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ドロップ

「………………は?」

それが寝起き一番に口からまろびでた言葉だった。

 なんか、青いんだけど。

 昨日手当してもらった、引っかき傷がうっすらと青く発光している。何か見間違いかと思って擦ってみたり、日光に当ててみたりしたが変わらず光り続けている。

「ええええ何これぇ……やっぱ昨日の人まずい人だったのかなあ……」

 まるで雨に降られた迷い犬のようなべしょべしょの表情でアザレアは狼狽える。

「これどうすんの……擦っても消えないし……あっ、ちょっと指に付いた」

 フェリチタに相談する?いやでも……。

「アザレアくーん?」

「うおわああ」

 試行錯誤していると背後のドアからフェリチタの声が聞こえて肩が跳ね上がる。

「起きてるのー?」

「お、起きてる!」

 慌てて、ベッドから転がり落ちるような勢いで降りると、目に入った服を前後ろも確かめずに腕と足を突っ込み、ドアノブを掴みドアを開ける。

 バンッ!

「わっ」

 ポンッ!

 フェリチタが勢いよく開いたドアに驚いて、頭上にカラフルな花が咲いた。咲いた花はすぐにばらばらと解けて花弁が床に散らばった。フェリチタの後ろのテーブルに置かれた朝食であろうスープの器に花弁が落ちる。

「わっ大変……久しぶりにやっちゃった!恥ずかしい……」

 フェリチタは自分の足元に散らばった花弁を見てバツの悪そうな顔をした。曰く癖らしく、幼い頃から驚くと花を出してしまうらしい。

 フェリチタが掃除用具を取りに行こうとしている間、アザレアは気が気では無かった。

 どうにかここを抜け出さないと。この爪痕に浮かぶ青色を見られたらなんて言われるか!怒られる?心配される?どっちにしたって夢のことについてバレるのは嫌だった。

「今日の朝ごはんなんだけどね、この前買ったパンと……」

「あ、あの!俺!今日朝ごはん要らないから!」

 大きな声を張り上げる。

「えっ!?」

 フェリチタが驚いて振り返る。しかしアザレアはフェリチタの顔も見ずに玄関までドタドタと逃げるように走ると、

「行ってきます!!」

「待って!アザレア君!?」

 そのままバタン!と玄関の戸が閉ざされ、爽やかな朝日が入り込むリビングはフェリチタの中に残して静寂に包まれた。

「アザレア君……」

 ────急にどうしたんだろう……。

 残されたフェリチタは不安そうに眉を顰めることしか出来なかった。


 ────チピピッ。


 その時、鳥のさえずりが窓の外から聞こえてきた。

「あっ」

 フェリチタは表情をぱっと綻ばせ、窓に駆け寄ると、そっと開く。すると一羽の小鳥が小さな羽を羽ばたかせて部屋に入り、フェリチタの差し出した手の人差し指にちょこんと乗っかった。

「おはよう、小鳥さん。今日はいつもより早いね?」

 そう言ってフェリチタが小鳥の頬を指で撫でると小鳥は目を細めて気持ちよさそうにフェリチタの指に体を擦り寄せる。その様子を見てフェリチタも目を細めて微笑んだ。

「アザレア君、ペンダント忘れて行っちゃったみたい。届けてくれる?」

 フェリチタはダイニングテーブルの上にあるペンダントを指さして小鳥に話しかけた。小鳥は羽をパタパタと羽ばたかせる。

「うん、お願い。ありがとう。今度お礼するね」

 小鳥を顔周りを優しく撫でてやると小鳥はうっとりと目を細めた。ふわふわの羽が触れていて心地良い。

 窓から差し込む朝日が、人間の活動時間の始まりを知らせる。

「──────あのね」

 フェリチタが、重々しく口を開いた。

「……小鳥さん、私ね、そろそろアザレア君にあの時の事話そうと思うの」

 フェリチタはふたりぼっちのリビングで誰にも聞かれないように囁く。

「最近、アザレア君うなされてるの。きっと夢で見てるんだと思う、あの時のこと。……そろそろ魔法も切れるかもしれない」

 フェリチタの手が止まる。突然撫でてくれなくなった少女を小鳥は小首を傾げて見つめた。

「嫌われちゃうかなあ。嫌われちゃったら、寂しいなあ……」

 少しだけ、少女の声が震えた。

「……大丈夫。どんな結果になっても、受け入れるから」

 少し深い呼吸をする。

 長い髪に隠された顔は、憂いを帯びていた。

「私は、受け入れないと、いけないから」

 そう言って、自身を落ち着かせようとするフェリチタを、小鳥は頬を擦り寄せて見つめている。

「慰めてくれてるの?ありがとう」

 心配そうに小鳥が覗き込むとフェリチタは少しだけ口角を上げた。

 ──チピッ、チピピ!

「え?」

 小鳥が鳴いて、フェリチタは目を丸くする。そして少しの間の後静かに微笑んだ。

「うん、そうだね。仲直り、出来たらいいな」

 風がフェリチタを見守るようにカーテンを揺らした。





「やってしまった……」

 はぁ、とため息を吐く。イベルムの門がアザレアを出迎えている。天気は快晴だと言うのに、気分は鉛を飲み込んだかのように沈んでいた。昨日の夜不貞腐れてあのような態度を取った上、用意してくれた朝食も食べずに飛び出してきた、怒られても仕方の無いことをした。

「でも今更戻るのも気まずいし……どうしよ」

 後頭部をボリボリとかき、悩んでいると後ろから声がかかった。

「小僧じゃねえか!今日早いな!」

「イレゴのじっちゃん!?」

 後ろを振り返るとちょうど道を横切る馬車が見えた。隣町に卸をしに行く道中だろう。

「突っ立ってどうした?入らんのか?」

「は、入る!今入るところ!!」

 そう言って慌てて足を動かし門をくぐる。

「またな〜」

 後ろからのんびりとした返事が木の車輪の騒音とともに遠ざかっていった。

「はあ……」

 つい街に入ってしまった。特にやりたいことも無いのに。

「仕方ないかぁ」

 自分に呆れてそれを見上げると澄み渡る高い空が見えた。

 そういえば腕の青いやつ、ガーゼかなにかで抑えてた方がいいよな。

 ここにいても仕方ないと、アザレアはユルの店に向かうことにした。

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