うわごと取引
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
取引。
う~ん、聞いてみてなんとも複雑な気分になるワードじゃないですか、先輩?
どうしてもお互いの思惑が見え隠れするというか、汚い雰囲気が漂ってきちゃうんですよねえ。無償の善意ってやつを素晴らしいことと教え込まれることが、多いからでしょうか?
日々、お金を出して物を買うのだって取引に違いないし、そうしないと暮らしていくのだってままならない。でも、どこか俗っぽいこととして忌避したい気持ちがあるんですよね。
私も昔から、そういう考えがどうにも抜けきらなくって。表面上は取り繕えるんですけど、やはり何かを得るために何かを差し出すって、気に喰わない。自分の力で得たような気がしなくって。
そういう、ちっぽけなプライドが邪魔しないなら、取引を利用して大いに利益を得ることもできますが、過ぎたるはなんとやらといいます。わきまえないと、かえって身を削りまくることになるかもしれませんしね……。
と、今回は取引に関するネタを持ってきたんですよ、聞いてみませんか?
いとこが話してくれたことなんです。
いとこは趣味といったら、勉強と即答するような、まあカタブツステューデントでありまして。暇さえあれば、教科書とにらめっこしているような感じなんです。
特に進路とかが決まっているわけではなく、ほかにやりたいことも見つかっていない。「だったら学生なんだから勉強しろ」というおじさん、おばさんのいうことに愚直なまでにしたがって、勉強しているわけです。
いとことしては、正直自分が空っぽに感じることがあるようで、不安もちょくちょく顔を出すから。はためには勤勉な姿勢ですから、親の立場としては怒れないですよねえ、そのへん。
進路とかの話、親とほんとに腹を割って話せるって子は少ないでしょうし、もし話を振られてもあいまいに返して終わり、ということがままあったとか。
それでも分かりやすい成果としてテストの点数がある。こいつさえよければ、小言の数を減らすことができる。面倒くささを減らすためだけに、勉強している状態が現在進行形なのだとか。
いとこの学校だと、テスト点数はいまだ張り出されるみたいですね。
これも個人情報だ、公開するべきじゃないという意見もあるそうですが、「社会は競争だらけという実態に、今から慣れておくほうがいい。でないと、ショックに耐える素地がはぐくまれない」という方針で、定期テストごとに大々的に発表されるのだとか。
友達は常に上位をとってはいるものの、トップとは限らないあたりとのこと。そのぶん、自分の順位付近の子の名前はおおよそ把握しています。
そのときも、これまでの常連がちらほら顔を見せていたものの、見慣れない名前が出てきました。自分の背後かすぐ上あたりの順位、しかも全科目にその子の名前があったそうなんです。
その子が下位層であることは、いとこも知っていました。前々からの友達であったのですから。
普通ならその子の頑張りをほめるべきなのでしょうけど、いとこはどうも不信感がぬぐえません。
その子は理系がとことん苦手で、下から数えたほうが圧倒的に早いほどの順位。これまでは比較的マシな順位だった文系の躍進であればともかく、反転とさえ思える点数アップなど、尋常なやり方とは思えませんでした。
実際、順位を確かめに来た子も、喜んではいたものの満面のそれとはいいがたい表情。朝からどこか、具合の悪さを漂わせていたそうで。同じクラスということもあり、教室へ戻ってから問いただしたところ。
「晩御飯のおかげ」との答えが。
どういうことか、と聞いてみると、テストの前日。
長い間続けていた一夜漬けスタイルは改まらず、この日も遅くまで教科書とにらみ合っていたそうですね。
今回で結果が出なければ、いい加減にどこか塾へ入らせる……というこれまでにないプレッシャーをかけられて、友達はとてもとても眠る気になれません。自由な時間を侵害されることほど、心の苦痛はないのですから。
重圧に押され、かといって眠気にもあらがいきれず。夢半ばのような心地で、うわごとらしきものをつぶやいていた、と語る友達。するとふいに、自分のものではない低い声が脳裏に響いてきたといいます。
「楽になりたきゃ、晩御飯をよこせ」
そう、はっきりと聞こえる声は、早くも落ちかけている自分へ語りかける、夢よりの使者でしょうか。
なら、自分ももうほとんど寝ているのだろう。どうせ夢の中のたわごとならば……と、友達は「うん、いいよ」と了承。
次の瞬間にはふつりと意識が途切れ、気づけば鳥の音聞こえる朝早く。
ああ、結局ダメダメだった……となかば絶望に包まれ、気持ちお腹の減りも激しく。支度を整えたのち、学校のテストへ臨んでみると、予想外に問題が解けたとのこと。
ヤマが当たった、というレベルじゃありません。自分がカバーしていなかった分野の問題でも答えがおのずと頭に浮かび、鉛筆を握る手が止まることはほぼなかったのだとか。
――明らかに、自分の力じゃない……。
塾通いの危機こそ回避できたものの、これは別の意味でよろしくないのでは、という心境が複雑な表情となって、あらわれてしまったのです。
その懸念は、ほどなく形となります。
友達は晩御飯をいくら食べても、満たされることがなくなってしまったそうなのです。厳密には日が暮れてから、夜が明けるまでの間に食べるものが、ちっとも空腹を埋めてはくれないのです。
育ち盛りの食べ盛りとはいえ、これまでの自分だったら限界許容量だったものの、二倍三倍と食べても、まったくお腹の膨れた様子はなく。しかし体重計に乗ってみれば、確かに食べた分の重さは反映されているのです。
お腹も張ってきた感じはあるのに、ないのは夜間の満腹感ばかり。このところはのどの渇きもはっきり覚えるようになってきたとか。
あのとき、楽になりたければ晩御飯をよこせ、という取引。
友達に利があった以上は、それを返すときがいずれ訪れると、いとこは踏んでいるようです。
友達は体重をなるたけ変動させないよう、日が暮れてからの食事をセーブしているとのことですが……どのような借りを、これから返すことになるのでしょうね。




