22・ハルベル姉弟2
「大体あの(大)魔法何だよアレ?、あんなの現実的に使えねーよ!。少なくとも個人で使用するもんじゃねえだろ?。もっと多人数の連係や補助があってようやく形になるんじゃねーの?。そもそも大殻蟻も討ち漏らしてるし。
間違いなくオーバーキルなのに殺し切れてないってどんだけ残念なんだよ…」
橇を引きながらくどくどと免悟が駄弁る。
「いいのよ…、私はあの魔法を使いこなして見せるんだから…」
ネビエラはこっそりエダルの陰から言い返す。
「はあ?!、それマジで言ってんの?!。お前ホント救いようが無いな!。
あんな脳筋魔法、間違って手に入れてしまうだけでも間抜けなのに、それを使いこなそうとするなんて国宝級のバカだよ?!」
こうして最大級の罵声の浴びせかけから免悟の説教ターンは始まった。
はっきり言ってヒド過ぎる。
だが、道すがら免悟による厳しい取り調べが行われた結果、ネビエラの恐るべき真実が明らかとなった。
まず【獄滅龍破】のデフォルトについて。
あれだけどデカい魔法ゆえに結構有るだろうとは思われていたが、まさに【獄滅龍破】はデフォまみれだった。
まず詠唱の待機時間は50秒!。
そして詠唱中は頭上の球形魔法陣の下から一歩も動けない。
しかも基本使用魔力50%+発動後の黒龍のコントロールにさらに魔力消費が加わる。なんとコントロールする必要があるらしい。
かなり詠唱時間は長いだろうと思ってはいたが、黒龍の制御にさらに余分なMP消費がいるなんてコスト多過ぎる。もはや使用出来る場面が思いつかない。実戦で使って見せたネビエラがある意味凄いわ。
免悟なら怖くて1分もノーガードで呑気に詠唱なんて待ってられない。まあ【獄滅龍破】が現実的に使えない魔法なのは分かっていた。ただ恐ろしい事にネビエラは【獄滅龍破】以外の魔法を持っていないのだ。バカだぜコイツ!。
もしかしたら一個か二個隠し持ってる可能性はあるが、どうせあってもしょーもない魔法だろう。と言うか逆に何とかもう一、二個持っていてくれと願うくらいだ。
ゲームならともかく、現実にこんな極振り魔法しか持ってないなんて漢らしいにも程がある。もはやバカ紙一重の勇者だ…。
可哀想に、たぶん早死にするか長生きしないだろう…。
そもそも何故そんな使い難い大魔法しか持って無いのか?。そこにはプライベートな家庭の事情もあったのでなるべくスルーしたが、とにかく両親の遺産を姉弟で分けた際、ネビエラは自分の分の殆どを【獄滅龍破】で使い切ってしまったらしい。むちゃくちゃや…。
ちなみに数百万Gしたらしい。
駄目だ、コイツにはもう何を言っても無意味、根っからの大馬鹿野郎だ。もはやコイツに関わる事自体が時間の無駄だ。
免悟はネビエラの事はバッサリ諦めた。
なので今度はシントーヤに話を聞いた。あの妙な強化系魔法にはかなり興味があったのだ。
ただし、誰しも自分の手の内はそう簡単に晒してはくれないものだ。
「ああ、あれは【狂化】だよ」
簡単に教えてくれた…。
【狂化】?、でもそれなら免悟も知ってる。
下級魔法で格安なのに買い手が無いから結構見かける魔法だ。時々初心者が間違って買う事があるがデメリットが厳し過ぎる。何しろその名の通り狂戦士化してしまい、感情が制御出来なくなって敵味方関係なく暴れてしまうのだ。
それじゃあパーティーは組めないし、ソロで使うにしても狂ってしまうせいで細かい戦術なんかは実行出来ない。
「え…?、あのねーちゃん良く無事だったな…」
だが、聞く所によるとシントーヤは【狂化】に対する親和性があって敵味方の区別が付くらしい。
なんだそりゃ?!。
免悟も最近知った話だが、魔法も人によって向き不向きがある。実際使って見なければ分からないが、そもそも魔法の効果も使う人間によって多少のバラつきがあるのだ。そして中には飛び抜けて高い効果を得られたり、デメリットを少なく出来る親和持ちと呼ばれる者がいる。
これは特に魔法を持って生まれて来たギフト持ちが、その魔法に対して親和性を持ってる可能性が高いと言われている。
そう、魔法がいかに産み出され市場に出回るか?と言うと、現在のところほぼ100%赤ん坊が魔法を装備して生まれて来るのだ。
これをギフトと呼ぶのだが、大、中魔法は結構な値段がするので子供が物心付く前に親が売ってしまう事が多い。
現実って厳しいなー。
一応そのギフトの発生率は唯一の創造神、通称「幻想皇帝」が一方的に管理している。
だがシントーヤは【狂化】をギフトとして持って生まれた訳ではなかった。ごくたまたまだ。もしかしたら星の数ほどある魔法の中で、誰しも一個くらいは親和性を秘めているのかも知れないが…。
だがシントーヤの場合は、ネビエラと一緒に一番安い戦闘用魔法を何となく買ったらこの【狂化】だったらしい。
うお〜い!、お前ら姉弟でカモられてるよ?。そこサラっと流す所じゃないよ!。
とにかくネビエラがかなり高価な魔法を買ったので、なるべくシントーヤは安い魔法を選んだのだと言う。
つーかちょっと調べたらすぐに分かるだろうに。
だがそこは何だかややこしい家庭の事情があるらしく、この歳になるまでまさか二人ともハンターになるとは思ってもいなかったみたいだ。
どうやら結構裕福な家庭で育ったらしく、危険の少ない内地で戦闘とは無縁の人生だったが、両親の死をきっかけに思い切ってハンターになろう!、とネビエラが言い出したらしい…。にわかハンターの誕生だ…。
ネビエラ、やっぱお前のせいか…?。
ま、所詮お前の逝く先は血塗られた道だ、だが弟を巻き込むのはやめてあげろ…。
それからシントーヤは【狂化】の詳細についても教えてくれた。
基本的に効果時間は25秒と長く、待機時間もそれほど長く無いので連続使用が可能。しかも筋力の強化率も一般的な強化系魔法とそれほど違いがない。
問題はその狂戦士化だ。さすがにシントーヤでもその圧倒的な破壊衝動の渦に巻き込まれるのは阻止できないようで、やはり複雑な思考は無理らしい。ただ敵味方を識別出来るので、優先的に敵から攻撃する事が可能なのだと言う。
意外と綱渡り的な感じだが本当に大丈夫だろうか?。
なので敵がいなくなると、何か別な物でも攻撃しなければいけないらしい。ちょいとイタい光景が見れる訳だ…。
そしてデフォルトはそれだけかと思ってたらまだもう一つあった。それは強化による肉体の損傷だ。
普通の強化系でもそうだが、通常では出せないパワーを出すのだ。当然体には負担が掛かる。だが大抵の強化系魔法は、効果とセットでそこは何とかしているものなのだが【狂化】にはその補助が無かった。
単にカバーしきれなかっただけなのか、それとも普通にデフォルトとして残しているのかは分からないが、とにかく筋力や関節に結構なダメージが現れるらしい。普通に筋肉痛どころか関節痛が酷いようだ。なのでシントーヤは【治癒】と言う魔法も持っていた。
何だか説明中にさらにまた別の説明が現れて、かなりカオスな感じになるが、【治癒】はいわゆるテンプレなヒール系魔法だ。(小)魔法なので効果は小さいが、その分重ね掛けすればいい。
まあ【治癒】は非戦闘系の人間でも欲しがる魔法だから、持ってて損は無い。と言うか【治癒】は職種、人種を問わず需要があるので、下級魔法のくせに馬鹿みたいに値段が高いのにすぐ売り切れてあまりお目にかかれない魔法なのだ。良く手に入れたもんだ。
免悟も【治癒】は欲しいが持っていない。
一度だけバンナルク装備店で入荷したからどうする?、とデヒムスから問い合わせがあったが、ぐずぐずしてる内に速攻で売れちまった…。
買っときゃよかった、あの時に。だって【治癒】てムチャクチャ値段高いんだもん。下級魔法で25万Gって、下手な中級魔法より高いし…。
でも次は絶対に迷わず買う!。
とまあこんな感じで、やけにシントーヤが積極的に自分の手の内を晒すなと思っていたら、他のハンターからアドバイスが欲しかったようだ。
ま、免悟もハンターとしては大した経験は無いが、シントーヤは意外と普通に凄いと思う。
運もあるけど、特に無闇やたらと装備を増やさずに最低限を整えたら、いつでも買い足せる資金をちゃんと残している所が偉い!。
免悟もいろいろ願望が有りすぎて、つい先に買ってしまってから無駄に気づくのだ。
まあシントーヤの場合はあまりハンターに対する思い入れが無いからかも知れないが、ネビエラのブッ壊れ具合と比べると天と地の差がある。
むしろシントーヤの問題は、お荷物のネビエラ姉さんだ。
シントーヤだけなら信頼出来る仲間さえ見つければ、戦力的には何の問題も無い。デフォルトの無い【狂化】はそれだけで中位ハンターのパーティーに収まる戦力があるだろう。だがネビエラははっきり言っていらない子だ。コイツがいる限り姉弟二人の総合力は格段に下がって、一気に初心者ハンターレベルだ。
「つーか大魔法を売って、使える中、小魔法に装備し直せばいいじゃん」
売値と買値の差はかなりあるだろうが、それでも100万Gにはなりそうだ。
一応レアな上級魔法だし。
だーが、ネビエラはそれを断固拒否しやがった。これは姉弟間で散々やりとりした事柄らしく妥協の余地もなかった。
「言っておくけど、わたし大魔法以外使う気ないから!」
ただ残念な事に議論的な深まりは全く無かったようだ。
「ホノ、こいつの足と足を撃ち抜いてやれ…」
「えっ!、足と…足?って…、全然隙間じゃないじゃない!」(ネビ)
ネビエラの余りの馬鹿さ加減に子供たちですら撃たれて当然、みたいな雰囲気がダダ漏れする。
仕方なくホノがクロスボウをネビエラに向ける。が、もちろん矢はセットしてない。しかしそれに気が付かないネビエラは、両手で両足を隠しながら大股開きで逃げる。
意外と器用な奴だ。
その淑女にあるまじき姿に子供たちからドッと笑いが起こる。
そしてネビエラも逃げながら怒る。
おお、これは奇跡が起こるぜ、俺たちラッパー兄弟イェイ♪。
大丈夫かコレ?、なんかノリでやってみたけど、許されるレベルだろうか?、まあ分からん。
とか何とか馬鹿な事考えてたら、いつの間にか走って来たネビエラの飛び蹴りを食らってしまう。
「なんちゅう命令さらすんじゃこのボケェ!!!」
アイッタ〜。
ネビエラの奴、やっとクロスボウに矢が無いのに気付いたらしい。
しばらくの間、道の上で転がってサボっていたら、ふとシントーヤの思惑に気付いてしまった。何故わざわざこれほど自分らの装備や事情を詳しく話すのかと思っていたが、もしかして彼は姉も一緒に所属出来るパーティーを探していたのか?。確かにここなら一匹くらいヘボが増えてもそう大した違いは無いし…。
そう思ったので、さっそくウチにメンバーとして仲間入りするか尋ねて見ると、「もちろん!」と言う快活な返事が返って来た。いい弟じゃん。
こうして免悟と子供らのパーティーに新メンバーが加わったのだった。