第十一幕:崩壊
【第十一幕】
やあ、君。
故郷に戻れるのは希望なのか。
それとも敗北なのだろうか。
地上に夢を抱いて、
偽物を演じてまでたどり着いた場所。
そこには悪意を織り込んだ絨毯が、
敷き詰められていた。
キレイな道を歩みたい。
なのに、不浄なものは足を掴んで離すことはない。
さて、彼女はその日のうちに、別荘に戻ったよ。暗闇の中で、海からの囁きは止まらなかった。
彼女はナイフを持ち、深海を泳ぐかのように歩く。重い水底をゆっくりと滑るように、這うように、進むんだ。
抜身のナイフに身を切られぬように気をつけてね。
そのナイフは闇の中でも光を返すかのようだ。
別荘につくと、彼女はナイフを隠した。夜中、誰かにでくわすのを警戒してるようだった。
不幸なことに、彼女は誰にも遭遇することはなかった。
貴公子の部屋を知っていた。
彼は部屋の鍵をかけないのも、
知っていた。
彼は鍵は役に立たないと思っていた。
彼は閉じ込められるのも恐れた。
朝方のことだ。
太陽の光が部屋に差し込んだ。
彼はベッドに仰向けになってた。
毛布はかけられてない。
女は隣りで寝ていた。
彼らは疲れきっていた。
朝の光は彼らを起こすことはない。
彼女は、人魚姫は彼に近づいた。
海岸まで、彼を連れてきたのを思い出しているのかもしれない。
彼女は、やっぱり無表情に彼を見つめてた。
彼の記憶を残しておきたいみたいだ。
ジッと眺めて、彼の腰に跨った。
彼は反応した。
荒く息を吐く。
彼女は、そのままの状態でナイフを両手で握り直した。
それを頭の上、高く持ち上げた。
ここまでやっても、彼女の表情は変わらなかった。
高く掲げた腕の筋が、海の波のように震えていた。
その時、貴公子は薄目をあけた。
呻きながら、
彼女を見た。
「ああ、ーー君が......助けてくれたのかい?」
彼女は微笑んだ。
ーーそのまま、彼女は振り下ろした。
深く刺した。
ーー
ーー
ーー自分自身の心臓を刺したんだ。
貴公子は目を見開いた。
彼女は、そのまま彼の肩に覆いかぶさる。
彼女の心臓はやがて動きを止めた。
魔法のナイフは本物だった。
彼女の二本の足を奪い、
人魚の部分を露わにした。
彼女の命を代償に、真実は明るみに出た。
人魚だ。
太古の昔から、
人々をエサにした魔物の姿が、
彼女の死で露わになった。
やがて魔物は人の形を失い、
醜悪な捕食者としての本質を、
死して剥き出しにした。
目は白目を剥き、奥へと引っ込んだ。
愛らしい唇は失われた。
剥き出しになった剣のような歯が並んでた。
顎は垂れ下がり、その奥には、逆立つ棘が毛虫が這うようにうごめく。
手の水かきには広がる。
爪は鋭く指から突き出された。
彼女の、人魚の、本質だ。
貴公子は悲鳴をあげて、
彼女だったモノを押しのけた。
その時に彼女の腕は揺さぶられ、
隣に寝ていた女の首を掠めた。
ああ、女は飛び起き、喉を押さえた。
でもムダだった。全ては終わった。
彼女はタコの本性を剥き出しにし、美しかった顔は盛り上がり、触手が噴き出した。
貴公子は叫んだ。
屋敷内で誰もが目を覚まして、
彼を見にきた。
巨大な黒いタコが寝台でもがく。
その近くには、ああ、ボクはこういうべきだった。
ーー彼女は泡になった、と。
(ーーこうして、物語は幕を閉じたんだ)




