第十幕:魔法のナイフ
【第十幕】
やあ、君。
一目惚れについて、考えた事あるかい?
キレイな容姿や何かで、
人は恋に堕ちるんだ。思わず――ね。
今までの関係の中で、
関係を結ぶ方が楽なはずなのに。
ボクらは一目見て、愛を知るにいたる。
生物としての本能なのだろうか。
それとも、運命的なものだろうか?
さて貴公子が結婚することになった。
彼は真実の愛を見つけた。
少なくとも、彼は、ーーそう思っている。
相手は、黒い髪の女だ。ウェーブがかった髪は腰まで伸びてた。
まるでタコの触手のようにうねってた。
顔はボクらの人魚姫のようだ。だが、幼さを一切残してない。
まるで美の彫刻だ。
瞳は暗めの金色。
想像ができない?
ならタコの目を君は見るべきだ。
雰囲気くらいは分かる。
唇は厚く、紅い。
まるで情熱の血潮を塗りつけたものだ。
剥き出しの肩に、豊満な乳房、完璧な曲線美。細い腰とデカい尻が揺れる。
黒いドレスに覆われてるが、あらゆるところが主張された。
もう彼はデンマークの海岸の砂浜を歩くことはない。
女は、彼が一人で歩いてた時に近づいた。
「ごきげんよう、愛しいアナタ」と彼に囁いた。
そして、彼の胸に手を添えて、長いキスをしたんだ。
彼女の唇は貴公子を虜にした。
黒いドレスを見にまとった女が、朝の光の中で、美男子にキスをした。
彼女は貴公子よりも少し背が高い。
触手のような髪が彼を包み込んでいく。
海の波は沈黙した。
少なくとも、その瞬間はね。
ボクらの人魚姫は、遠くで見てた。
止められなかった。間に合わないのも分かった。
前にも言ったけど、ボクには彼女の気持ちは分からない。
ただ、見つめていた。
彼女は、別荘から追い出されることはない。
貴公子は、そこまでしなかった。
だが、彼は彼女をいないモノとした。
彼の頭の中は、楽観的で浅はかだった。元からなのだろう。
婚約者を連れ込み、二人で愛を囁くようになった。
別荘で、働く人々は貴公子を嫌いになった。人魚姫に対して、彼らは同情した。
人魚姫は、一人で海を眺める事が多くなった。
何日も、彼女は海を見た。
真夜中まで海を眺めた時、海から五人の女が現れた。彼女の姉だ。
彼女たちの頭の毛は無かった。
一本も残されてなかった。
姉は彼女にナイフを妹に手渡した。
「これは、魔法のナイフだ。
ーーこれは、まやかしを戻す力がある」
姉は語った。
「魔女は、あの女だ。
お前の声を奪い、
お前の顔を奪い、
そして、我々の自慢の髪を奪った。
このナイフは、
我々への彼女からの贈り物だ。
これで、あの男のノドを切り裂け。
間違いは、正される。
だが出来なければ、その時はーー」
彼女たちの目が細まった。
「我々は手出しはせぬ」
彼女たちは、後ずさるようにして海へと戻った。
月もない暗い夜のことだった。
(こうして第十幕は、ナイフで幕を閉じる)




