第十一話 ゴルド・マーズ
――急速に意識が覚醒し、自然と目が開く。
視界に広がった見覚えのない天井に少し疑問を抱くも、直後に部屋に入ってきた男の人の姿に目を奪われ反射的に体を起こす。
「お? 嬢ちゃん、目が覚めたか」
「っ!?」
男の人は馴れ馴れしく声をかけてくるが、私はその人にまるで見覚えがなかった。
乱雑に伸ばされた赤髪に、やや彫りの深い凛々しい顔つき――こんな男の人は村で一度も見たことがない。
それに背も高く、何故か上半身裸のため嫌でも目に入る鍛え上げられた肉体は、父や兄などとは比べようもないほど逞しい。
家から出ることが滅多にない私でも、これだけ目立つ人物であれば一度も見たことがないということはあり得ないと思う。
だから恐らく、村人ではないと思うのだけど……
「なんだ嬢ちゃん、そんなにマジマジと見て――って俺が見苦しい恰好してるからか。すまねぇな。着せられるもんがそれしかなくてよ」
それと言われて体を見下ろすと、いつの間にか見知らぬ衣服を着ていることに気づく。
言葉から察するにこの服はあの男の人の上着ということになるが、一体どうして私が着ることになったのか……
「悪く思うなよ? あのままにしてたら体を冷やしてたかもしれんし、肌がかぶれる可能性もあった。それに服にも染みが残っちまう――まあつまり、スッポンポンにひん剥いて全部俺が洗ったってワケだ。俺も汚れたんだし、そのくらいの役得は許してもらうぜ」
つまり、私の服が汚れていたから着替えさせたということか。
…………っ!?
寝起きでぼやけていた記憶が、少しずつ鮮明になっていく。
そうだ……、私は確か、モンスターに襲われて……
一体、どうやって助かったのだろうか?
「あの……、アナタが、私を助けてくれたのですか?」
「あん? ……なんだ、気付いていないのか?」
気付いて……?
それはどういう………………ハっ!?
「こ、この声、まさか……」
私があのとき聞いた声は、もっと低かったように思う。
だからすぐには気づかなかったが、この声質、そして口調は、間違いなくあのときの――
「ア、アナタは、モンスター、なのですか?」
「いや、違う。俺はれっきとした人族だぜ。ただ、そんじょそこらの獣人より余程モンスターに近いっつーのは間違いないがな」
そう言って男は、左腕を誇示するように掲げる。
すると、逞しい腕がさらに太くなり、獣のような毛が生えてきた。
「これが我がマーズ家に伝わる秘術『獣変化』だ。見ての通り、俺は自らの体をある程度自由に獣へと変じることができる」
「……つまり、あのモンスターは、アナタが変身した姿という、ことですか?」
「ああ、その通りだ」
この目で見たのだから疑いようはないのだが、それでもまだ信じられないでいる。
人が獣に変化する――そんなこと、想像したこともなかった。
「変化のパターンは個人差があるんだが、俺の場合は今の部分変化に加えあと6パターンほどバリエーションがある。マーズ家の中でも最多なんだぜ?」
と、自慢げに言われても、私にとっては変化すること自体が凄いことなので、変化数の多さで評価が変わることなどあるハズもなかった。
「あの……、アナタは何者なのでしょうか? 何故、こんなことを?」
「ああ、名乗っていなかったな。俺の名はゴルド・マーズ。マーズ男爵家の長男だ」
「っ!? 男爵……様、ですか?」
身分については粗相のないよう簡単に教えられているため、男爵がとても偉い身分なことは知っている。
村長よりもずっと偉い貴族様……、そんな人が何故こんな辺鄙な場所に?
「と言っても俺は放蕩息子でな。長男の義務を放棄し、家を飛び出して好き放題している。だから貴族なんて思わず、気軽にゴルドと呼んでくれ」
「ゴルド、様……」
「いや、だから様はいらねぇって。ちなみに今は冒険者として活動し生計を立てている。嬢ちゃんを攫ったのも、そういう依頼があったからだ」
冒険者……、馬車の護衛をしていた人たちと同じ……
村長様から聞いた話では、冒険者は『何でも屋』のような存在だという。
その『何でも』の中には、人攫いのような犯罪も含まれているということなのだろうか……
だとしたら、冒険者とはかなり危険な存在なのかもしれない。
「あ、これじゃ誤解されるな。今回の依頼は冒険者としての正規の依頼じゃねぇ。俺がネリネ嬢ちゃんから個人的に受けた依頼だ」
「ネリネ……、さんの」
元々今回の話を私に伝えてきたのは、あのネリネという少女だ。
だから話の流れとしては自然なのだが、何故ただの村人であるネリネがゴルド様のような明らかに優秀そうな冒険者に依頼ができたのだろうか。
「こんな依頼をするくらいだから親しい間柄だと思ったが、意外とそうでもないみたいだな?」
「……はい。ネリネさんとは、この前一度だけ話しただけで、面識はほとんどありませんでした」
「そうか。まあ、ネリネ嬢ちゃんは何を考えているかよくわかんねぇとこあるからな。きっと裏で何か企んでいるんだろうよ」
ゴルド様は、ネリネさんがどういう人物なのかある程度理解しているような口ぶりである。
それだけ近しい関係ということなのだろうが、増々二人の関係性が見えてこない。
「つーワケで、それがお嬢ちゃんを攫った理由だ。目的は知らないから聞くなよ……っぶしっ! さ、流石に寒いな!」
「っ! お、お返しします!」
ゴルド様は平気そうにしていたが、今は12月だ。寒くないワケがない。
私は慌てて上着を脱ぎ、ゴルド様の近くへ駆け寄る。
「なっ!? おい! 何脱いでるんだよ!」
「? だって、これはゴルド様の服でしょう?」
「いやそうだけど! だからって男の前で堂々と素っ裸になるんじゃねぇよ! 今時貴族でももう少し恥じらうぞ!?」
「……? そういう、ものなのですか?」
私は今までそんな教えを受けたことはないので、ゴルド様の言っていることがよく理解できなかった。
それに、私を着替えさせたのはゴルド様自身のハズなので、今さら動揺する理由もわからない。
「そういうもんなんだ! ともかく、コレは嬢ちゃんが着ていろ!」
そう言ってゴルド様は、少し強引に上着を被せてくる。
「でも、それではゴルド様が凍えてしまいます……」
「大丈夫だ。俺にはコレがあるからな」
そう言ってゴルド様は上半身を獣に変化させる。
確かに、この状態であれば寒さについては問題ないかもしれない。
「とりあえず、夜は冷えるし細かい話は明日にして寝るぞ。悪いがベッドは一つしかねぇから、一緒に寝ることになるぜ?」
ゴルド様は何故か獰猛そうな笑みを浮かべる。
もしかして、兄がしたような行為をしようとしているのだろうか?
……正直少し嫌な記憶はあるが、ゴルド様が望むのであれば拒絶する理由はない。
「……私のことは、どうぞお好きなように」
「……いや、そんなマジな反応されても、冗談だからな? 俺は床で寝る」
「っ! それはいけません! 貴族の方が床で寝るなど……、寝るなら私が床に!」
「いや、女の子が床で寝る方がダメだろ」
「……? 私は基本的に床で寝かされていましたが」
冬場こそ布団を与えられたが、夏場などは裸で床に寝ることが多かった。
ベッドで寝た経験など、兄の相手をしたときくらいである。
「おいおい……、一体どんな生活してたんだよ……。平民だとしても普通じゃねぇぞ」
そんなことを言われても、私にとってはそれが普通だったのだ。
「ともかく、私は慣れていますので、どうかゴルド様はベッドをお使いください」
「俺が気になるんだよ! あと様はやめろって! とりあえず嬢ちゃんはベッドで寝ておけ!」
ゴルド……さんは、そう言って私を抱えてからベッドに横たえる。
「それでは、せめてゴルドさんも一緒に……」
「それじゃ嬢ちゃんが不安だろ。見ての通り俺はケダモノだぞ」
「……? それが何か?」
「……がぁぁぁぁっ! 本当どんな育て方されてんだよクソが! いいぜ一緒に寝てやるよ! その代わり、意地でも手は出さないからな!」
そう言ってゴルドさんは荒々しく私の隣に横たわり、背を向けて眠り始める。
どうやら兄のような行為は望んでいないようなので、私もゴルドさんと同じ毛布にくるまり眠りにつくことにした。




