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白と蒼の炎  作者: 悠凪
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それぞれの思い

「もう良い」

 空から降り注ぐような銀の声が辺りに響いた。

 すると、鬼たちの動きがピタリと止まった。

 それは一瞬のことで、ルカも、ハクもアオも何事かと銀を見た。

 訓練された軍隊のように、鬼たちは銀の指示に従って引き上げていく。変わりに銀がゆったりとした足取りで歩き出した。

「いくら出来損ないのものでも、これ以上我が一族を虎の餌にしてやるわけにはいかぬ」

 深い念のこもる目がハクとアオを睨み、それに反するように口元は優雅に美しく微笑んでいる。

 ハクもアオも銀の気迫が十分伝わっているらしく、うなりながら数歩下がり体勢を整えた。

 血みどろになった二頭の虎の体力が、激しく消耗しているのは見て取れる。

 どれほど強くともやはりあの数の鬼を相手するのは楽じゃない。

 銀はおもむろに左手にはめていた指輪を外し、手のひらに乗せた。

 金色の派手な装飾が施されたその指輪を眺め、ルカには聞き取れなかったが何か呟いた。

 すると、手の中でその指輪が輝きだし、一瞬にして刀が出現した。

 ルカの知る日本刀よりも長い刀は、鋭い光と同時に闇も放ち、見ているだけで心が揺さぶられる。おぞましく、豪華絢爛で、儚く、妖艶で、古の闇をその刀身に携えている。

「これは我のみが持つことを許された刀。すべてのものを斬ることが出来、また斬られたものは一生元に戻ることはない…巫女よ、意味が分かるか?」

 刀の輝きを楽しむように眺めながら銀はルカに問う。

「…斬られたら、大変ってことでしょ」

「そう。人間はもちろんのこと、鬼、妖、もしかしたら神すらも斬れるやもしれん。もちろん、そこの虎も…。そしてこの刀で出来た傷は治らぬ。どんな薬も力も効かず癒えることはない」

 喉の奥で銀は笑う。残忍さと麗美さを併せ持った笑顔は作り物のようだ。1ミリの狂いもなく設計された完璧な笑顔。

 それが逆にルカの全身を震わせた。

 銀は他の鬼の非ではない。ただそこに立っているだけなのに圧倒的な力を感じる。

 何もかもを凌駕したものが持つ余裕と自信。

 赤い瞳はルカに問いかける。

 お前の守り手が死ぬぞ、と。

 脅しやはったりなんじゃかじゃない。その証拠に、ハクもアオも身動ぎせず銀を威嚇するだけだ。

 せめて傷ついていなければ違ったかもしれない。

 でもそんなことを考えても状況は変わらない。ルカは震える足にグッと力を入れて数歩前に出た。

「どうした?」

「私が、あなたのものになればいいんでしょう?」

 声が震える。

「我のものになる意味が分かっているのか?」

「お嫁になるってことでしょ?」

 視界が涙で滲む。

「我と契りを交わす、この意味を納得したと思っても構わないのだな?我とて愛しいお前には優しくしてやりたいとは思うのでな」

「さっきあなたが言ったじゃない。鬼になるって。私そこまでバカじゃないよ?」

 嗚咽が漏れる。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 言葉と気持ちが真逆で、自分の言ったことも分からなくなりそうだ。

 気を失いそうなほどの恐怖と絶望の中、ルカは銀に提案する。

 自分が輿入れするから、これ以上はなにもしないでくれと。復讐も、ハクとアオにも一切なにもしないで欲しいと。

 涙に濡れた虹色の瞳は銀の赤い瞳負けず劣らず美しかった。世界の全ての色が写りこんだかのような色に、銀はしばし見いった。

 かつての巫女たちも同じ瞳で自分を見ていたと。

 でもそれは今のルカのような恐怖も、絶望も悲しみも持っていない。鬼である自分を純粋に愛してくれていた瞳だった。

「よかろう。約束しよう」

「ホントに?」

「鬼は嘘はつかぬ」

 銀は刀を鞘に納めながら小さく答えた。

『巫女よ、なぜ』

 ことのなり行きを見ていたハクが問いかける。アオも同意するようにルカを見た。

「これが、最善だと思うから。私はあなたたちに死んでほしくない…私の大好きな、織…麻貴ちゃんに死んでほしくないの」

 ポロポロと幼子のようにルカは泣いた。望まないことだけど、それでも二頭を守りたかった。

 生まれたときから一緒だった、織も麻貴も、殺されたくない。ただそれだけ。

『では巫女の心はなぜ泣いている?なぜ、憂う』

『我もハクも巫女の心の声が聞こえる。巫女の憂いは一層濃く暗い』

「ハク…アオ…」

『先程も言ったが、我らは巫女の憂いを払う。それだけは譲れぬ』

 アオはルカに近づき、そっと頭を下げた。

 それは騎士がお姫様に誓いをたてるかのごとく。

『巫女よ。そなたは優しい。我らの身を案じるからこその言葉、感謝してもしきれぬ。だが我らのことは駒と思ってくれればよい。そなたのためだけに我らは生まれてくる。それが我ら巫女の虎なのだから」

 そこまで言うとアオは身を翻した。

『ハクよ、巫女は任せた』

 その言葉を残し、銀に向かって飛びかかった。

 

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