Patisserie valencia
ユル達の店を後にして、アザレアは大通りを道沿いに街をぐるぐる歩き回っていた。美味しそうな料理、大きなおもちゃ、化粧品から日用雑貨まで、様々な店が軒を連ねて買い物客を誘惑する。
「凄い数……」
思わず感嘆の声が漏れる。
皆それぞれの年末の為に買い物しに来ているようで、中には大荷物を抱えた人もいる。
「俺は……何買えばいいかなあ」
壁にもたれ掛かり、考えあぐねていると、アザレアの横に二人の女性が喋りながら歩いてきた。
「うっそvalenciaってめっちゃ高いとこじゃん!買ったの!?」
「そうー!予約してパーティの日に取りに行くんだー」
「え?でもここら辺に無いじゃん。まさか城下町まで取りに行く気?」
「ふっふっふっ……実はこの辺りに最近出来たのよ」
「まじで!?」
「まじまじ、いやーvalenciaのケーキって一度食べてみたかったのよ」
ケーキ?
「遂にこの街にも支店ができたかぁ、今までは城下町とか、大きな街とかにしか無かったからねえ」
「私の地元も大きくなったもんよ」
「大きくなったって言っても最近でしょ、ねえ今度場所教えてよ」
「あ、あの……」
気づけば声をかけていた。
「その、valenciaってどこにありますか?」
「勢い余ってしまった……」
多分驚かせちゃったよなーなんて考えながら先程の女性が簡易的に書き記してくれた地図を片手に道を歩く。
「フィル甘いもん好きだし……買って帰ったら喜ぶかな」
地図の通りに進んでいくと、程なくして甘い香りと柑橘系の爽やかな香りがした。
「なんかいい匂いが……おっ」
曲がり角を曲がると白い壁にパステルのオレンジ色で彩られた建物が目に入った。木の枠にガラスがハマった綺麗な入口の上には、上品な雰囲気に装飾された板があり、その装飾の中にPatisserie valenciaと書かれていた。
「ここ、かな?」
看板を見上げながら呟く。洋菓子店など普段入らない。何か買ってくるのは必ずフェリチタの方からだった。
──カランカラン……。
ゆっくり扉を開くと扉に取り付けられた小さなベルが軽やかな音色を奏でた。店内に足を進めるが、店員が出てくる気配がない。
誰もいないのかな……少し待ってようかな。
ショーケースを覗き込むと、カラフルな瓶詰めされたチョコレート、可愛らしく並んで包装されたマカロン、ジャムを使ったクッキーに抹茶を練りこんだパウンドケーキなどが、所狭しと並んでいる。基本的に焼き菓子が多いようだ。ショーケースの上には“生菓子の提供は予約のみとさせて頂きます”と書かれた紙が置かれている。
「すげえーどれも美味そうで綺麗だなあ」
ショーケースの中をじっくり見ていると、上に置いてあるガラスの入れ物が目に入った。中には飴玉が入っている。
「わ……」
静かに声が漏れた。
値札にはキャンディ詰め合わせと記されており、値段は市販のものより少し高い。様々な色の飴玉が角の取れた正方形、球形、三角錐などの形をして瓶の中に収まっており、さらに宝石の形にカットされたものがいくつか入っている。まるで宝石箱のようだった。
「……なんでだろう」
瓶を両手で抱えて見つめる。
「凄く目を惹かれる」
──ガチャガチャ……。
その時店の奥で物音が聞こえた。瓶を戻してショーケースに手を付き、声をかける。
「すみませーん」
「えっ、お客さんいる!?」
物音が一層大きくなったあと、ドタバタと騒がしい足音と共にショーケースの向こう側に女性が飛び出してきた。
「本当にいる!すみません!今日三時までなんです!」
目が合うなり頭を下げられる。先程帽子を取ったであろうぼさぼさのポニーテールが遠心力で彼女の前頭部を叩いた。
「三時まで?」
壁にかかっている簡易な振り子時計は十五時より二十分ほど過ぎていた。
「はい、ひょっと諸事情で……」
「ありゃあ」
「明日でしたら通常通り営業してますので……」
女性店員はペコペコ頭を下げる。
「大丈夫です。また明日来ます」
明日も来るなど決めていなかったのに口をついて言葉が出てしまった。予想外の明日の予定に自分自身驚きながら、踵を返す。店の外に出た後、ゆっくり閉まっていく扉の向こうで女性店員はまた店の奥に引っ込んでいった。
さて、と。
「……ぐるっと見て回って、帰るか!」
やることの無くなった少年はそれ以外の時間の潰し方を思いつかなかった。