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とある聖女達の恋物語  作者: 九傷
ルシオラの章①

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第十六話 深き森での出会い



 ◇ナイン・ライブズ 妖籃(ようらん)の森





(ああ……、なんでこうなるかなぁ……)



 アタシは男女問わず、貴族という存在が嫌いだ。

 アイツらのせいで私は振り回され続け、今だってこんな状況に(おちい)っている。


 もちろん、今回の件については自業自得だということくらい十分承知している。

 しかし、アタシにだってこの状況は想定外だったのだ。

 何故ならアタシは、あのとき死ぬつもりだったのだから。



「うがぁぁぁーーーーっ! 思い出すだけでモヤモヤする!」



 誰に聞かせるワケでもなしに思わず叫んでしまう。

 イライラとは違うぶつけようのない気持ち……、そう、これはまさにモヤモヤなのである。


 改めて言うが、アタシは貴族が嫌いだ。

 スラム育ちのアタシを親から買い取り、(しつけ)と称して拷問に近い教育を施したのも貴族だった。

 そして、捨てるように放り込まれた聖女学校では貴族から執拗なイジメを受け、聖女になってからも貴族出身の聖女から嫌がらせをされ続ける日々。

 スラムの過酷な環境に比べれば、それらの行為はヌルいと形容できるレベルだったが、ストレスの蓄積だけは避けられなかった。

 結果、アタシはあの日、爆発してしまったのである。



(やっぱり、聖女になんかなるんじゃなかった……)



 元々アタシは、聖女なんていう癒しの象徴とは程遠い人間だ。

 気性は荒くて好戦的だし、暴力を振るうことになんの躊躇(ためら)いもない。

 なんでこんな人間に回復魔術が発現したのか、アタシを買った貴族も不思議がっていた。

 アタシだって不思議だったし、聖女になんて絶対になれないと思っていたし、正直なりたくもなかった。

 だから聖女学校も、ある程度金が貯まったら逃げ出すつもりだった。


 ……ただ、そんなアタシを踏み止まらせたのが、スラムの仲間と数少ない学友の存在だ。


 スラムの連中はどいつもこいつもクソったれなヤツばかりだが、精いっぱい生きようと必死に足掻いていた。

 アタシはただ、あの環境が少しでも改善されればと思い、回復魔術の腕を磨いたのである。

 聖女になるつもりはなかったが、折角タダで技術を学べるのだから、仲間のために我慢するのも悪くない――というくらいの気持ちはあった。


 そしてクソのような聖女学校の中にも、少数ながら心を許せる存在がいたというのがやはり大きい。

 シトリンとヴィオラ……、あの二人がいなければ、たとえ仲間のためという気持ちがあっても聖女学校に残ろうとは思わなかったハズだ。

 同じ平民であり酷いイジメを受けていたというのに、誰にでも天使のように優しいシトリンは一緒にいるだけで心が癒される存在だったし、貴族でありながらアタシと対等に接してくれたヴィオラとは、確かな信頼関係が結べていたと思っている。


 アタシは貴族が嫌いだが、ヴィオラのお陰で全ての貴族がクソではないということにも気付くことができた。

 ……そう、気づいていたハズなのに、私はやらかしたのだ。



 大司教から貴族に嫁がされると聞いたとき、アタシは「ああ、また売られるのか」と思った。

 それに勘づいたのは、シトリンの件があったからである。

 一年前、シトリンが貴族に嫁いでいったあと、聖女の名簿からあの子の名前が消えていたことに気付いたアタシは、何が起きたのかある程度のことを察していた。

 時期がズレたのは、恐らく単純にアタシの素行が悪かったせいだろう。

 だから遅かれ早かれ、アタシも同じ道を歩むことになるはわかっていたのである。


 ……でも、大人しく貴族の玩具にされるつもりはなかった。


 ”出会い頭にとびっきりの一発をくれてやる!”


 つまりその時点で、アタシは既に死ぬ覚悟を決めていたのだ。


 貴族を殴れば、良くて極刑で、悪ければその場で拷問され打ち首になる。

 あのときは、それも悪くない死に方だと本気で思っていた。

 最後に脂ぎった性欲まみれの貴族を殴って死ねるのなら、本望だと。


 しかし、アタシが殴り飛ばしたアイツは違った(・・・)のだ。

 馬乗りになり、何度も殴りつけても、アイツの表情には怒りはおろか恐怖さえ浮かばなかった。

 そして私が取り押さえられあともアイツは何もせず、ただ「貴族がここまで憎まれているとはな……」と悲し気に呟いた。


 男の表情を見て、アタシはようやく気付く。

 この男――ネプチューン伯爵もヴィオラと同じで、貴族と平民の関係を憂いているタイプなのだと。

 ネプチューン伯爵の意図まではわからないが、少なくともアタシを奴隷のように扱う気はなかったハズだ。

 その証拠にネプチューン伯爵は、わざわざ監獄まで来て私と面会し、謝罪してきたのである。

 私の力が足りなかったばかりに、すまなかったと……


 今回の処罰が下ったことについては、誰がどう見ても自業自得としか言いようがない。

 悪いのは完全にアタシだし、謝罪をするのであれば間違いなくアタシの方だ。

 だというのに、ネプチューン伯爵は自分のことを責めていた。

 本来極刑となるハズだったアタシがこうして今も生きてられるのだって、ネプチューン伯爵が刑罰を軽くしてくれたからだ。


 全くもって、自分の愚かさに嫌気がさす。

 ストレスで正常な精神状態じゃなかったとはいえ、何も確認せず手を出して自爆。

 さらには、被害者側から逆に気を遣われる始末。

 ……情けないことこの上ない。


 そして何より、アタシはあのとき言葉が出ず、ネプチューン伯爵に謝罪することができなかった。

 それが心のシコリとなり、今もアタシの胸の中でモヤモヤと煙を(くゆ)らせている。



(こうなったら、なんとしてでも生き残って謝罪をしてやる――って言いたいところだけど、流石に厳しいよなぁ……)



 ここはナイン・ライブズ――亜人の国だ。

 聖女学校では、亜人の多くが野蛮かつ狂暴な存在だと教えられている。

 ステラが亜人を敵視しているのは周知の事実なので、あんな偏った教えが真実とは到底思えないが、亜人側からステラが嫌われているのは間違いないだろう。


 ステラでは亜人に人権が与えられていない。

 人権が与えられていないということは、人として扱われないということだ。

 そんな理不尽な扱いを受けている亜人が、ステラの人間を丁重に扱ってくれるとは到底思えない。

 同じように、人として扱われないと考えるべきだ。


 アタシが生き残るには、絶対にステラの人間だと知られないようにする必要がある。

 幸いというか、これも恐らくネプチューン伯爵の配慮なのだろうが、衣服に関しては一般的な平民の服を着させられているため、パッと見ただけでは私がステラの人間だとバレることはないと思う。

 ナイン・ライブズはステラ以外の国とは普通に交流しているハズなので、人族だからといういだけで敵視されることもないだろう。


 ただ、こんな人気(ひとけ)のない森の中を女が一人歩くなど、ステラの人間でなくとも襲ってくれと言っているようなものである。

 亜人がアタシの体に興味を持つかはわからないが、世界にはハーフエルフのような半亜人も多く存在するため、欲情しないという保証はない。

 そして服を脱がされれば、聖痕が見つかり聖女であることがバレる可能性がある。

 そうなれば、襲われて殺されるよりも(むご)たらしい結末を迎えることになるだろう。


 かと言って、このまま誰にも見つからないよう生きるというのも不可能だ。

 ナイン・ライブズは魔界と隣接していることもあり、魔獣が他の国よりも多い傾向にある。

 聖女は強化魔術も使えるし、最低限の護身術は学んでいるため多少はなんとかなるかもしれないが、何の装備も無しでは限界がある。

 生き残るには、村や集落に受け入れてもらうほかない。


 魔獣や悪漢を避け、なるべく善良そうな者に身分を明かさずに助けを求める――、生き残るための条件が厳しすぎる。

 しかし、一度捨てようとし拾われた命を、もう一度捨てようなどとは思えない。



「はは……」



 無理だとは思いつつも絶対に生き残ってやるという矛盾した思考に、自然と乾いた笑いが漏れた。



「っ!? そ、そこにいるのは、もしや、人族の女性……、ですか?」


「っ!?」



 闇の向こうから急に声が聞こえ、思わずビクリと体が強張る。

 逃げるか、黙ってやり過ごすかといった考えが瞬時に思い浮かぶが、どれも得策とは思えない。

 闇の向こうの何者かは、少なくとも人族だと推測できる程度にはアタシのことを認識している。

 恐らくは私の漏らした笑い声を聞き取られたのだろうが、人族であれば至近距離でなければ聞き取れないくらいの音量だったのは間違いない。

 亜人には耳の良い種族も多いと聞くし、獣人であれば臭いで種族を特定することもできなくはないだろう。

 であれば、逃げても黙っていても無駄な可能性が高かった。



「ア、アタシは確かに、人族、です」


「や、やはりそうですか。こんな場所にいる、ということは、冒険者の方、ですか?」


「えっと……、いや、違います」



 一瞬冒険者を名乗るのもアリかと思ったが、すぐにバレる嘘はついても意味がないと思いやめた。



「そうですか……。もし、冒険者の方、であれば、薬を恵んでいただけないかと、思ったのですが……」


「っ!? まさか、怪我をしているん、ですか?」



 話し方がたどたどしいとは思ったが、怪我をしているのであれば納得がいく。



「ええ……。だからもし薬があれば、この命を繋ぐことも、できると思ったんですがね……。やはり、神は残酷だ……」



 その口ぶりから、命に関わるような重傷であることが伝わってくる。

 私は咄嗟に近付こうとするが、理性がそれを抑え込んだ。


 聖女のアタシは、当然ながら回復魔術を使うことができる。

 アタシの回復魔術は聖女としては最低クラスの効果しかないが、それでも一般人の扱う回復魔術に比べれば効果は高い。

 だから、この先にいる何者かに使えば、助けられる可能性も十分にあるだろう。

 しかし、それは同時にアタシがステラの人間だと明かすことを意味する。

 回復魔術はステラだけの特権というワケではないが、ステラ以外で発現するケースは極めて稀だ。

 それも重傷を癒せるレベルともなると、自分は聖女だと名乗るようなものである。



(どうする……?)



 いくら亜人でも回復してくれた恩人を殺すなんてことはないと信じたいが、恩を仇で返される可能性もないとは言えない。

 スラムではそんなこと日常茶飯事だったし、むしろ下手な良心はつけ込まれるのが普通だった。

 しかし、だからと言って見捨てるという選択は正直したくない。

 やれることをやらないで後悔することだけは、絶対にしたくないからだ。


 アタシは覚悟を決め、一歩を踏み出した。

 手札がこちらにある以上、優位なのは間違いなくアタシの方だ。

 最悪死なない程度に回復を制限することだってできるし、回復を餌に情報を引き出すことだってできるかもしれない。


 そう自分に言い聞かせながら前に進んでいると、不意に強い風が吹き木々が揺らめく。

 それは同時に頭上を覆っていた枝葉の天幕に隙間を作り、月明かりを通す道となる。



 ――そしてその光の先には、銀色の毛並みを赤く染めた、美しい獣人が横たわっていた。



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