20・ドラゴンと龍
とりあえず免悟たちは荒野を歩いた。目的は新フィールドの探索だ、忘れてはいない。
と言っても実際は遠目に眺めるだけだ。
新フィールドと言うのも具体的には特殊地形の事で、森やブッシュ地帯、岩石地帯、湿地帯等だ。
そう言う特殊な場所にはその場に適応したモンスターが生息する。
今まで免悟たちは何もないノーマルな荒野しか足を踏み入れた事がなかったが、それは子供らには危険だからだ。
視界が悪いと奇襲を受けやすいし、狭いから集団戦がしにくくモンスターと一対一の状況になりやすい。子供にはかなりきつい。
なので後回しにしていたのだ。
だがそろそろ場所によっては手を出しても大丈夫だろうと思うのだ。
と言うかあまり悠長な事も言ってられない。早く鎧狼に変わる飯のタネを見つけなければならん、行くしかないのだ。
それに何も無い荒野より、特殊な地域の方が色々と資源が豊かだ。
上手くハマれば鎧狼より稼げるだろう。
そんな訳で時間を掛けてあちこち歩き回ったのだが、何故か子供らの態度が冷たい。
特にさっきまで一緒に話し合ってた年長組たちが…。
え、どして?。
装備の拡充について色々考えているのもあるが、何故か免悟の事は無視するのだ。なんでよ?!。
それとなくホノに聞いて見たら「免悟が悪い」と言って、プイッとそっぽを向かれてしまった。
え、俺?、俺のせいなの?。
いつの間にか知らない内にハブられてるの…?。
が〜〜〜ん。
仕方ないのでとりあえずエダルを側に呼んで、天然ヒールで癒して貰った。年少組の子らはまだ反抗期じゃないみたいだ。
なのでしばらく大人しく歩く事にする。
各特殊地形をそれぞれ回る間、何体か初めて見るモンスターとも出会った。
その中でも一番の大物は剣角竜だ。
やりました!、ついに出ましたよドラゴン!。
こいつはその名の通り剣の様な角を持った四つ足の鎧竜で、トラック並の巨大なドラゴンだ。
草原龍も竜種だが、見た目ほぼ馬だからな。
そして剣角竜は草食なので無闇に刺激さえしなければ、餌認定されて襲われる事はない。
だけどコイツはガルナリー周辺のモンスターでも最強の一種だ。
一応、草原龍の事もある。間違って襲われでもしたらほぼ瞬殺だ、なので慎重に覗き見しよう。
え?、うん。もちろん剣角竜を観察するよ?。
基本滅多にお目に掛かれないし、免悟も子供らも好奇心が抑え切れない。
子供の内の何人かは恐がって泣きそうになっていたが、気にせず剣角竜の親子をこっそり眺める。
ちょうど彼らはバリバリと環境破壊を繰り返すのに夢中な所だった。何がしたいのか分からんが穴を掘りまくってる。
蹴りで大地をザクザク削ると、鼻先を突っ込んで何か食べていた。
しかも穴掘ったら掘ったでそのまんまだ。埋めて元に戻すとかする筈もねえ。お行儀悪過ぎです。
当然の事ながら注意出来る奴なんかいる訳ないし。
なので一体何があったの?、ってくらい辺り一面穴だらけ。
こいつら地形変える気か?。
延々と続けられる破壊行為にその内にだんだんお腹一杯になって来た。
もう好きになさい…。
こんな非常識な馬鹿力に襲われたら跡形もないわ、さっさと退散しよう。
やっと冷静な状況判断が出来る様になった。
ちなみに剣角竜の咆哮は、抵抗力の低い生物を金縛りにする威圧力がある。
だがそれより困った事に「咆哮」は魔法の詠唱や発動もキャンセル出来るのだ。
ちんたら(大)魔法唱えていたら発動前にキャンセルされてしまう。
この世界のドラゴン種は、こう言うキャンセル効果のある咆哮系能力を普通に持っている。
恐らく大抵のドラゴン種と戦う場合、詠唱時間の長い魔法は真っ向から打ち消される可能性が高いのだ。
つまりなるべく詠唱の短い(小)魔法でちまちま削る事になる。
さっすがドラゴン、無敵だわ。
なので免悟にとってはもはや成す術もない。
もし【浮遊術】で空中に逃げても吼えられたら術が解けて落っこちるのだ。
逃げる事すらままならない、困った相手だ。
とは言え今のところこのドラゴンと免悟は何の関わりもない。
特に害獣的な振る舞いをするわけでもないし(確かに大穴は掘るけど)、もしこんなのを狩れたとしても解体や運搬が大変すぎる。
「ふっ、運の良いドラゴンさんだ、今日の所は見逃してやろうぜ?」
免悟がジョークを飛ばすと、子供たちも「キャハハハッ」と笑う。
免悟は一張羅の魔法使いローブの裾を翻し、子供らを連れてその場を後にした。
ホノだけはそんな免悟を残念そうに見つめていた…。
だがドラゴンと無事に遭遇出来たおかげで、免悟と子供たち年長組との雰囲気は劇的に良くなった。
まあ稼ぎはいまいちだったが有意義な一日だった。
終わり良ければ全て良し。とりあえずデータは集めた、帰ってじっくり検討してみよう。
街に戻ったら何食おうか?、とか言ってワイワイ歩いていたら、子供の一人が鋭い声を発した。
「あっちになんかいる…!」
超視力の子の言葉に素早く反応する子供たち。
指差す方角へ目を向けると、確かに何か動く物が見える。
「誰か追われてる?!」
「何だろアレ…」
「蟻?かな…」
「免悟!、人が襲われてるよ!」
免悟にはいまいちはっきり見えないが、どうやら大殻蟻と言うモンスターに誰か追われてるらしい。
大殻蟻は鎧狼くらいの中型の蟻型モンスターだ、それほど強くはない。
ただし、防御力だけは高く大いに群れるので限りなくウザいモンスターだ。
この蟻は巣を中心に活動するので、巣の場所さえ知っていれば簡単に回避出来る。
一応まぁまぁな値段で売れるが、さっきも言った通りかなりの数で行動するから手を出しにくいのだ。
しかし足は遅いので走って逃げれるから脅威度は低い。筈なのだが、視線の先の人物はなかなか蟻の追跡を振り切れないみたいだ。
怪我でもしてるのかも知れない。
どちらにしろもう少し詳しい様子が分からないと判断出来ないな。
「少し近付いてみよう…」
「早く助けないと!」
「慌てんな。他人の心配は後でいい、まず自分の安全確保が優先だろ?」
一応【索敵】を発動しておく。
何か新手の罠と言う事はないだろうが、またいつもの様に気が付いたら鎧狼に背後を取られてた、なんてのは勘弁したい。
こういう時に限って子供の索敵能力はザルになるのだ…。
すぐ先に行こうとする子供らを抑えながら、ゆっくり近付く内に状況が分かってきた。
ハンターらしき二人が大殻蟻八匹に追われているのだ。
気が付くと、いつの間にかハンターは草原から突き出た大岩を背に、足を止めて迎撃する様子を見せていた。
逃げるのを諦めた感じだ。
それを見た免悟たちは直線距離を進まずに、大殻蟻の真後ろへ回り込む迂回ルートを選択した。
距離的には200mくらいだ。
目の良い子が言うにはハンターは若い男女二人だ。男が女を庇っている。
ふうむ、何だ?、訳ありか?。
仲間とかはどうしたんだろう?。
どちらにしろ状況からしてここは助けに入るべき所だ。
もちろん免悟は人助けより、大殻蟻を狩る事に重点を置いていた。
普通大殻蟻は何かあったらすぐに仲間を呼ぶので、捕らえるのが非常に難しいのだ。
だが、こんなに巣から離れた場所にいるなら話は別だ。
狩った分だけ捕り放題、安心してお持ち帰り可能だ。
よし、そろそろ退路を塞ぐべく二手に別れようか、と思ったその時。
突如大気に震えが走り、音が止まった。
免悟はつい歩みを止めてソレを見つめていた。
前方の戦闘地帯、二人のハンターが背負う大岩の上に、大きな球状の虚空?が出現したのだ。
小さな家なら丸ごと飲み込めるくらいの大きさだ。
巨大で真っ黒な球体だが、良く見ると微妙に半透明だった。
そしてその球の中で何かがゆらゆら蠢いている。
何だこれ?。
「免悟これ何?」
横にいた子が簡単に訊いてくれるが、そんなの俺だって知らん。つーか魔法なんだろうけどさ…。
だが、目の前ではハンターと蟻が激しく交戦中だ。
蟻はその不気味な虚空?に一瞬動きを鈍らせて迷いを見せた。だがハンターの方はむしろその隙に乗じた感じさえあった。
まあつまりそういう事なんだろうな。
「え、これって魔法のエフェクト?…」
一旦足を止めたまま様子見してると、一人の子供の呟きが聞こえた。
「バッカ、何言ってんだ?!、これがそういう魔法なんだよ、決まってるだろ!」
「え…、でも何も…」
は?、マジか…!。
まさかこれエフェクトって可能性があるのか?。
いつの間にか免悟はこの状況を、そういう方向で眺めていた。
それは極めて直感的な反応だったが、それにしても違和感なくこの状況を読み解けてしまう。
ようやく分かってきたが、女ハンターがこの現象の中心である事は間違いない。
女は頭上の虚空と似たエフェクトを体に纏っている。
そして大殻蟻はいつしかその女ハンターに攻撃を絞っていた。
モンスターが脅威を感じる程の魔法に狙われた時、取る行動は二つある。
一つは逃げる。もう一つは逆に襲いかかって発動を阻止するのだ。
間違いなくモンスターは人間種には無い、魔法に関する察知能力を持っていた。
そして今、恐らく大殻蟻は魔法の発動前に術者を倒そうとしているのだ。
そうすればどんな魔法も食らう事はない。
ゆえに蟻たちの攻撃はかなり激しくなっていた。
なのだが、今のところ蟻たちに何らかの魔法的な影響は見られない。
間違いないな、女ハンターは詠唱中なのだ、(大)魔法を。
そういう訳で免悟たちがそれ以上近付くのを止めて眺めていると、もう一人の男ハンターの並外れた戦闘力が分かってきた。
男ハンターは何故か武器を持っていなかった。蟻を相手に素手で戦っているのだ。
蹴り、殴り、時に掴んでは投げ飛ばす。言葉で言うと簡単だが、八匹の大殻蟻をたった一人で相手するのだ。しかも何も出来ない女を庇って。
半端な力じゃない。
だがそれにはちゃんとタネがある。
男ハンターの身にも効果エフェクトが見えた。つまり何らかの魔法を使っているのだ。
まあ、当然と言えば当然だ。
とは言え、大殻蟻も防御力だけは定評のあるモンスターだ。流石に武器無しではなかなか無力化出来ない。
時々足が折れたりはするが足は六本ある、一本や二本くらいでは蟻たちの動きは止まらない。
そんな大殻蟻の猛攻を弾き返す原動力である男の魔法。
これは何らかの身体強化だと思われるのだが、どう言う訳かその効果がなかなか途切れない。
こんな強力な身体強化がそれほど長時間持続するのか?。
何なんだろう?、まさか頭上の虚空は効果時間を延長するサポート系なのかな?。
とてもそんな感じにはみえないが…。
それにサポートだけでは現状維持が関の山、いずれジリ貧だ。
やはりどう考えても頭上のアレはそんな生易しい代物には到底思えない。
何しろ例の虚空はだんだんとその禍々しさを増して来ている。
免悟が傍目に見ても分かるくらい発動前の高まりを感じるのだ。モンスターである大殻蟻が受け取る殺気はいかほどのものだろうか。
宙に浮かぶ虚空の内側で、蛇の様に蠢く何かがかなりのヤバさを醸し出し始めた。
おう、来た来た!。
やっぱりこれは最大級の大魔法で間違いない!。
その時、男と蟻の乱戦模様に乱れが生じた。
男の動きが悪くなって蟻が女の目の前まで迫ったのだ。
しかし男は素早く立ち直ると何とか防衛ラインを維持し直した。女が何か喚いている。
だがその一瞬免悟は男の効果エフェクトが消えるのを見ていた。
「なあ!、今男のエフェクトが一瞬消えたよな?!」
免悟は戦闘から目を離す事なく子供らに問うた。
「うん消えた消えた!」
「結構ヤバかったよ!」
免悟は虚空の方を見てたので全部は見れなかったが、意外とその空白時間はあったらしい。
「免悟!、今のは効果が切れて再発動したって事?!」
「みたいだな!」
「つーか長くねえっ?!」
「確かに強化系にしては遅過ぎだな!」
「遅…?、ちっがうよ!、効果の方だよ!」
「あっそ!、俺が言ってるのは詠唱時間だよっ!」
子供らは高みの見物気分で完全にワイワイやってる。楽しそうだ。
でも話の内容の方は意外とこいつら分かってる。
言われてみれば、強化系は戦闘中に瞬時に使用するので、ノータイムで発動出来るのが普通だ。その代わりに効果時間は短い。
やはり男の魔法は何か特殊なのだろう。
ん、あれ?。
ここで免悟はふと気づいた。
なんか今俺たち、人のバトルを解説する脇キャラになってない…?。
い、いや無いよね…?、ないないない!。
正統派主人公がそんな事する訳ないじゃん。
自称正統派主人公が内心でキョドってる間に事態は大詰めを迎えようとしていた。
虚空内で蠢いていた蛇状の何かが、今や青い空にはみ出していた。
漆黒の太く長い胴体が滑らかにうねり、野獣の咆哮が谺する。
それはもう免悟も良く知るアレだ。
龍。
いわゆる東洋風の長大な黒龍。
目や鱗や髭などの細かいディテールは曖昧だが、実際に龍を召喚するのではないのだろう。
だが、それと同等の破壊力を再現させるつもりなのだ。
もはや大殻蟻たちは狂った様に突撃していく。しかし長かった詠唱は完成を迎えようとしていた。
蟻たちの決死の突撃は実る事がなかったようだ、南無。
はっきり言って長すぎる詠唱時間ではあったが、ついにその代償を解き放つ時が来たのだ。
少し離れた所にいる免悟にも女のエフェクトが臨界点に達しつつあるのが分かった。
男のハンターが必死になって大殻蟻の攻撃を防ぐ中、女は右手を真っ直ぐに突き上げて吼えた。
この免悟のいる場所からは女の声は聞こえなかったが、後で聞いた話を元に補完すると、その時女が発した言葉はこうだ。
「【獄滅竜破】!!!!」