第八話 見習い聖女から大人へと……
ウラヌス卿の求婚に対し、照れる気持ちと同時に疑問も生まれる。
「あの、それは……、私に断る選択が、あるということですか?」
「ああ、君がどうしても嫌だというのであれば、私も潔く諦めよう。その場合、婚約破棄というカタチになってしまうがね」
正直、私に選択肢が残されているとは思っていなかった。
ただ、婚約は既に成立してしまっているため、破棄することになってしまうという。
(婚約破棄、か……)
学生時代、そういった話題は数少ない娯楽の一つだったので、生徒達の間で話に花を咲かせていた。
聖女候補生は恋愛と縁がないからこそ、恋愛ゴシップのような話に飢えていたのだと思う。
有名なエピソードはいくつかあったけど、中でも婚約破棄については各グループの間で色々な考察がされていた。
謀があっただとか、寝取られただとか、その後婚約破棄された女性はどうなったかだとか……
その中には、婚約破棄した側がどうなったかという考察もあった。
「……それは、ウラヌス卿から、婚約破棄するということになるのですよね」
「君からというのは難しいから、そうなるね」
やっぱり……
「あの、聞いた話ですけど、婚約破棄は、するだけで経歴に傷が付くんですよね?」
これもヴィオラさんから聞いた話だけど、婚約を破棄するというのは貴族としてはかなりの問題行動であり、評判を著しく悪くするのだという。
理由は単純で、家同士の関係に亀裂は入るし、周りからの信用も失うからなのだそうだ。
破棄された側も、別の相手がすぐ見つかるのであれば問題ないが、余程上位の貴族でもなければ結婚相手を探すのに苦労することになる。
私は平民(一応今は準貴族扱いらしいけど)なので、家同士の問題は発生しない。
しかし、斡旋した教会への印象を悪くすることにはなると思う。
この国で教会を敵に回すというのは、たとえ貴族であっても厳しいそうなので、ウラヌス卿にとっては相当なリスクとなるハズだ。
「まあ、そうなるね。しかし、気にする必要はないよ。私がやりたくてやったことだからね」
「……なんで、そこまで?」
「私が君に惚れたからさ」
「っ!」
嘘だ……と思ったけど、ウラヌス卿の魔眼は未だ発現したままだ。
またしても顔が熱くなってくる。
「私としては君が妻になってくれるのが最良の結果だが、たとえ駄目だとしても後悔などしないよ。惚れた相手のために尽くしたと思えば、むしろ誇らしいね」
「~~~~っ」
ここまで真っ直ぐ思いをぶつけられたのは、家族以外では初めてのことだ。
それも、相手は私なんかじゃ全然釣り合わない身分――伯爵様だ。
それに容姿だって、女の私が羨むくらい美しい。
そんな人に美しいだの妻になって欲しいだの言われても、嬉しくなんか……ないワケではないけど、困惑する気持ちの方が強い。
私は断るべきなのだろうか?
それとも、受け入れるべきなのだろうか――
「おっと、どうやら到着したようだね」
私がぐるぐると悩んでいると、いつの間にか目的地に到着したらしい。
ウラヌス卿のお屋敷までは結構時間がかかると聞いていたのに、思ったよりもずっと早く着いた気がする。
そう思い窓の外を覗くと――
「え……?」
そこには、よく見た風景が広がっていた。
「ここ、リーン村、ですよね? なんで……」
「もちろん、君のご両親に挨拶するためだよ。大事な一人娘を貰い受けるのだから、当然だろう」
「っ!」
私が今回の婚約で、一番心残りだったこと。
それは、両親に直接報告をできなかったことだった。
私を大切に育ててくれた、お父さんとお母さん。
二人に何も言わず、誰かのものになることに……、とても抵抗があった。
でも、教会の決めたことだし、諦めるしかない――そう思っていたのに。
「さて、私と一緒に君の両親に会いに行くか、それともここで別れるか、答えを聞かせてくれないか?」
「…………」
この人は伯爵という地位にありながら、平民である私に対しここまでの気遣いをしてくれている。
私の印象を良くするための打算では……、恐らくないだろう。
だって、ウラヌス卿の瞳は、今もなお紫色に美しく輝いているのだから。
「……ウラヌス卿が、本当に私のことを思ってくれていることは、理解しました。でも、私はまだ、ウラヌス卿のことをよく知らないし、夫だなんて、正直想像できません」
「……そうか」
「だ……、だから私! もっとウラヌス卿のことを知りたいです! 私に、その……、もう少し時間をください!」
私がそう叫ぶように言うと、ウラヌス卿は一瞬キョトンとしたような顔をしてから、すぐに優しく微笑みを浮かべる。
「もちろん、いいとも」
◇
あれから、半年の月日が流れた。
初めは友人のような関係だった私達も、少しずつ恋人――夫婦に近づいていっている……気がする。
「ジェラルドには感謝しないといけないな」
私の膝に頭を預けたバーナードが、眩しそうに目を細めながら、そんなことを呟く。
「ジェラルド……、ヴィオラさんの旦那様ですね」
「ああ、彼が……、いや、結局はヴィオラさんのお陰と言えるのか」
「どういうことですか?」
「ジェラルドはね、いきなりヴィオラさんを連れて尋ねてきたんだ。正直、一体何事かと思ったよ。彼はあまり人と交流するタイプではないから、本当に珍しいことなんだ。そんな彼が、開口一番になんて言ったと思う?」
私はジェラルド様のことについては何も知らないので、想像もつかない。
ただ、ヴィオラさんを連れてきたということが、何かのヒントになるのではないかと思った。
「そうですね……、「どうだ、私の妻は美しいだろう」とか?」
「はっはっは! 当たらずと雖も遠からずってところだね。ジェラルドはね、「俺の妻は最高の聖女だ。何故聖女になれなかったのだ」と言ったんだ」
「っ!」
同じ疑問を抱いていた私としては、思わず同意したくなるようなセリフだ。
まだ会ったこともないのに、私の中でジェラルド様への好意が一気に上昇した。
「実際、私から見てもヴィオラさんは聖女として素晴らしい素質を持っていた。これ程の素質を持っているのであれば、たとえどんな理由があろうとも聖女に選ばれないハズがないと。でも、話を聞いて納得したよ。彼女はジェラルドと出会い、愛を知って真の素質を開花させたのだとね」
「じゃ、じゃあ、今からでも聖女になれるのですか?」
「彼女くらいの素質があれば、なれなくはないだろう。しかし、彼女はそれを望んでいないようだった。「私は、ジェラルドと、家族だけの聖女でありたい」とね」
「ヴィオラさん……」
ヴィオラさんは、マーキュリー家再興のために聖女を目指していた。
その重荷が下りたことで、本当に自分で目指す道を見つけられたのかもしれない。
「聖女の力の源は、愛の心だ。どんなに回復魔術の技術が優れていようとも、愛の心なくしては心まで癒すことはできない。彼女は愛を知り、真の聖女に至った。たとえ国が認めずとも、ヴィオラさんは紛れもなく聖女だよ」
それを聞き、私の中にあったモヤモヤとした雲が晴れた気がした。
「そのヴィオラさんだが、今朝報告があってね。どうやら妊娠したそうだよ」
「ええぇっ!?」
いきなりのビッグニュースに、サラサラと手で遊んでいたバーナードの髪の毛を引っこ抜いてしまう。
「ガァッ!?」
「ご、ごめんなさい!」
慌ててヒールをかけるが、ヒールでは抜けた髪の毛は戻らない。
大変なことをしてしまった。バーナード、最近抜け毛を気にしていたのに……
「ま、まあ、大丈夫。これくらい、どうってことないさ。……うん」
とても気にしていそうだけど、私としては髪の毛より気になることがある。
「じゃ、じゃあ、ヴィオラさんは、本当に聖女の資格を……」
「ん? ああ、聖女の資格と言っても、それは国が後付けで設定しただけで、能力や資質には何も影響はないよ。そもそも、そんなルールは100年前にはなかったからね」
「そ、そんな……」
またしてもこの国の闇を知ってしまった。
そんなに処女性が大事だったの……?
正直、理解できない。
「と、いうことでだ、私達もそろそろ……」
「え、えぇぇぇっ!?」
バーナードは聖女について理解があるからこそ、今まで手を出してこなかったと思っていたけど、もしかして、我慢していただけ……?
で、でもでも、まだ、心の準備が……
「私はこう見えて、戦場では『夜の狩人』と呼ばれている。一度狙ったら、逃がさないよ」
ど、どうしよう……
バーナードの目が、いつも以上に紫色に輝いている。
お父さん、お母さん、私、今夜、大人になってしまうかもしれません……