第九幕:サメの目
【第九幕】
やあ、君。
ずっと一緒にいても伝わらないこと、ーーよくあるよね。
たとえばボクが君を大切に想ってても、君には伝わらない。
言葉にしても、きっと伝わらない。
誤解しないで。
言葉は偉大だ。
けれど、ボクらは本当に使いこなせているのだろうか。
模倣として貼り付けた技術の奥底に、ボクらの心を、魂をつなげるものはあるのかな。
第八幕では、海から聴こえる歌と貴公子のトラウマが出てきた。ボクらの人魚姫も、声を失っても得るモノがあった。それを見た。そうだね?
人魚姫と貴公子の二人のキスは、互いを引き離せない絆のようなものだった。静かな人魚姫を貴公子は求めた。
彼の弱さによっても、人魚姫を求めたんだ。
彼は彼女が話せなくて良かったと、
心の底から思っていた。
なぜボクが知ってるかって ?
時々、彼は独り言をしたんだ。
「ああ、なんてことだ。あの女に知られてしまった。私の秘密を。怯えを。
だけど安心してる。知られても秘密がバラされることのない安心感だ。
だけど、彼女がウソをついてたら?
本当は話せて、
歌なんかを歌える女だったらーー?」なんて一人で呟いてた。
彼は監視するように、人魚姫を近くに置いた。表向きは介護だが、中身は不安な監視だった。
彼は彼女にセリーナと名付けた。
名前がないと不便だからだ。
彼女が何を考えてるのか、
正直なところボクには分からない。
だって、言葉を使わない。
表情も完全に心を表してない。
だから時々、想像に頼らなきゃならない。
さて、貴公子の散歩は終わらない。
どんなに不思議なことがあってもだ。
例えば、沖の方で叫び声が起こった。
人が溺れていた。
彼は持ち前の正義感で、海に近づこうとした。
だが、彼女が必死になって止めた。
彼は彼女を冷たい人間だと思った。
別の日には、もっと近くで声がした。
別の日にも、彼女は彼に海の中へは入らせない。
彼の名前を呼び、
手招きする手があってもだ。
彼女は彼の道を塞ぎ、唸った。
ある時、人魚姫は海岸に一人でいた。
貴公子の具合が悪く、彼女だけが外に出ていた。
海から五人の女が現れた。彼女たちは、美しい髪を持つ人魚だ。
黒い髪の女が、彼女に話しかけた。
「妹よ。なぜ、邪魔をする?」
彼女は姉に何かを言おうとする。
だけど、言葉にならない。
長い沈黙。やがて姉は首を振り、他の人魚と共に海の中へと戻っていった。
ボクらは、その光景を見たんだ。
ある日のことだった。別荘で働くメイドの一人が子を産んだ。
赤ん坊は、まるまるとして愛情をたっぷり受けていた。
清潔な服に身を包まれて、ちっちゃい手をばたつかせていた。
貴公子は、人魚姫に赤ん坊を抱かせようとした。
「セリーナ。見てくれ。
ーーかわいいな」
人魚姫は、その赤ん坊を見た。
それが不味かった。
貴公子は彼女の目をサメだと思った。
そして人魚姫は、
赤ん坊を見てやってはいけないことをした。
これが二人の仲を切り裂いた。容赦なく。
何をやったかって?
ーー舌なめずりだ。
貴公子は、それを見て判断した。
すぐに彼女をその場から遠ざけた。
「ーー出ていけ。この部屋から!」とね。
部屋にいた人たちは、彼女に目を向けた。
(こうして第九幕は、サメの目で幕を閉じる)




