19・お買い物は計画的に
ハーケル殺害から翌々日の朝、またまたホノは免悟の部屋の前に立っていた。
結局昨日免悟は、ホノの起きている内に帰って来なかった。だが部屋に鍵が掛かっているので、今免悟が居るのは間違いない。
何故か嫌な予感しかしない…。
ドアの前で立ち尽くすホノをエダルがどうしたの?、と言う顔で見上げる。
ああ、気が重い。
ホノが意を決してドアをノックしようとしたその時、鍵の開く音と共にドアが開いた。
え?!。
なんと免悟が自主的に起きて来たのだ。
「おぅ、おはよう」
「おはよう免悟」
免悟が朝に相応しい爽やかなスマイルで現れると、エダルも天使の笑顔で答える。
ホノだけが驚きで固まっていた。
そんな…、免悟は寝起きがかなり酷い筈だ。それがこんなに清々しい表情で挨拶するなんて、き、気味が悪いよ…。
良く見ると顔色は悪いし、声も掠れてる。あまり寝る時間はなかった筈、体調は良くなさそうなのに何故?。
「どうしたホノ?、早く行くぞ、皆が待ってるだろ?」
いつの間にか免悟とエダルが肩を並べて歩き出していた。
「は…、えっ?、ちょっと!」
ふふ、免悟は今、清々しい朝を迎えていた。
かなり寝不足で、多少膝がガクブルするが頭はすっきり冴えていた。そして昨日までの不満はすっかり解消している。
まさにスーパー賢者モード!、どんと来いだ!(意味不明)。
「ところで、今日はエダルも狩りに参加する日だったか」
「うん」
免悟の問い掛けにエダルが手に持つ槍を強く握りしめて答える。
エダルはまだ鎧狼が恐ろしくて堪らない。だが、何故かエダルはその感情に抗うかの様に、敢えて狩りに行こうとする。
まあそう言うエダルの変な姿もまた皆に可愛いがられているが。
とは言え、近頃めっきり鎧狼との遭遇率が下がっている。恐らく今日は子供らフルメンバーでの探索となる、間違いなく鎧狼には出会わないだろう。
なので今日はまだ行った事のないフィールドを探索しようと考えていた。
少なくともこのまま行くと、いずれ鎧狼を狩る機会は限りなく減るだろう。予想された事だから予め次なる金儲けのネタを探しておかねばならない。
実際この世界はとっても物価が安い。日本と比べるのは論外な位だ。
飯代、宿代、各種雑貨、人件費等、逆に免悟が心配してしまうほど安いのだ。
そしてそれに比べて魔法関連、モンスター関連は青天井的に高い。つまり高価な装備で命を掛けるハンターはそれ以上の見返りを得る事が可能なのだ。
事実、鎧狼一匹で3万5000G。
え〜〜、免悟は基本どんぶり勘定なので詳しい事は知らないが、15万位あれば一家が1ヶ月充分暮らせると言う事を聞いたような気がする…。
すまん、免悟は興味ない事は右から左へと聞き流す体質なので、とりあえず鎧狼一匹分は結構な収入と覚えて頂くしかない…。
とにかく鎧狼と言うそこそこ金になるモンスターを狩れている間は問題ないが、鎧狼が狩れなくなると逆に免悟はかなり苦しくなるのだ。しかも元々鎧狼狩りは暫定的な狩猟法なので、いずれはもっと確実性の高い狩りを見つける必要があった。
免悟たちはいつも通り街の正門で子供らの本隊と合流する。
そしてそう言う方向性で打ち合わせすると、早速新フィールド探索へと出発した。
この日は穏やかな天気で、一行も遠足のような雰囲気で荒野を歩いた。
例のごとく子供らは歩きながらもあちこちに飛び出しては何か拾って来る。野草や鉱石、一個一個は大した金にはならないが、まとめて売ると結構な額になる、らしい。
まあ子供向きの稼ぎだが。
時折目の良い子供が、草履蟲と言う岩陰に潜む平べったい多足の小型モンスター?を見つけてはホノが狙っていた。
コイツはその名の通り、デカいスリッパに似たブッ細工な肉の塊だが、どう言う訳か凄い旨い。なのでまあまあな値段で売れる。1000Gくらいだ。
実際のところ、こう言うのが初心者向きのモンスター?と言える。
反撃される恐れもないし、そこそこの値段で売れる。ただこの荒野を無事に歩けるだけの力が必要なのだが。
荒野を進んでる途中、カルが免悟の横に来て話し掛けて来た。
「なあ免悟?、俺たちそろそろ下級魔法が買えるくらい金が貯まったから買おうって話をしてるんだけど、どう思う?」
「へえ、もうそんなに貯まったんだ?」
「ああ。で、何を買ったらいい?」
「お前らは何が欲しいんだ?」
「う〜ん、欲しいのはいくらでもあるんだけど、別にこれと言って特別欲しい物は無いんだよな…。
だからやっぱ【爆波】とか【光弾】とかになるかな?」
「あ〜、やっぱりそうなるか…」
【爆波】も【光弾】も汎用性が高くコストパフォーマンスに優れた鉄板魔法だ。迷って変な魔法に手を出すくらいなら爆波か光弾にしておけ、と言われる程に。
「だからさ、免悟はどう思う?」
いつの間にか免悟とカルの周りに年長の子供が寄って来た。みんな興味のある事なので、自然に二人の話に耳を傾けていたのだ。
ただ年少の子は、さらにはしゃいで走り回っている。もはやピクニック気分だ、ユル過ぎる…。
「そりゃ、個人的に買うなら爆波や光弾でいいけど、皆で金を出し合って買うならチームの長所を生かした魔法を買うべきだろ。特にウチにはホノがいる。チーム全体の底上げを図るならホノを中心に考えて装備を充実させるべきだな。
だいたいみんなで金を出し合って誰か一人が攻撃魔法を持つ、ってのは意外とチーム全体では大したレベルアップにはなってないんだぜ?」
「えっ?、なんで?」
「だって、普通だから?。
ある意味何の長所も特殊攻撃もありませんって言ってるようなもんだろ?。そんな紋切り型のパーティー、対人どころかモンスターだって対応出来るくらいありふれてテンプレじゃん?。
それよりはどこか一つでも飛び抜けてレベルの高い攻撃手段がある方が相手にとって脅威だ。どんなに弱そうに見えても、舐めてたら一発貰って殺られる可能性が出て来る訳だからな」
そこで免悟は言葉を区切り子供らを見回した。
「ただ、理論的にはそう言う選択がベストだろうけど、実際にそうするとなるとウチの場合はホノにばかり装備が集中する事になる。
でもそれって、他の奴らはつまらないよな…?。
やっぱりみんな魔法を使いたいだろ?。だからそこは本当に好きにした方がいいぞ?
メリット、デメリットを知った上でなお皆が納得した物を買うべきだ、みんなで金を出し合うんだからな」
プロ仕様のガチ装備と言うのは、大抵何の遊び心も面白味も無いものだ。ま、そら業務用だしな。私情を挟む所じゃない。
免悟はこの手の事情をかなり深く理解していた。と言うのも前世界での免悟はナチュラルに廃人ゲーマーだったからだ。
ゲーム内における各種魔法やスキル同士の比較評価、更にプレイ環境の把握は息をするがごとく馴染み深いものだった。
特にプレイする上での装備選択は、トッププレイヤーであれば何一つ無駄な要素を残す余地が無い事を知っている。
たかがゲームではあるが、トッププレイヤーになるには勝つことそれ一点に徹し切らねばならないのだ。
そしてこの世界の魔法の分野は、まさに免悟がハマって来たゲームと非常に良く似ていた。
まあゲームのせいで異世界トリップしたからそう言うものだと思っていたが、知れば知るほど酷似している。特に魔法の管理に関してはゲーム会社の運営そっくりだ。
だが、とりあえずまだ子供のコイツらを、そんな型に嵌める様な無理強いさせる必要はない。ちゃんと自分たちで選択したのなら別だが、免悟自身ああしろこうしろと言われるのは嫌いだからだ。
免悟にそう言われ、顔を見合わせて沈黙する子供たち。
ふふっ、楽しみだなぁ。
そんな悩める子供らの姿を一人ニヤニヤ眺めていると、カルが目敏くツッコミを入れて来た。
「免悟…、何がそんなに可笑しいのさ?」
だがカルのそんな過敏な反応ですら免悟にとっては楽しいらしく、さらに不自然なほどの無邪気さで笑う。
「だってこれから未来しか無いお前らには無限の選択肢が存在する訳だぜ?、楽しみじゃん!。
どんだけいい選択が出来るのかなぁ、それともちょっとドジな選択しちゃうかな?。
はたまた欲望や願望に身を任せるかもしんないし、もしくは極普通に無難な選択をするのかも?。
さらにその結果も気になるしな。
アホらしい選択でもスゲー強くなるかも知れないし、いい判断に思えても全く結果に繋がらない事もある。
勿論、普通の選択をして普通の結果に終わる可能性もあるぞ?。
色々想像出来る今が一番楽しいじゃないか?
何しろ最初の第一歩だ、重要だろ?」
「「「え…?」」」
カルたちは魔法を買える事が嬉しくて、楽しいお買い物的にしか考えてなかったが、改めてそう言われると意味深い。
と言うかプレッシャーになる。
つーか、何故わざわざプレッシャーを与える様な事を言うのだこの人は…?。
性格悪過ぎる!。
みんなそう思った。
ただ一人ホノだけは、なんか免悟らしい姿が見れてホッとしたが。
だがカルたち年長組の悩みは深まった。
それこそ免悟が言う様に、単なるお楽しみ感覚ではなく長期的な視野の元に魔法を購入しなければいけないのだ。
何しろ少ない稼ぎをその為につぎ込むのだから。やっぱり失敗だった、じゃ許されない。万全な計画に沿って装備を充実させねばならない。
だけど突然そんな事を言われても簡単に思い付くもんじゃない。
とは言うものの、結論が出るまで貯まった金を留保しておくのも勿体ない。せっかく金があるなら、なるべく早く買って、少しでも経験を積むべきなのだ。
早く行動に移さなければならないが、失敗は出来ない。二律背反、どちらかを優先するとどちらかが疎かになる。
まさに免悟が喜びそうな展開である。
しかし今のカルたちには免悟の思惑なんぞ気にしている余裕はなかった。
じゃあ一体どうしたらいいんだよ?!。
「ねえ免悟、どうするのが一番いいの?!」
おおっ!。
みんながそう思ってて、なかなか言い出せなかった一言をホノがあっさり吐き出した。
ホノは同じ宿屋に住んでいるし、免悟にとってもホノは重要人物なので色々なアドバイスをする事が多く、気安く話の出来る間柄だ。
だが免悟の答えは悪い意味で模範的だった。
「ふむ、そう言う問題を自分で解決していく過程もまた重要なのじゃよ、フォッフォッフォッ…」(髭を撫で撫で)
「「「オマ誰だよっ!!」」」(髭も無ぇだろ!)
くそっ!、なんなんだコイツ超ムカつく!。
人の真剣な気持ちを逆撫でしやがって、許せん!。ぜっ、絶対いつかこの仕返しをしてやるっ!。
カルたちは一瞬のアイコンタクトでそう確認し合った。この時ばかりは言葉はいらない、今彼らの気持ちは限りなく一つだった。
そんな血圧高めの苛立ちオーラが渦巻いているとは露知らず、彼らの周囲では年少の子供らが相も変わらず楽しげに走り回っていた。