◆自爆例
「あんた1人って事は相手は少数って事か?」
「大勢で取引するような場所でもない」
「見張りとかは?」
「倒して縛り上げてある」
ベリルの答えに杜斗は小さく口笛を鳴らした。
「しかしよ……傭兵がこんな仕事すんのかよ」
もっともな意見にベリルはクスッと笑った。杜斗を一瞥し階下に降りていく。
「傭兵だけの仕事では収入はあまりない」
それに、ああ……と納得したような声を2人は上げた。
「!」
ラフな恰好をしているベリルの後ろ姿に杜斗はふと気付く。ぱっと見、解らないが……かなり武装してないか? 普段からこうなら、ちょっと怖い人物かもしれない。
「ひっ」
「……」
相変わらず周りの音に怖がる時弥に杜斗は呆れて右手で顔を覆った。
「あのなぁ……」
杜斗は情けないが励ましてやる事にした。
「幽霊よりも肉体を持ってる俺たちの方が強いんだよ。解ったか」
「そ、そうなの……?」
「この次元に存在してる俺たちは肉体のエネルギー持ってる分だけ強いの」
「本当……?」
時弥はベリルに泣きそうな顔を向けた。ベリルは苦笑いを返し口を開く。
「そう云われているが、本当の事は解らないよ。ただ、相手に肉体が無いという部分では確かにこちらが有利な場合もあるかもしれん」
「そこは同意しときゃいいだろ」
のらりくらりとした返事しやがって……杜斗は少し苛ついた。無口なんだかお喋りなんだかわかんねえこいつ。
少しずつ静かに霊安室の階段に向かう3人。時弥は一番後ろでビクビクしながら杜斗の服の裾を掴んでついてくる。
扉の壊れた病室を通り過ぎる──そよ風がベッドに散らばっているガラスの破片にいたずらを仕掛けた……カチャアアァァ……ン……
「わああああぁぁぁ!?」
「うるせぇよ!」
「黙らんかー!」
時弥の叫びと杜斗の大声についベリルも声を張り上げてしまった。
「……」
3人は同時に口を塞ぐ。しばらく顔を見あわせて沈黙……杜斗は誤魔化すようにベリルを見て発した。
「武器、余分に持ってるんだろ? 俺たちにも分けてくれよ」
「自衛隊員でも使用は許可されていないだろ」
的を射た返しにぐうの音も出ない。他国にいるとはいえ日本人で自衛隊員だ。銃を使用した事が知れればタダでは済まない。
「あんたが言わなきゃバレない」
「自信がない」
ニヤリと言い放ちながら腰からハンドガンを取り出した。
「SIGか」
よく手入れされているオートマチックを受け取り杜斗は眺めた。
SIGはスイス工業会社の略である。以前は鉄道会社の1部門だったが、現在は銃器部門の事業を売却している。
2人に銃を渡して再びなるべく音を立てずに進む。
「!」
ベリルは何かに気付いて2人を制止した。
病室に入り廊下に目を向ける。いくつもの足音が耳に届いた。どうやら、先ほどの大声で侵入がバレてしまったようだ。
当然といえば当然か……ベリルは目を据わらせて小さく溜息を吐いた。
「どうすんだ?」
「……ふむ」
杜斗の問いかけにベリルは少し思案する。相手の数は大して多くはないはずだ。三方に別れたほうが効率はいいが……彼らの力が解らない。
「このまま進む」
言ってベリルは病室を出た。
「……」
杜斗はその姿に少しムッとした。
こいつ、俺たちの力を信用してないな。当り前といえば当り前か……初めて会った人間がどれだけの能力を持ってるかなんて解るハズがねぇ。俺だってこいつの力は解んねぇし。
自衛隊員はむやみに発砲しないように教育を受けている。日本人の気質からも気楽に引鉄を引く事は無いだろう。
彼らの安全を考え銃を渡したがベリルはそれを少し願った。
「!」
「え?」
ベリルが突然、走り出した。そして暗闇で姿が見えなくなったあと──
「ぐえっ!?」
うめき声と共に大きなものが倒れる音がする。
時弥たちが恐る恐る近づくと、ベリルの足下に見知らぬ男が倒れていた。
「わっ誰?」
「敵に決まってんだろ」
気絶している男の顔に懐中電灯の灯りを当てて杜斗がつぶやくように発した。
「早業だな」
苦笑いを浮かべてベリルに目を向ける。ベリルはそれに先に進むようにあごで示した。
「銃は必要なさそうだ」
「え?」
ベリルは呆れたような表情を浮かべてる。
「情報と違うって事か?」
「うむ」
杜斗の問いかけに答え銃を返すように手を出す。
「なんで解るんだよ」
銃を返しながら不満げに言った。
「さっきの男、銃を所持していない」
「そうなの?」
品物の重要度から考えて武装していない事はおかしい。
「アーミーナイフは所持していた」
「あいつだけが持ってなかっただけじゃないのか?」
「取引中としては不自然だ」
アメリカという国において一般人が銃を所持していてもおかしくはない。かと言って全ての人間が持っているという訳でもない。
中には手に持った事すら無い者だっているのだ。
「他のやつが持ってたらどうすんだ」
「私が体を張って守ってやるよ」
そこまで言われると反論出来ない。
「……おい。どうする?」
青年が小さな声でつぶやく。夜だというのに野球帽を被りTシャツに短パン。
「やるしかねぇだろ……」
もう1人の青年が答える。似合っているとは言い難いチノパンにぶかぶかのシャツ。
ここは廃病院の地下──霊安室で彼らは会話していた。周りには5人ほどの青年と少年たちが手に手に注射器を持っている。
「さあ、これからドラッグを打つぞ!」という時に声がして何人かが様子を見に行った。
しかし誰も戻ってこない。まさか外に警察がいて捕まったんじゃないだろうか……? そんな恐怖が脳裏を過ぎった。こうなれば抵抗してでも逃げるしかない。
青年たちは決意した。
ここは劣化ウランの取引でも、麻薬の取引でもなく……ドラッグを打ちに来る青年たちのたむろ場所だったのだ。
青年たちはゆっくりした足取りで上に続く階段に向かった。