第十五話 国外追放された聖女
「バーナード、お茶が入りました」
「ああ、ありがとう、シトリン」
私がウラヌス伯爵家に嫁いでから、およそ一年ほど経ちました。
貴族の生活には未だ慣れませんが、ある程度自由に生活させていただいているので不便は感じていません。
こうしたお茶出しなどの家事も本来は執事や家政婦の仕事となるのですが、バーナードが元平民の私に配慮してくれ、好きにさせてもらっています。
「ふーむ、困ったことになった……」
バーナードは瞳を紫色に輝かせ、深刻そうな表情で一枚の書類を見つめている。
「どうなさったんですか?」
「これは今日届いた報告書なんだけど、想定外の内容が書かれていてね」
ウラヌス家に伝わる魔眼――『真理の魔眼』は、対象の真理や本質を見抜く性質を持ってる。
それは対象となる人物の嘘や真意を見抜くだけでなく、物や文章に込められた製作者の意図さえ読み取れるのだそうだ。
わざわざそれを発現させているということは、恐らく目を疑うような内容が書かれていたのだと思われる。
「単刀直入に言ってしまうと、ルシオラさんが聖女教を破門となり国外追放されることになった」
「……え、えええぇぇぇぇぇっ!?」
ルシオラというのは、私やヴィオラさんと同じ聖女学校に通っていた生徒で、数少ない友人の一人だ。
私と同じ平民でありながら聖女に選ばれ、サザンクロス大聖堂で一緒に研修をしていた元同僚でもある。
「一体、どうしてそんなことに……?」
「ルシオラさんは、シトリンと同じ平民上がりの聖女だろう? だから彼女もまた、貴族に売られることが決まっていたんだ」
「っ!」
聖女教には、平民から聖女になった場合、家名を得るために貴族に嫁がなければならないという暗黙のルールが存在している。
これは聖女にならなければ知りえないルールではあるが、歴史ある風習的なもので聖女のあいだでは常識として浸透しているのだという。
しかし、いつからかこのルールは建前上のものとなり、実際は貴族が聖女を買うための隠れ蓑とされているらしい。
そして買われた聖女は、聖女の資格である純潔を散らされ、酷い場合は性奴隷のように扱われるのだそうだ。
信じ難いというか、信じたくない話ではあるが、私は身をもって「売られる」という体験をしているため否定のしようがなかった。
もしバーナードに助けられなければ、私も今頃は酷い境遇に立たされていたかもしれない。
「彼女についてはヴィオラさんから直接頼まれていたワケではなかったんだが、シトリンやヴィオラさんの学友であれば可能な限り救いたいと考え、信頼できる貴族に手配をしておいたんだよ」
ヴィオラさんがルシオラについて助けを願わなかったのは、仲が悪かったからとか冷たいからというワケではなく、恐らく単純に信頼しているからだと思われる。
私達の通っていた聖女学校では、平民に対して貴族から過激なイジメが行われていた。
そのあまりの過激さに、ほとんどの子は精神を病んだりして学校を辞めていった。
幸運にも私はヴィオラさんに救ってもらえ、あの地獄から抜け出すことができたけど、そうじゃなければ間違いなく強制的に聖女の資格を奪われていただろう。
そんな状況下で、ルシオラだけは貴族の庇護下にも入らずイジメに一人で対抗し、耐え抜いたという実績がある。
もちろん私もヴィオラさんも手助けしたことはあったが、ほとんどの状況を自力で切り抜けていたように思う。
その凄まじい精神力に、私もヴィオラさんも尊敬の念を抱いていた。
「しかし、そのことを伝える前に、ルシオラさんはその貴族のことを殴ってしまった」
「ル、ルシオラ……、なんてことを……」
貴族に手を出すなんて、普通の平民じゃ絶対に考えられないことだ。
その場で首を斬られてもおかしくないくらいの話で、法で裁かれるとしてもまず間違いなく極刑となる大罪のハズ。
「調書では確かに気が強いと書かれていたが、まさかこんなことになるとは思わなかったよ。私が直接確認しなかったことが仇となったね……」
「そんな、バーナードは何も悪くありませんよ……」
善意で助けようとしたバーナードに、責任などあるハズもない。
今回の件は、単純に運がなかったとしか言いようがなかった。
「まあ、『真理の魔眼』も万能ではない。未来のことまでは見通せないから、どの道防ぎようがなかったかもしれない。ともかく、現在の状況としてルシオラさんは、聖女の資格を剥奪され聖女教も破門となり、ナイン・ライブズに追放されることが決まったということだ」
「ナイン・ライブズ……」
それは、事実上の極刑に等しい重い処罰であった。
亜人連合国家ナイン・ライブズ。
様々な亜人が住む、亜人のための国家だ。
それだけであれば大きな問題はないのだが、問題はステラとの関係性である。
ステラは戦時中も中立国家と扱われていたが、ナイン・ライブズとだけはその頃から険悪な関係だったという。
原因はどう考えてもステラ側にあり、一方的に拒絶をしていることが歴史からも読み取れる。
関係性を悪化させている最大の原因は、やはりこの国が亜人に対し人権を認めていないからだろう。
それでいて表向きは国交を閉じていないこととなっているため、亜人に対して非道なことが行われた過去もあったようだ。
恐らく、ナイン・ライブズから見たステラの印象は最悪と言っていい。
そんな国に聖女が追放されれば、どんなことになるか――想像したくもない。
もしかしたら、普通に極刑となる方がまだ救いがあるかもしれなかった。
「以前も説明したが、たとえ平民上がりでも聖女は一応準貴族扱いとなっている。殴られた彼も罪を軽くするよう手を尽くしてくれたようだが、極刑を回避するだけで精いっぱいだったようだ。ただ、準貴族は厳密には貴族ではない。そんな背景から、破門のうえで追放という処罰になったのだろうね」
「そういうことですか……。でもそれは、あまりにも酷いです……」
「私もそう思う。だからどうにかしてあげたいところだけど、場所がナイン・ライブズでは私も簡単には手が出せないんだ……」
関係性は最悪だが、ナイン・ライブズは魔界侵攻の最前線となるため、表面上は同盟関係にある。
しかし、戦場以外に聖女や戦力は提供されていないし、国交も最低限に抑えられているという状況だ。
特に国家戦力たる貴族の場合、出国するには大きな制限が課せられていた。
「こういうとき、ジェラルドであれば簡単に行き来できるんだが――」
「呼んだか?」
「「っ!?」」
急に割り込んできた第三者の声に、私とバーナードはビクリとして扉の方を見る。
そこには漆黒の目に鋭い眼光の男性――バーナードの友人であるジェラルド・プルートー伯爵が立っていた。
「……ジェラルド、君はいつも急に現れるね。この屋敷へ直接転移してくるのは禁止していたハズだけど?」
「お前が気づかなかっただけで、俺はちゃんと表から入ってきた。……それで、俺の名が出たようだが何の話だ」
「あぁ、実はね――」
バーナードが簡単にまとめてこれまでの経緯を話すと、プルートー伯爵の目つきが鋭くなる。
「許せんな。妻が悲しむ」
「まあ、君の価値観としてはそうなるか。それでどうだろう、君であればあの国へ入国することは容易いだろうし、ルシオラさんの安全が確保できるまで護衛をしてあげられないだろうか」
「あの国はお前が思うほど危険ではない……と言いたいところだが、ステラの人間を敵視する者がいないワケではない。俺も可能ならそうしたいところだが、タイミングが悪いことに教会から護衛の依頼が来ている。お前にもだ」
「なんと……」
どうやらプルートー伯爵は、教会から発令された護衛依頼の招集のため、この屋敷に訪れたようだ。
教会の招集は最優先となるため、プルートー伯爵はもちろんバーナードも動けない状況になってしまった。
「しかし安心しろ。俺以上の適任がいる」
「適任?」
「ああ、お前が寄越した聖女の卵の片割れ――ナイン・ライブズであれば、ヤツ以上の適任はおるまい」




