24・トーヤと模擬戦
まず模擬戦を行うに当たって、免悟はちゃんと安全策を考えていた。
模擬戦と言うからには実戦ではない。だが全力を出せる状況作りをする。
特にシントーヤは【狂化】の使用が確定しているので、何の予防策も無しに戦うのは危険過ぎる。シントーヤが気をつけてくれるとは限らないからだ。
そこで使うのが防御用(中)魔法、【魔力盾】だ。
これは免悟の持つ魔法の一つで、ダメージ軽減魔法だ。
先掛け方式で数分の間、致死ダメージ約一回分を打ち消してくれる。
これは予め軽減できるダメージの総量が決まっているので、その分のダメージを軽減しきったらそれで終わりだ。
この魔法の特徴、それは単にコストが高い事だ。
数分間は一撃分無敵だが、小魔法でも与えられる致死ダメージを中魔法で防ぐと言うのだから割に合わない。
現在のスタンダードな魔法戦の基準では、スタミナ消費的にあまり使えない魔法と考えられている。
何故そんな魔法が存在するのか?、と思われるかも知れないが、実はこの世界にはこんなビミョーな魔法が数え切れないほど転がっているのだ。
それは、飛び抜けて使える魔法を無くす事で、魔法環境の多様性に重きを置く管理者側=幻想皇帝の意図であると言われている。
それに今のところ微妙に使えない魔法も時と場所、状況によっては使える事があるし、また流行り廃れや戦術の変遷によっては日の目を見る可能性だってあるのだ。
こう言った魔法効果の調整は、この世界が作られてから何百年も掛けて管理されて来た結果だ。
そんな訳で、実は免悟の魔導書にはこんな微妙な魔法が少なくなかった。と言うのも基本的に免悟の魔導書はランダムで装備されていた様で、今流行りのラインナップとは全く無関係な魔法が殆どを占めていた。
中には永遠に使い所の分からない明らかなカス魔法もあるし。
まあそんな事より、とりあえず今現在の主題は【魔力盾】の使い方だ。
まずは免悟が【魔力盾】を自分とシントーヤに掛ける。その後、魔力充填器で自分の魔力を回復させる。
まあこれだけだ。
即準備完了。
免悟にはスタミナ回復のクールタイムのせいで、しばらくは回復が効きづらいので、そこは回復手段はお互い利用しないと言うルールで統一する。
「さあ、それじゃあシントーヤ、ヤルか!」
「ああ、行くぞ」
子供らとネビエラが観戦する中、広場の真ん中で免悟とシントーヤが魔法を発動させた。
お互いにそれぞれ剣と盾を装備している。
【浮遊術】のエフェクトが免悟を仄かに明るくさせ、続いて【狂化】のエフェクトがシントーヤの肌を黒褐色に変えた。
一応【魔力盾】のエフェクトが両者の頭上に光輪を瞬かせている。
「…ゥルアアアアアアア!!!!」
突如シントーヤが空気を震わせる程の雄叫びを上げた。巨大なモンスターかと思う様などデカい咆哮だ。
ネビエラ以外の全員がその突然の変貌に呆気に取られている暇もなく、シントーヤは速攻で免悟に向かって走り出した。
何それ、狂化ってそんなになるの?。
シントーヤは結構長身だが、基本細身で優男タイプだ。それが突然ガチムチなスーパーサイヤ人にクラスチェンジ!、した感じだ、雰囲気的に。
大殻蟻と戦っていた時は離れた場所にいたから分からなかったがこれはちょっとコワい…。
つかちょっとカッコイイかも?。
そんな事考えてる内にあっと言う間にシントーヤが免悟に襲い掛かる。圧倒的なスピードと迫力だ。フェイントや遊びなど一切無い、ただ最短で免悟を斬り殺そうとするシンプルな斬撃。
それ故に免悟に次手の布石を考慮しながら回避、とかそんな余裕を見つける余地が全く無い。今この一撃を全力でもって防がなければならない、そんな攻撃だった。
免悟は予想外の展開のせいで、完全にペースを奪われていた。
とりあえずシントーヤから距離を取ろうと、全速で後退して一撃を回避するものの、シントーヤは勢いを殺さずにそのまま免悟を追って二撃、三撃を繰り出す。
なんとかしたい免悟は、突き出した剣と盾でアホみたいな馬鹿力を受け流しつつ、流し切れなかった力には逆らわないで後方へ飛んで逃げた。
くそ、こんな化け物相手に近接戦闘なぞやれるか!、とか思う免悟だったが、それでもなおシントーヤは強化されたダッシュ力で免悟に追い縋る。
何がなんでも息つく暇を与えないつもりかっ?!。
シントーヤは初っぱなから全力全開、手加減無しだった。
狂化の影響だろうが、相手の戦術を見極めるとか、相手の力量に合わせて戦力を小出しにするとか、そう言った細かい事は一切無視!。とにかく持てる全ての力でもって敵にブチ当たるのみだ。
恐らくどんな相手であろうと全てこの様に全開で戦うのだろう。
まあそう言う戦いも有りっちゃ有りだがさ…。
つーかそれよりこの攻撃軽減仕切れるのか?、「盾」ごと両断されないよな?!。つかシントーヤちゃんと起きてる!?。敵の息の根を止めるまで攻撃し続ける!とか言うなよ!。うぎゃーーー!!。(落ち着け免悟。)
いや俺、死ぬかも知れん!。
あまりの攻撃の凄まじさに逆に免悟の気合いにスイッチが入った。
全力で回避しつつもすぐに追い付かれ、なんとか攻撃を回避。と言うワンパターンでジリ貧な展開に多少馴れたと言うのもある。
(こんなギリギリの展開に馴れたくはないが…)
しかし、ついに免悟は連続して襲い掛かる何度目かの攻撃を、気合い一発踏み込んで迎え撃った。
と言うか踏み込んで回避しただけだ。
ただし今まで後ろに下がって逃げていた事を考えると格段の差があった。
そりゃあいくら免悟にスピードがあってもバックで移動するには限界がある。
一瞬下がると見せかけて一気にシントーヤの真横をすり抜けた免悟。今までで最高にシントーヤの剣に接近した一瞬だったが避ける事が出来た。
よし、まだイケる!。
ここで始めてシントーヤの攻撃の流れが途切れた。
これまで攻撃を躱されながらも着実にその距離を縮めていたそれは、完全にシントーヤのペースだった。だが突然の強引な免悟の変化は、今の脳筋なシントーヤには想定外の出来事。
意外と地道に稼いで来たアドバンテージが一瞬でチャラになった感じだ。
だけどたとえ外的要因でリズムを乱しても今のシントーヤが精神的に揺らぐ事は全く無い。
シントーヤは素早く振り返ると免悟を追った。どっちにしろ、ブッ殺すんだから!。(えっ、殺す気?)
ついに免悟が攻撃に転じると、早速戦いの形勢は拮抗した。
逃げる事を止めた免悟の間合いの中にお構い無しで踏み込むシントーヤが、食らえば致命傷の一撃を振るう。
しかし免悟は浮遊術を生かして躊躇なく宙を舞った。
普通なら致命的な隙の生まれやすいジャンプも免悟には関係ない。変化球の様に不自然な軌道を辿って即座に支点を確保すると、そこから更に跳躍。
多少バランスを崩したってどおってこたあない、シントーヤの強烈な攻撃も免悟は独楽の様に回って受け流した。
バトルを観戦するネビエラと子供たちには、高速で繰り出されるシントーヤの攻撃と免悟の跳躍だけが視認出来た。はっきり言って危なくて近寄れないし、どっちが優勢かなんてさっぱり分からない。
だが現実には免悟が少しづつシントーヤの防御を削っていた。と言うか、シントーヤは殆んど防御を考えていないのだ。
とは言うもののシントーヤの防御は固い。強化魔法で素の筋力や反応が上がっているので、急所以外はあまり大したダメージとはなり得ないのだ。
実際に【魔力盾】の光輪には殆んど変化が見られない(光輪は軽減したダメージ分小さくなっていく)。
でもそれは構わない。シントーヤは全力を出し切っているが故に今がピークと言える。だが免悟はここからさらに魔法が使えるのだ、焦る必要は無い!。
その時、シントーヤの黒褐色の肌が短く点滅した。一瞬だけ普通の肌色に変わるとすぐに発光して黒褐色に戻ったのだ。
トバすじゃねえかシントーヤ!。
事前に話には聞いていたが、シントーヤは【狂化】の効果が切れる前にもう一度【狂化】を重ね掛けしたのだ。
もちろんそれは多重発動で魔力消費が嵩むし、重ね掛けしたって効果は重複しない。ただ、効果切れの谷間時間の無い連続使用が可能になると言うだけだ。こんなのはよっぽど後先考えない状況にしか使わない、模擬戦ならではの手だ。
だがこれくらいじゃあ免悟のアドバンテージは揺るがない。効果時間は【浮遊術】の方が確実に長いのだ。
ただし、ぶっちゃけ免悟も、実はこの状況からどうフィニッシュに持ち込めばいいか、何のプランも持ち合わせていなかったが。でもまあ優勢だからそれは構わない。
そんな事より、今はもっと踊り足りない!。
なんてね♪。
そんな感じで免悟が一種のルーチンワークに慣れかけた時、ふいにシントーヤが免悟の意表を突いて来た。
シントーヤのワンパターンになった攻撃を先読みした免悟が、紋切り的に受け流そうとした時。突然シントーヤは交錯した剣を手放し、強引に免悟の剣を掴んで来たのだ、素手だぞ!。
しまった…!。
咄嗟に免悟は自剣を捻り引き抜こうとするが、シントーヤはさらに逆手に持つ盾で殴り付けて来た。
やられた!、脳筋の罠なんかに引っ掛かるとは!。
単調な攻撃に馴れた所でそれを囮にするとはやってくれる!。
剣を手放すか盾の攻撃を食らうか、二択を迫られた感じだ。
今、剣を失ったら間違いなくシントーヤを倒す事が出来なくなるだろう。
剣で崩した所を魔法で狙うから効くのであって、この状況でいきなり魔法攻撃は効果が薄い。つーか、出来るくらいならとっくにやってる!。
かと言って角を立てた盾攻撃はかなり痛そうだ。もうちょっとで自剣を引っこ抜けるのだが、どうやっても盾を食らうのが先。
しかも剣を掴まれて固定されているのでダメージを逃がす事が出来ない。正直この盾攻撃を食らった後の展開が全く読めない。
どうする!?。
免悟は仕方なく剣を手放した。
目の前スレスレを盾が掠め飛ぶ。
そして免悟は【光弾】の詠唱を始めた。
やるしかない、ここは全てを捨ててでも賭けに出る正念場だ。ここで決めるしかない!。
盾攻撃をやり過ごした免悟は、すぐさま前傾姿勢でシントーヤに突っ込む。
少し横に自然落下するシントーヤの剣が目に入った。そして、その、剣を?、掴んだ!。
一気に免悟はシントーヤに襲い掛かる。
シントーヤは両手に攻撃を集中させたせいで腰が浮いてる。
免悟は低い体勢からシントーヤの脛を薙ぎ払った、かなりの手応え!。
遅れてシントーヤの盾が降り下ろされるが難なく回避。シントーヤが振り向く逆回転で回り込んで、すれ違いざまにシントーヤの掴む(刀身部分を)元免悟の剣を弾き落とした。
よし、これで形勢は一気に逆転した、畳み掛けるぜ!。
さあ、今度はこっちが二択を迫る番だ。
免悟は左手に光弾をキープしつつシントーヤの顔面に剣を突き出した。流石に顔はガードしない訳にはいかない。
反射的に盾で弾きながらもまだ攻撃に移ろうとするシントーヤだが、間髪入れずその片膝を【光弾】が直撃した。
シントーヤの得物は盾1つしかない、剣か光弾のどちらかは食らうしか無いのだ。
片足に光弾を食らったシントーヤは錐揉みして転がった。これは致命傷だ。
当然ながら【魔力盾】がそのダメージを軽減している筈だが、【盾】が無ければ膝は大ダメージで行動に支障が出るレベル。
見ればシントーヤの魔力盾の光輪もすっかり消え失せていた。
よっし、勝った!。
はっきり言って地味な一撃だったが、免悟にシントーヤを一撃で倒す力は無い。なのでちょっとづつ削るしかない。
そう言う意味で、顔面の目潰しか膝の破壊は確実な戦力ダウンに直結する。
模擬戦には似つかわしくない生々しい攻撃だが、それは免悟だから仕方がない。それよりたとえ狂戦士と言えども、視力を失ったり片足の機能が損なわれればこれまで通りの動きは望めない。
つまりじり貧、王手にはまだ先はあるが、いずれは詰むのが確定したと言って良かった。
だが一応シントーヤは狂化中だ、用心に越した事はない。まだ最後までやって見なければ分からない、と考えるかも知れないのだ。
なので追い討ちを掛けずに免悟はシントーヤから距離を取った。
だが意外とシントーヤもその敗北を感じ取ったのか、ゆっくりと体を起こす。そしたら側に落ちていた免悟の剣を掴んだ、すると…、
「グルアアアアアァァ…!!!!」
と一声吼えると免悟の剣を折った。
わーーーーー!、なんでだよ?、お、俺の愛剣が…!。
「あー、免悟ごめんな?」
「弁償しろよ!」