第七話 聖女の資質
「え……? ヴィオラさん、が……?」
「ああ。君達は仲が良かったのだろう?」
確かにヴィオラさんは、私と仲良くしてくれた。
客観的に見ても、二人で一緒に過ごした時間は長かったと思う。
でも、仲が良かったと言っても所詮私は平民で……、ヴィオラさんは男爵令嬢だ。
その身分には大きな隔たりがある。
いくら私が信頼を寄せようとも、ヴィオラさんからすれば戯れに下々の者に付き合ってくれているに過ぎないのだろうと――、そう思っていた。
「……私が、一方的に信頼しているだけだと、思っていました……」
「彼女は、君のことを一番仲の良かった友人だと言っていたよ」
「~~~~~っ!」
感極まるとはこういうことを言うのか。
悲しくもないのに、とめどなく涙が溢れ出てくる。
涙がこんなにも大量に出るものだなんて、初めて知った。
「ヴィオラさん……、うぅ……、ヴィオラさぁぁぁん!」
――――数分後。
「落ち着いたかな?」
「は、はい……、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません……」
貸していただいた高級そうなハンカチが、私の涙と鼻水でビチョビチョだ。
恐らく、私の顔も同じくらいグシャグシャに違いない。
「あの……、これ……」
「ハハ、そのハンカチはもう君のものだよ」
「そんな、こんな高級そうなもの、貰えません……」
「何を言うんだ、君は私の妻になるんだよ? そんな他人行儀な態度では困るな」
「っ!? 妻って……、ウラヌス卿は、ヴィオラさんに言われて私を助けてくれただけなんじゃ?」
「ただ助けるだけなら、わざわざ私の妻に迎えなくても方法はいくらでもあるだろう? 私が君を妻に迎えたのは、私自身の意思だよ」
「ええぇ!? ど、どうして……」
何を思って私なんかを妻にしようとしているのか、まったく理解できない。
見た目――は絶対ないと思う。
顔も体型も普通だし、私なんかより美人な子は聖女の中にも沢山いた。
あえて私を選ぶ理由なんか、絶対ないハズ。
「君が美しいからだ」
「それは嘘です!」
「嘘じゃない。言っただろう? この『真理の魔眼』を発現しているとき、私は嘘をつくことができない」
確かに魔眼には、使うにあたり制約があると習っている。
それが真理、真実、本質を見抜く性質を持つのであれば、自らが偽りを口にすることができないという制約も理解できる。
しかし、だからと言ってそれを簡単に信じることはできない。
「複雑な感情の色だね。推察するに、魔眼について授業で習った内容と一致はするが、完全には信じられない――といったところか」
私の今の心境を、概ね言い当てられてしまった。
少なくとも、本質を見抜くという性質については間違いないのかもしれない。
「……確認させてください。私の、何が美しいんでしょうか?」
「君の精神――心の在り方かな」
「……?」
私の、心の在り方……?
よく、わからない……
「シトリンさん、君が聖女に選ばれたのは、当然だが平民だからという理由だけじゃないよ。むしろ、平民というのは選ぶ基準の一端に過ぎない。一番重要なのは、聖女としての資質にある」
「聖女としての、資質……ですか?」
「ああ。聖女に求められる資質は、回復魔術の素養や知識、清廉さだけではない。一番重要なのは、愛の心だよ」
「あ、愛、ですか……」
とても真剣な表情で言うので、冗談の類ではないだろうけど……、あ、魔眼の制約が真実なら冗談も言えないのか。
でも、自分にそれがあると言われると、ちょっと恥ずかしい。
「ヴィオラさんに君を助けて欲しいと頼まれたとき、私はそもそも自分の手で助けるつもりなんかなかったんだよ。何故なら、君のような立場の聖女はこの国に何人もいる。それを一々自分の手で助けていたら、キリがないだろう?」
それはそうだ。
この国には聖女学校が10校以上存在し、その学校ごとに聖女が複数名選ばれる。
皇都に近い4校からそれぞれ10名選ばれるとすると、毎年生まれる聖女は70人以上に上るのだ。
いくら頼まれたからと言って、ウラヌス卿自らが助ける理由にはならないだろう。
「ヴィオラさんに言われ、私なりに今年あの学校から聖女になった者を調べさせてもらった。その年により、聖女を選ぶ基準は異なるのでね」
ウラヌス卿が言うには、本命となる優れた素質を持つ聖女がいる年であれば、その年は競い合わせるために聖女を素質で選ぶことが多いらしい。
今年はそういう意味ではあまり良くもなく、かといって悪くもないため、素質と家柄両方を判断材料とし、どっちに転んでも良いように選出されたのだそうだ。
「あの……、何故ヴィオラさんは聖女に選ばれなかったのでしょうか?」
「ヴィオラさんが選ばれなかったのには、二つ理由があると推測している。一つは彼女――マーキュリー家に問題があったことだ。マーキュリー家は貴族としては力も弱く、没落寸前だった。聖女を買うような貴族はあまり力のない家が多いため、彼女の家のような沈む船を救い出せるような力はなく、むしろ足を引っ張られる可能性すらあるため、買い手が見つからないと判断されたのだろう」
ヴィオラさんは貴族のため、平民とは扱いが異なってくる。
貴族における結婚とは、実家同士が繋がるということを意味するため、迂闊には手を出せないのだそうだ。
ウラヌス卿は言葉を濁していたけど、爵位を持つ家柄の貴族を、性的な奴隷として扱うのも難しいのだと思う。
「そしてもう一つは、単純に彼女の資質が君達に劣っていたからだよ」
「そんな、あり得ません……。だってヴィオラさんは、回復魔術の技術だって凄くて、人柄だって……」
「言っただろう? 聖女に求められる資質として最も重要なのは、愛の心だ。その点において、シトリンさん達はヴィオラさんを上回っていたということだろう」
「愛の、心……。私には、よくわかりません……」
正直、愛の心が重要と言われても、全くピンと来ない。
だって私は、愛がなんなのかもよくわかっていないから……
「私だってはっきりと理解しているワケではないよ。ただ、私はそれを理解せずとも視覚化することができる。そして私が見てきた中で、君の色は最も美しい色をしているんだよ。そう、まるで陽の光のように、君は輝いている」
「っ!」
陽の光……
その言葉に、かつてヴィオラさんが私に言った言葉を思い出す。
『シトリンさん、貴女は太陽のような人ね。私には、貴女がとても眩しく見える』
あのとき、私には過ぎた言葉だと返しつつも、嬉しかった記憶がある。
今それを別の人の口から聞いたことで、私の中で現実味を帯びてくるような不思議な感覚が走った。
「……シトリンさん、改めて言わせてもらおう。私の、妻になってくれないか?」