だ。子供らが、自分たちにやらせて欲しいと言うので任せてみたのだが、増撃の効果が充分生かされていて申し分ない。
しかもパワーで互角に渡り合えるので、いつもなら手数でなんとかギリギリ捌いてた所に余裕が生まれ、完全に大殻蟻を圧倒していた。
こうして見ると、いつの間にか子供らも戦い馴れしていて成長が伺える。
当初はすぐに得物である槍をポロポロ落っことしていたものだが、練習や工夫を重ね、今では子供とは思えない戦術論を戦わせているくらいだ。
これもひとえに俺の指導の賜物だな!。
そう思いながら免悟が満足げに大殻蟻に止めを刺していると、【風刃】を飛ばすカルが目に入った。
まあ、あまり風刃の効く相手ではないし、使うタイミングもなかったので今さら感があるが、とにかく風刃を使ってみたいのだろう。
だが、厳密に言えばこの戦闘だけが狩りの全てではない。こうやって敵と交戦し、力を消費した時が狙い目と考えて襲いかかって来る相手も存在する。ハンターの仕事は家に帰り着くまでがお仕事なのだ。なのであまり意味無く不必要な体力消費はいただけない。
せっかく誉めてやろうと思ったのに後で注意しとかなきゃな!。
とは言え、免悟も思い出して飛剣ランサンを飛ばす、すっかり忘れていたのだ。
確かに体力の無駄使いは駄目だが、武器は実戦で使ってこそなんぼのモンだ、無茶しなければ限界は分からない。故に、単なる遊び心と武器の性能テストは根本的に違うのだ。と心の中で言い訳をしておく。
ところで、飛剣ランサンの飛行能力は【浮遊術】と同じ重力コントロールによるものだった。
使用魔力は(小)魔法1発分で約2、3分の稼働。契約者による思念操作が可能だ。
剣自体に自律行動する力はないので完全な手動コントロールは結構大変だ。だけどその分自由自在に精密コントロール出来る可能性が存在するとも言える。
ちなみに飛剣の飛行効果の発動は、別口の魔法発生源となっているので、他の魔法との多重発動には引っ掛からならない。
あくまでも免悟は魔力を注ぐだけで、飛剣ランサンに刻まれた魔法図が独自に効果を発するからだ。
ところで、最近になって分かったのだが、実は【浮遊術】の多重発動時のデフォルト率が普通1.3倍なのに対して1.5倍くらいあることが分かった。
どうも浮遊術を使いながらの多重発動は疲れ易いなと思っていたのだが、そう言う仕様だったらしい。
あくまで1.3倍と言うのは標準的な数値であって、個々の魔法によりそれぞれ違いがあると言うのは知っていたが…。
自分の使う魔法が平均より重いスペックを持つと知るのは地味にショックだ。
と言う訳で飛剣の使用がデフォルトに引っ掛からないのは助かる。すっかり免悟はこの飛剣を気に入ってしまったのだ。これでメイン魔法の浮遊術と相性が悪かったら泣く所だ。
なので最近はしょっちゅう免悟の周りを飛剣が飛び回っていた。ノリ的にはラジコン感覚だ、子供らも凄く羨ましそうに集まって来るし。
「免悟!、俺も飛剣欲しい!」
「ふっ、諦めろ、この飛剣ランサンは呪われたペンダントを背負う俺の代償なのだ」
「…………………」
えっ、なんで突然ここで一同シーーーンとなるの?。そんなに俺マズい事言った?。いや、ちょっと中二病が発症したかも知れないけど、本格的に発症した訳じゃないよ、もうすでにほぼ完治してるんだってばさ!。
つーかなに?このアウェイ感、ちょっと厳し過ぎない?。もう少し優しく接してくれても良くないか?。ここホントにホーム?、俺主人公だよね?。
確かにあったよこんな事。あったよありましたよ悲しい出来事が!。
そんな事より何ですかこの謎な展開は。
時々いつの間にかストーリーが訳の分からない所に流れ着くんだよな、回収が大変だわ…。
はあ、戻ろ。これ回想シーンだよね?。
そうそう、俺たち大殻蟻の狩りの最中で、そんなに気の抜ける場面でも無かった筈。
ほら…、
気がつけば、シントーヤは狂化が切れてないのか今だに新種の大蟻をぶん殴っているし。換金素材に無意味なダメージを加えやがって…。
カルもハアハア荒い息を付きながら風刃を連発してやがるし、お前らなあ…。
「……悟!、免悟ってば!」
突然ホノの叫び声が耳元でこだまする。
「うわっ!?、なんだ、どうしたホノ?」
「免悟!、ぼおっとしてると魔法剣があっちに飛んで行っちゃったよ!」
「うわーーーー!」
気が付いたら飛剣ランサンが遥か荒野の彼方にスッ飛んで行ってた。どうにかギリギリ小さな点に見えるレベルだ。慌てて免悟は飛剣を引き戻す。
はあ、危なかった。
一方で、完全に大殻蟻を仕留め終えた子供たちは、すぐさま解体を始めていた。と言っても単に要る部分と要らない部分に分けているだけだが。
一応これまでも何回か蟻を狩っているので、何処が売れて何処が売れないかはだいたい分かっている(子供らが)。なのでなるべく運搬を楽にするため必要な部分以外は捨てて行くのだ。
ここらへんの段取りの良さは、間違いなく金に対する執着心の成せる業だろう。免悟が言わなくても勝手に覚えてくれる。
有り難いのは有り難いんだが、でも何故か素直に喜べない。一体こいつらの目に世界はどう写っているのだろうか不安だ。まさかあらゆる物に値札とか付いてる感じじゃないだろうな。ちょっと色々心配だわ、保護者として…。
ハア…。
免悟は、小さな溜め息を付いて大殻蟻の解体を眺めていた。
「免悟も解体手伝えよなっ!」
子供に怒られた。
〈狩り終わって、ネビエラ〉
あー、なんかヤバい…。
この所ネビエラはひそかに焦っていた。
と言うのも子供だ子供だと思っていた子供らが、装備を整えて意外とまともな戦力を身に付けつつあったからだ。
さすがのネビエラでも置いてきぼりにされてる気配を感じていた。
だが、
ネビエラには金がなかった。(あ〜あ…)
ここ何日間か、免悟たちと一緒に狩りをしたが、それで得た金は飲み食いや服やらで大抵その日の内に使いきっていた。
だって一日分の分配なんて全然大した小遣い程しかならないんだから仕方がない。ネビエラにとって貯金なんて言うのはセコくてツマらない行為だった。
そんなちまちま面倒くさい事しなくったってお金なんざその分稼げば言いワケよ!。
いやまあ、今はネビエラも大した稼ぎがある訳じゃないが、それはこれからの頑張り次第でしょ?。可能性は無限大だよ!、たとえどんなに確率が悪くても勝負は張ってみなけりゃ結果は出ない。犬だって歩けば棒に当たるんだ、多少ウロチョロしてますがネビエラさん前に向かって歩きますよ、歩きたいと思います!。
なので、
「シンくん、お金貸してくんない?」
「嫌だ」
「…………なんで?」
「駄目だから」
「意味わかんない」
「深い意味なんかない、ただ100%のダメが存在するだけだよ」
「…お姉ちゃんさ、今さら引くに引けないんだよね。だから張り続けるの、負けると分かっていてもね。
でもいつかはこの努力が報われると信じてる。ただ、時にはこんな私の心も揺らぐ事があるわ、そんな時はそっとお姉ちゃんを支えてやって欲しい。
だからさ、
金貸せよ?」
「知らねーよ!!!」
「ちょっと待てぇい!!!。
なにこの無駄な改行、お前ら姉弟は普通に会話出来ねーの!?、頼むからほどほどにしてくれ!」
自由にも程がある、免悟は全力で突っ込みを入れた。
それから、狩った大殻蟻だが、最終的に釣り出した6匹全部仕留める事が出来た。
ただ、例の一匹だけ変な新種が一体いくらになるか気になっていたのだが、なんとコイツ一体で3万Gになった。総額8万弱。素材的には大殻蟻の上位種、破軍蟻に等しいと言われた。
破軍蟻と言えば、熾烈な覇権争いの行われる大陸中央でも良く見かけられる蟻系の上位種だ。一匹だけならともかく、こんなのが複数で来られたらいつまでたっても反転攻勢出来やしない、永遠に逃げの一手だ。
なにしろシントーヤですらパワーで押しきれずに技巧を駆使して一匹相手するのがやっとの状態だ。シントーヤ以外でこの暴走機関車をなんとか出来る奴は他に誰もいない。
この新種が破軍蟻とどう関係があるのかは分からないが、当然の事ながら免悟は嫌な予感がした。
逆に子供たちは高く売れて単純に喜んだが、まさかこれが後に大変な事態を引き起こす予兆だとは思いもしなかったのだった。