20250914
朝起きると部屋が暗かった
枕元をぼすぼすとまさぐって かつかつと指先に触れたものの形を辿る
メガネだった これじゃない
ぼすぼす かつかつ ヘアピン
ぼすぼす かつかつ タブレット
ぼすぼす ごん 壁 お隣さんごめん
部屋はほぼ東西南北に真四角で
ベッドはちょうどその真ん中を断つように置かれている
□□□□□□□□
□□□ベッド
□□□□□□□□
このシングルベッドの上に
冷感のタオルケット
読かけの本
読み終わった本
挟み忘れた栞
面倒になって放ったブックカバー
前髪をとめていたヘアピン
YouTubeを観ていたはずのタブレット
スマートフォン
自身の身体があるはずなのだ
探し物はスマートフォンだ 時間が見たいのだ
タブレットは精魂尽きた様子で まだ眠っているのだ
ぼすぼす ぼすぼす ぼすぼす
脚を開いたり閉じたりしてもみる ばさりばさり ごとん
どうやら寝ている間にスマートフォンは 脚元に流れ着いていたらしい
床に落ちたそれを拾い上げる 白く光る画面で天井が明るくなる
午前四時 まだ眠れる
ぐたりと四肢をシーツに溶かして
スマートフォンが再び眠るまで照らされている天井を見上げる
なにもない なにもない 夢も見ない
午前八時 耳元で鳴り響いたアラームをとめる
スマートフォンはひと仕事終えたという顔をしている
人の睡眠を妨げるのが楽しいのか くそ野郎だな くそ野郎め
兎にも角にもベッドから脚を下ろす
辛うじて見えていたフローリングに足の裏が着いたらしい
脱ぎ捨てた服を踏んだ指先以外はひやりとして心地がいい
回したままだった扇風機を足先でとめる
足元に転がっていたバスタオルを一枚
下着を一着
昔好きだったバンドのライブTシャツを一着
拾い上げて 一度ため息をつく
よいしょ とぼやきながら部屋を出る 部屋の前は脱衣所だ
何はともあれシャワーを浴びることにする
シャワーのコックを捻って 水がお湯になるまでの間に服を脱ぐ
脱いだ服はそのまま洗濯機へ放り込む
浴室へ一歩踏み入れたところで
リビングのエアコンをつけていない事を思い出す
全裸のままリビングに向かう
エアコンをつけて 再び戻ってくる
寝起きに何も飲まずにシャワーは良くないだろうか
シャワーの水を飲むのはどうだろうか
嫌だな
再びリビングに向かう
洗い置いたままだったマグカップに ウォーターサーバーから冷水を取る
半分ほど飲んで 残りはそのままシンクにマグカップごと置いてしまう
ついでにパソコンの電源をつける
YouTubeを見ながら化粧がしたい
浴室に戻ってくる すっかり水はお湯になっていた
シャワーを浴びる
頭から水をかぶると 頭の中がうるさくなる
ざーざー ぽたぽた ごぽっ キーン
そういえば今日の予定は何だったか
ざーざー 何時に出れば ごぽっ ぽた
バスか わしゃわしゃ 車か ごとん 電車か
こうも頭の中がうるさいと ざーざー
ごしごし そういえば昨日のことだけれど ざー
会社の ごとんごとん ����� ?
����� ざーざー ざーざー �����
ああもう きゅっ ぽたぽた がたん ばさばさ
浴室を出ても頭の中は騒がしい
三人ほどの人間がそれぞれの話題を言っているような
そのどれもが重要でないような
下着を履いて Tシャツを着る
どうせすぐに着替えるのだから なんだっていい
リビングは冷えている
喉が渇いて
シンクに置いたままのマグカップを軽く水で洗って
水をウォーターサーバーから取る
マグカップを持って パソコンの前へ行く
仕事の通知を確認する
YouTubeをつける
適当な音楽を流す
化粧水をつける
乳液をつける
立ち上がって冷蔵庫へ向かう
ゼリー飲料を手に取って 食べながら元いた場所に戻る
肌が整うまでの間に 着ていく服を考える
暑いらしいと聞いたから 適当にしておこう
そうだろう、アレクサ? はい そうだろう、そうだろう
顔に残った余分な油分をティッシュで取る
化粧下地を塗る コンシーラーでくまを隠す
ファンデーションを乗せる
一度崩れ防止のスプレーをする 口に入る 不味い
パウダーをはたく
眉毛を描く アイシャドウを塗る チークを乗せる
アイラインを引く シェーディングとハイライトを乗せる
再びスプレーをする 扇子で仰ぐ
ビューラーをする マスカラをする
手をウェットシートで拭いて 寝室に向かう
着ていく服を取り出して 脱いだTシャツはベッドに放る
着替えて 鞄と小物類とをまとめてリビングの真ん中に置く
スマートフォンもそこへ
洗面所に向かう
髪の毛を整える 美容院に行くからオイルだけにしておく
適当に乾かして 少しだけそれとなく整えて 歯を磨く
舌ピアスのネジが緩んでいないかを確認する
お手洗いに行って リビングへ戻る
口紅を塗る 口紅と小物類と財布とを鞄に詰める
アレクサに時間を聞く バスは間に合わない
じゃあ車で駅まで行こうか 駐車場の空きを調べる
空いていない
仕方がないから自転車で駅まで行こう
今年初の自転車だ
空気をまずは入れないと
靴下を履いて階段を降りる どたどた ごん
ごめんお隣さん 鞄をぶつけただけだよ
途中 車の鍵を手に取る 靴が車の中だ
適当な靴を突っ掛けて 車に靴を取りに行く
戻ってきて 玄関に靴と車の鍵を放る
自転車を出す 後輪の空気を入れる
しゅー 失敗
ぴー 失敗
すー 成功 すー すー すー すー すー
前輪も入れる
ぴー しゅー すー すー すー すー
荷物を肩にかける 自転車を玄関から外に出す
車の鍵を閉める 家の鍵を閉める
自転車に乗る 少し進む
家の鍵を閉めたか不安になって戻る
閉まっていた 少し進む
窓が閉まっているか不安になって戻る
閉まっていた ようやく出発する
車の鍵は放っておくと勝手にロックがかかる
安心だ
自転車で駅に向かう 坂もない平坦な道を進む
途中海が見える 光っていた ちらちら
遠くに船が浮かんでいる ちらちら
手前に魚の名前の書かれたのぼりの立った店がある
午前十一時 ひらひら
駅に着く 電車がちょうど行ってしまった
次の電車を待つ
かんかん からから ごろごろ ぷしゅう
頭の中が騒がしくなる前に イヤホンで栓をした
正午 予定通りに美容院に向かう
午後二時 美容院が終わる
何も食べていないことに気がついたけれど
腹の虫が静かだったので 見て見ぬふりをする
財布が風邪を引くよりよっぽど健康的だもの
午後三時 本屋に立ち寄る
なんとはなしに 児童文学の棚を覗き見る
知っているタイトルがないことに安堵して
同時に
もう手の届かなかったこの棚と目線が合うほどに伸びた背丈に失望する
棚の影という影に置かれたベンチには どこにも人がいる
足を組んでふんぞり返った人間もいれば
謙虚に足を閉じてどの本を迎え入れるか吟味している人間もいる
後者の人間がどうか素敵な本に巡り会えますように
なんとなくソーイングの本をパラパラ捲って
飼えもしない魚の世話についての知識をつけて
本屋を出た
魚ごとに水温の調整が必要とは難儀なものだ
午後四時 チェーンの喫茶店に入る
朝からろくに水分を取っていない
命が悲鳴をあげているのをなんとなく感じていた
倒れるなら家に帰ってからが望ましい
アイスティーのSサイズを注文する
ピアノの曲を聴きながら ぼんやりとKindleで文字を眺めた
これといった発見はなかったけれど
思考が落ち着いているのは きっと耳元で流れている音楽のおかげなのだ
大好きな歌手が「夜の果て」について歌っている
午後五時 もう一つの予定に取り掛かる
午後七時 もう一つの予定が終わる
帰り道 商店街の電気がついていて 店のシャッターは降りていて
子供の姿はめっきりなくなって 辺りを見回す大人ばかりが歩いていて
それが警戒なのか 獲物を探してのことなのか
中途半端に大人になった僕には分からないけれど
きっと僕も彼らも
こんな大人になるために生きてきたんじゃないのにな
人生なんてくそくらえ
午後八時 最寄りの駅に戻ってくる
街灯がその寿命を終えようとしている
やあ やあ お疲れ様
随分な命だったことだろう ええ?
煽りながら自転車にまたがった
鍵をはずすことを忘れていて 動かない
家に帰ろう 家に帰ろう さっさと 家に帰ろう さっさと
午後九時 家に帰ってシャワーを浴びた
汗で肌に張り付いた服は ぐじょぐじょのかさぶたみたいだ
無理矢理脱ぎ取って 弱い僕は全部を消し去るように体を擦る
ぞりぞり ぞりぞり
肌が赤くなる ぞりぞり 水が少ししみる ぞりぞり
床を丁寧に流して浴室を出る バスタオルを用意するのを忘れていた
ぽたぽた ぴちょん ひょい ばさ ごしごし ぽい がたん
Tシャツも忘れていた 室内に干したままの物干し竿から一着抜く
電源を落とし忘れていたパソコンの前に座る
日記を書く ぼんやりと明日のことを考える 死にたくなる
外で虫が鳴いている エアコンの室外機ががーがーいっている
生きている 生きている
今日死にかけていたのは街灯一つだけだ ああ
僕の今日は生きているものだらけだった
ならば僕も倣わなくてはならない 長いものには巻かれるのが通説らしい
ぐるぐる ぐるぐる
そうして明日が来るのだろう ぐるぐる くそくらえ




