◆幽霊たちの密会
「わああぁ!?」
叫んだ時弥の口をその影は駆け寄って塞いだ。
「静かに」
「あんたがさっきからやってたのか」
杜斗は怒りに燃えた瞳をその人物に向けた。その青年は薄く笑って少し見上げる。
「あれで帰ってくれていれば良かったのだがね」
「なんのつもりだ?」
「ど、どういう事?」
相手が幽霊ではないとようやく確認した時弥が小さく問いかけた。
「ここではなんだ。こちらへ」
青年は2人を促した。階段を上り屋上へと続く扉のドアノブに手をかける。外は半分、雲で隠れた月が空に浮かんでいた。
季節は夏、夜には肌寒い気温だ。湿度が低いせいもあり服装は半袖や長袖がバラバラに存在する国らしく、その青年は前開きの長袖シャツを羽織っていた。
「で、あんたは何?」
杜斗が睨みを利かせる。金色のショートヘア、鮮やかな緑の瞳。25歳ほどと見受けられる。
「ベリルだ」
さして表情のない顔が杜斗を見上げた。こわごわだった時弥は相手が人間だと安心し明るく笑う。
「えと、俺は向井 時弥。こっちが八尾 杜斗」
気さくに紹介した時弥を杜斗はジロリと睨んだ。そのままベリルと名乗った青年に目を向ける。
「なんのつもりなんだ? 俺たちを怖がらせて喜んでいたのか」
「そんな趣味はない」
しれっと応えた。そしてベリルは逆に質問を返してきた。
「お前たちこそ何故ここに入った」
「……」
杜斗はしばらく黙って青年のエメラルドの瞳を見つめる。
「肝試しか? 不純だな」
「うるせぇよ」
威圧的に発した杜斗にも青年はその表情を崩さない。しばらくの沈黙が続いたあとベリルがおもむろに発した。
「モリトと言ったか。いつ気が付いた?」
「あ? あんたの声が聞こえた時だよ」
《立ち去れ──》
「日本語だったんでな」
「なるほど」
ベリルは小さく笑って杜斗の答えに感心した。
「あっ! そういえば日本語だった」
今更、時弥は気が付いた。
「凡ミスか?」
「お前たちが日本語で話していたのでね」
英語にするか日本語にするかベリルは悩んだ末に日本語にした。
恐怖が言語の違いの違和感を隠すと思っていたが杜斗は思ったよりも冷静だったらしい。
「あ! そういえば今も日本語……」
「遅ぇよ」
杜斗が呆れて溜息混じりに時弥を見つめる。時弥は照れたように頭をポリポリとかいた。
「で?」
杜斗が再度ベリルに聞き返した。
「なんであんな事したんだ?」
「……」
ベリルの瞳は複雑な色を見せる。
「ここで、なんかあるんだな?」
逃がさない。とでも言うように杜斗はベリルを見据えて問いかけた。そして安心させるように付け加える。
「俺たちは自衛隊員だ。役に立つと思うけどね」
言った彼にベリルは口の端をつりあげた。
「だろうね」
「! 知ってたのか?」
軽く腕組みしていたベリルは2人から少し離れて下を見下ろして応える。
「辺りを窺うしぐさが兵士特有の動きだった」
それに今度は杜斗が感心した。
「それに気付いたあんたもその方面の人間だよな?」
「傭兵だよ」
「! 傭兵?」
時弥は怪訝な表情を浮かべた。兵士からみれば傭兵などヤクザな職業だ。戦場でも兵士と傭兵の間には色々といざこざが絶えない。
とは言っても自衛隊自体には関係のない話だ。その話も共同演習で一緒になったアメリカ軍兵士から聞いたものである。
そう、彼らはアメリカ軍との共同演習でこの地に来ているのだ。といっても公には出来ないもので表向きは『交換留学』みたいなもの。実際、軍事演習というよりも武器の講習が主だったものであった。
「で、ここに何がある?」
「取引に使われているらしい」
「! 取引って、麻薬とかの?」
時弥の問いかけにベリルは目を細めて苦い顔をした。
「それならば私が出てくるまでもない」
ベリルの言葉に杜斗がピクリと反応した。
こいつ……それだけの自信があるって事か? いや、実際に難易度の高い仕事が回ってくるのかもしれない。
「麻薬じゃなかったらなんだっていうんだよ」
半ば挑発的に訊いてみた。ベリルは左手の人差し指を立てて2人に不敵な笑みを浮かべる。
「劣化ウラン」
「!?」
「ええっ!?」
ウラン濃縮の際に生成されウラン235の含有率が天然ウランを下回るウランのことを劣化ウランもしくは減損ウランと呼ぶ。
「……そんなもんをこんな場所で取引するってのか?」
馬鹿げてる! 杜斗は呆れて両手を広げ肩をすくめた。
「だから、調べに来たのだよ。事実なら阻止せねば」
「なんであんたなんだ? 調査ならFBIでもCIAでもいいだろ」
「劣化ウランは放射能を含んでいる。私に要請するのは当然だろう」
意味の解らない杜斗に向き直り言い聞かせるように発した。
「そういう事だ。肝試しは他でやってもらえないか」
「う、うん。そうだね。行こう杜斗」
「そうだな」
素直に言った杜斗に時弥は安心した……が「肝試しなんてやってる場合じゃなかったって事か」
「え……?」
笑顔が固まる時弥。ベリルは彼の言葉に眉をひそめた。
「俺たちも協力する」
「えぇっ!?」
予想通りの言葉にベリルは溜息を吐き出す。
杜斗の表情からして言ってもききそうにない。彼は諦めて杜斗に向き直った。
「いいだろう。だが、私の指示には従ってもらう」
「わかった」
「ほっホントにやるつもり!?」
時弥は当惑して両手を泳がせた。そんな彼を杜斗は鼻で笑う。
「こんなチャンス滅多に無いぜ」
「チャンスって!」
抗議しようとした時弥を無視しベリルに顔を向けた。
「地下に行くのを止めたよな。地下が取引場所なのか?」
彼はバカでも無い事に感心しながらベリルは小さく頷く。
「幽霊たちの集会場だ」
皮肉を込めた言葉に杜斗もニヤリと笑う。
しゃべり方はエラそうだが人当たりは良いじゃないか。杜斗はベリルを見てそう感じた。