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ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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第1話 素材営業は休日にダンジョンへ潜る

小狐です。

ダンジョン配信モノに続いて、ゆっくりスローライフ系の作品を作りました。

『会社をクビに…』とは違う系統の物語ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。

基本的に1日1回配信予定です。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

「朝倉さん、今月の低階層素材、また値崩れしてます」


 月曜の朝から、後輩の声は沈んでいた。

 パソコン画面には、ダンジョン素材の卸値表がずらりと並んでいる。


 スライムの核。

 小鬼ゴブリンの牙。

 コボルトの爪。

 オークの皮。

 ワイルドボアの毛皮。


 どれも探索者がダンジョンから持ち帰り、うちのような素材流通会社が買い取り、そして加工業者や研究機関、食品メーカーへ流す。


 俺――朝倉歩(29歳)は、ダンジョン素材流通会社『東京ダンジョンマテリアル』の営業二課に勤めている。


 肩書きは素材卸営業、保有スキルは【解体】、探索者ライセンスは三級。


 こう並べると、少しだけ現場側の仕事に聞こえるかもしれない。

 だが、実際の俺の1日は、ほとんどが電話とメールと価格交渉で終わる。


「コボルトの爪は、先週より一キロあたり三十円下げで出して。あとは、ワイルドボアの毛皮は状態の良いものだけ別枠にしておいてくれ」


「了解です。そういや朝倉さんって解体スキル持ちなのに、現場に出たいとか思わないんですか?」


「昔は思ってたよ」


 俺はそう答えながら、画面上の数字を修正した。


 解体スキル。


 それは、ダンジョン社会では珍しくもないスキルだった。


 モンスターの死骸や素材を、効率的に解体できるスキルで、どこかの世界にあるような一発で解体できるような代物ではない。


 食用部位、薬用部位、加工用部位、廃棄部位。

 こういったものをスキルを利用することによって、素人よりずっと無駄なく素材を取り出せる。


 ただし、探索者界隈でいう強スキルではない。


 探索者として前線に立つなら、攻撃系、防御系、治癒系の方が圧倒的に重宝される。


 それに、解体スキル持ちは、多い。

 ダンジョンで稀にドロップするスキルの中ではコモン系のスキルに属しており、俺はたまたま自分でドロップしたため、こうして使っている。


 探索者パーティに一人いれば便利で、ウチみたいな企業に一人いれば助かる、そんな程度のスキルだ。


 もちろん学生の時は戦闘職を夢見た時もあった。

 だけど、戦闘系のスキルは市場で中々出回らないし、たとえ出回ったとしても億単位の値段がつくのはザラだ。

 どう考えても学生の手が出る範囲ではない。

 

 だから俺は、探索者ではなく素材会社に就職した。


 おかげさまで生活は安定はしているし、正直言って給料も悪くない。

 土日は休みだし、ちゃんと有休もある。


 だけど………ときどき、どうしようもなく息が詰まると感じる時があった。


 素材の匂いも、ダンジョンの空気も、現場の緊張感も知っているのに、俺の毎日は見積書と価格表の中に閉じ込められている。


「朝倉さん?」


「ああ、悪い。午後の打ち合わせに使うミーティング資料、先に送っておく」


 俺はそんな感じでいつものように仕事を終え、いつものように会社を出た。

 

 大学を出てから約七年。

 これが毎週続いていた。


 そして週末。

 俺は、いつものようにダンジョンへ向かった。



 ◇



 東京湾岸ダンジョン。


 都内でも比較的メジャーな中規模ダンジョンで、階ごとに必要なライセンスが求められる仕組みになっている。


 俺がよく行くのは、その第十階層だ。


 そしてここ、第十階層は少し変わっている。


 一般的なダンジョンのような石造りの通路ではなく、階層全体が広い野外フィールドになっていた。


 平地があり、森があり、湖がある。


 天井はあるはずなのに、空のように明るい。

 吹く風は湿っていて、湖面には細かな光が揺れる。

 日没の概念もあって、地上の時間と全く差がなかった。


 探索者の間では、湖畔層とも呼ばれていた。

 お手軽に潜れて、開放的な非日常を味わえるとあってか、観光ツアーなども組まれている場所でもある。


 そしてこの階層には、他の階層と違って企業が運営する休憩所や売店もいくつかあった。


 ただし、どこも出店場所は決まっている。

 第十階層から地上に戻るルート上にあって、有料の転移ゲートから近く、モンスターの出現が少なくて更に平地になっているこの好立地は、すでに大手企業が押さえていた。


 この周囲はそんな大手企業によって半ば要塞化しており、ぱっと見は要塞の中に街がある、そんなダンジョン都市として今は機能していた。


 ちなみに俺の勤める東京ダンジョンマテリアルも、湖畔層のダンジョン都市に小さな買取カウンターを出している。


 だが、今日の俺は社員として来たわけではない。


 休日の趣味だ。


 安物の防刃ジャケットに支給品ではない私物の解体ナイフ、最低限のマジックポーション類。

 背中には探索者ご用達の専用リュックを背負う。

 最前線探索者から見れば、散歩みたいな装備だろう。


 それでいい。


 俺は決して無理をしない。


 浅い階層で、自分が倒せる相手だけ倒す。

 素材を少し持ち帰る。

 気に入った場所で昼飯を食う。


 それだけで、平日の息苦しさから解放された気分になっていた。



 ◇



「今日も混んでるな」


 第十階層のダンジョン都市内中央広場には、探索者が多かった。


 ここには宿泊施設や探索者専用の武器防具など取り扱っている商店、回復専門店、そして食料品など数多くの商業施設が混在している。

 

 それにここには十階層刻みで存在している『転移ゲート』があり、第二十階層までを根城としている探索者にとってはとてもいい立地であった。


 だが、便利であるということはそれだけ費用も高額で、転移ゲートは片道十万円もかかり、更にここにある売り物は全てが地上のと比べて倍以上は高いのだ。


 俺みたいな趣味レベルの探索者が、お店を利用したり転移ゲートを利用するとすぐに赤字となり、商売としても成り立たない。


 だから自力で降りるのだ。

 そして物資を外から持ち込み、日帰りにする。

 これが底辺探索者の日常でもあった。


 もちろんこんな場所に無理やり安全を確保するのだから、それなりの維持費はかかるわけで、俺はここの商売について文句がある訳ではない。


 そして俺は自力で片道二時間かけてここ、第十階層にいるわけだが、都市に用は無いのでそのまま素通りして、森の方へ歩いた。


 ダンジョン都市から北に一キロほど進むと、大きな湖が存在する。

 これが湖畔層の由来になっている湖だ。

 

 ここに来るまでは道も整備されており、ダンジョンレジャーとして湖畔にも大手企業が整備しているリゾートエリアがある。


 そことは反対側に進路を取り、少し進むと見晴らしのいいちょっとした丘に出た。

 周囲を見渡すと人の気配はない。

 

 この場所はもう数年前から出入りしている、俺のお気に入りスポットだ。

 周辺には魔物もそこまでいなく、探索者から少し敬遠されているのもまたいい。


 何よりもこの湖畔を見下ろしながら休憩できるということは、何物にも代えがたい俺だけの場所って感じがして都合がとてもいいのだ。

 

 近くにある倒木に腰を下ろし、持ち込んだコンビニのおにぎりを食べる。


 そして湖を眺めながら、ぼんやりと思う。

 こういう場所に、小さな店でもあったらいいのにな。


 安い飯が食えて、靴を脱げて、横になれて、そして寝っ転がって。

 ついでに素材の簡易処理も頼める。


 中央広場ほど便利じゃなくていい。


 ただ、疲れた探索者が、少しだけ休める場所。


 「……まあ、維持費だけで死ねるけどな」


 自分で言って、少し笑った。


 その時だった。


 森の奥で、枝が折れる音がした。

 俺はおにぎりを慌てて飲み込み、ナイフに手を伸ばした。

 すかさず音の方向に構えて様子を伺うと、現れたのは見たことのない魔物だった。


 一見すると鹿に似ている。


 ただし、体は小さく、毛並みは鮮やかな白さがあった。

 頭部にはキラキラと輝く透明な角。

 脚は細く、湖面の光を浴びて毛並みがきらきらと光っている。


 「……あんな魔物…ここにいたか?」


 第十階層に出るモンスターは、だいたい覚えている。


 ワイルドボアやコボルトなど、低ランクモンスターしかいない。

 だが、目の前の鹿は、そのどれでもなかった。


 鹿は俺を見るなり、怯えたように後退した。

 そして後退すると同時に血がしたたり落ちる。 

 腹部には切られたかのような大きな傷があった。


 「おい、こっちに来る――」


 

 俺が言いかけた瞬間、鹿が跳ねた。

 錯乱したかのように、こちらへ突っ込んできた。


 「っ!」


 俺は即座に回避行動を取った。


 すぐ後に隣を鹿が通り抜け、鋭利な角がジャケットの脇をかすめる。


 攻撃力は高くないが、かなり動きが速い。

 不規則に跳ねながらこちらに向かってくるので、動きが読みにくい。


 俺はナイフを握り直した。


 戦闘は得意じゃない。

 でも、三級ライセンスを維持するだけの訓練はしている。


 「ケガしてなかったらどんだけ早いんだよ…」


 鹿が再び突っ込んでくる。

 俺は正面から受けず、倒木をチラリと見てそっちへ誘導する。


 次に跳ねた時、鹿の脚が倒木にかかり、態勢をわずかに崩した。


 その一瞬に狙いをつけて、俺はナイフを首元に滑り込ませた。


 深くは入らなかった。

 だが、傷を負っていた鹿には十分だった。


 鹿は数歩よろめき、草地に倒れた。


 「……はあ、はあ」


 久しぶりに、本気で危なかった。

 鹿が万全だったら、正直いってわからない。

 逆の立場になっていたことだって十分にあり得ることだった。


 俺は周囲を確認し、他の魔物がいないことを確かめる。

 それから息を整え、倒れた鹿のそばにしゃがんだ。


 「悪いな」


 魔物にそんなことを言っても意味はない。

 だが、命のやり取りをした相手への礼儀を込めて、手を合わせた。

 

 そして俺は解体ナイフを取り出した。


 この個体は知らないが、似たような鹿の個体なら何回か捌いたことはある。

 

 どこに価値があるか。

 どこを傷つけてはいけないか。

 それを見極めるのが、俺のスキルだ。


 【解体】


 俺の脳裏に、そして手元にいつもの感覚が流れ込む。

 刃を入れるべき線が、薄く見える。


 「……なにっ?」


 けれど、今回は違った。

 鹿の胸元に、これまで見たことのない淡い光があった。


 魔石の位置でもなく、主要な臓器の部分でもない。


 言葉に表すと、まるで小さな灯火のようなもの。

 形のない、ある種の概念にも思えた。


 「なんだ、これ」


 とりあえず付近へ慎重に刃を入れる。

 傷つけないように、周囲の筋を外し、骨から離し、薄い膜を切り開く。


 そして俺は、それを取り出した。

 青白く光る、小さな結晶。


 その瞬間、無機質な声が脳裏に響いた。


 【特殊条件を満たしました】


 「……は?」


 【未登録個体の完全解体を確認】


 【オリジンスキル枠への適合を確認】


 【世界初確認……保持者として仮登録】


 【オリジンスキルを獲得しました】


 『スキル名――【休憩地】』


 湖畔から吹く風が、草を揺らした。

 俺は青白い結晶を手にしたまま、しばらく動けなかった。


 「……休憩地?」


 強そうなスキルには、まったく聞こえなかった。

 けれどその名前だけが、妙に胸の奥に残った。

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