別離
アオの発した炎が銀を飲み込んでいく。
一瞬の出来事だった。
深い色をした炎は大きく激しく、熱風で砂を巻き上げ、空までを焼き尽くすように。
燃え盛る音に混じって銀の叫ぶ声がルカに突き刺さる。
魂に刺さりそうなその炎と叫びに、ルカは体の力が抜けハクの背中に倒れ込んだ。
ハクはそっとルカの体を支え寄り添う。
そして天を仰ぎ、吠えた。自分の分身とも言えるアオの為に。
「アオに、何が起こったの?」
ハクの背中に顔を埋めルカは問う。今まで張っていた糸がちぎれてしまって顔を上げることもできない。
『アオは全てを滅する力を持っている』
「滅する、力…」
『何もかもを滅ぼし、無にする。炎で』
勢いよく立ち上がる炎は、ルカとハクを照らす。
滅するという炎にしては、優しく照らしている。
それは、アオであり麻貴の炎だ。
『その炎はアオの命を代償に発せられるものだ。アオの命が尽きるときに…』
ハクはじっと炎を見据えたまま『これはアオの最期の姿だ』と言った。
その言葉にルカは顔を上げる。
滲んで見える炎は幻想的できれいだと思った。
「アオ…麻貴ちゃん…」
言葉がでない。泣き叫びたいのにまともに声も出ない。
全身が震え、初めて味わう喪失感と悲しみは、出口を求めてルカのなかを暴れまわる。
どうしてこんなことになったのか。なにも変わらない日常があったのに。
織がいて、家族がいて、麻貴がいて。
朝の見送りも、困った時に相談する相手も、織と喧嘩したときの愚痴を言う相手も、全部麻貴だった。
同い年の織とは遠慮が全くない分、麻貴はルカを大切にして甘えさせてくれた。
いつも笑顔で優しかった。
ずっと、それがそばにあると思ってた。
でも目の前の炎は、そんな期待を根こそぎ奪ってしまう。
ルカとハクの見つめる中、他の鬼達まで巻き込み、炎は増大していく。
本当に、無にするのだ。
鬼の存在そのものをなくしてしまう。そして自分の存在も。
大きくなり過ぎた炎は、アオの欠片すら残っていない。灰色と黒に覆われた空が蒼に染まる。
「こんなの嫌だよ…」
ルカがポツリと呟くと、脳に直接語りかけて来る声がした。
『悲しまないで』
麻貴だ。
「麻貴ちゃん…いるの?」
ルカの問いかけに変事はない。
『巫女よ、嘆かないで欲しい』
今度はアオだ。
混在した二つの声がルカの中を巡る。
どちらの声も優しくて、ルカはやっと泣き叫んだ。
色々言いたいことはあった。でも出てくるのはとても聞き取れることなどできない叫び声。
ハクの傷ついた体を力一杯抱きしめ、爪を立て、血に染まった毛を掻きむしるようにして、喉が焼け切れそうなほど泣き叫ぶルカを、ハクはだたじっと見つめ、されるがままになっていた。
『ルカ、大好きだよ』
『我の大切な巫女…』
その声を最後に、もうルカにもハクにも、なにも聞こえなくなった。
どれ程時間がたったかは分からないが、炎は消えた。
後には、なにも残っていない。
骨一つ、髪の毛一本すらもない。
ただ草木も生えない大地があるだけだった。




