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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

目星草 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~ん、どうにも最近、近いところを見た後で遠くを眺めようとすると、ちょいとぼやけるんだよねえ。仮性近視ってやつ?

 実際に検査して分かる視力は、どれだけあてになるんだろう。僕はどうもあの「C」の字と相性が悪い気がしてならない。

 特に右眼ばかり、どうも見づらいような感じで、左眼と視力差があるんだよねえ。


 ――なに? それガチャ目じゃないのか?


 は~、ガチャ目。これがねえ。

 そりゃ液晶を変な角度で見る機会も多い現代人、どちらかの目に妙な負担がかかるのも仕方ない話か。


 目が悪くなるかどうかも、個人差があるらしくてさ。

 視力にいい生活をしたといって、いい目でい続けられるとは限らない。そして、ちょこっこ環境が変わっただけで、視力がぐんぐん落ち込んでしまったケースも聞く。

 中には真逆で、どん底から視力を回復した人もいるかもしれないが、少なくとも僕のまわりで確認できる人はいないな。


 劣化はいとも簡単に訪れ、回復は実に時間がかかる。

 僕の感じる世界の不平等法則のひとつだな。スイッチ切り替わるように、あるもなしもすぐ変わればいいのになあ……とも思うけど、それじゃあ、ブツを大切にしよう精神が失われかねない。

 得難く、貴重なものだからこそ、人はぴんと神経を張り巡らせて、悔いのないよう取り組むことができる。

 そして、はた目に困難で不可能と思えるような積み重ねさえも、可能にしてのける。

 最近聞いた、目に関する話なんだけど、耳に入れてみないか?



 むかしむかし。

 神職に相当する仕事に、身体に不自由な部分を持つ人が就く。古来、たびたびあったのは、君も知っていることと思う。

 一説によると、生まれつき神様に捧げられたその部位を捧げられたがために、神に通じる力。神通力をその身に宿しやすいと考えられていたのだとか。

 特に目が見えない人に関しては、身体の中でも最大級の情報を受け取るまなこに、力を注がずに済む。

 自然、そのぶんの力が残りの感覚へ振り分けられ、常人には信じがたいような優れた感覚を持つことができる……というのは、僕もいくらかうなずけるところだ。


 その視覚の異状を、後天的に得んとする動きもあった。

 中には目をじかにえぐるという、きついことを行うケースも存在したみたいだけど、それは非常に危うい行為。

 何も目から完全に光を奪わずとも、常とは異なる役目を帯びさせることができれば……というのが、僕の地元の一部で伝わっていた考えだ。

 それが、とある特殊な片目の作成、いや調整というべき行いだった。



 目星草めぼしそうという草が、かつての地元には群生していたと伝わっている。

 目星をつける、などの文字は一緒だけど、方向性はちょっと違う。

 目に星が散るんだ。

 浸れば、まなこのあちらこちらで光の粒が飛び、煎じて飲めば視界がぼやける。

 摂り入れたなら、人の目がまともに仕事をしなくなる草だが、これは不思議と動物には良く作用した。

 日を通してぐったりしがちな老犬も、目星草の煎じ汁を飲ませれば、たちまち自らの足で立ち上がり、一日を元気に過ごしていく。

 おとなしい犬も、ふと遠くを見やりながら、しきりに元気に吠えたてるようになるんだ。


 目星草にならした目は、遠く一里先(約4キロ先)を見通し、それのみならず幸と不幸を見分けることができる。

 見えない者には信じがたいが、幸と不幸はいずれもトンボによく似た姿でもって、中空を泳ぐように飛んでいるというんだ。無数にね。

 幸せならば紅の色。不幸せならば紫の色。図体の大きさが、そのままどれだけの人に影響を与えるかの指標となる。

 昔より伝わる、目星草を摂取したものはそう語った。

 されども、いったん効果の出た目は多くの色を失ってしまう。中には元の目とたいして変わらぬ景色を保てた者もいたらしいが、ごく一部のみのこと。


 多くは白と黒のみが支配する世界に、身を置くことになる。

 色との別れは、ときに命にかかわる大事に至った。ゆえに片方の目のみを変えるにとどめるため、人が煎じて飲むことはまずなく。

 片目のみを目星草の汁で日々洗うことが、望まれたんだ。


 当初は神職に関係ない人も、幸不幸の見抜きをしたいがために、自前でとっては試したらしいが、問題なくこなせることのほうが少なかった。

 ある者は一度の洗顔で、目が完全に見えなくなる。またある者は寿命で亡くなるまでの数十年、毎日かかさず洗いながら、一向に効果が出ずに終わった者もいた。

 神職の家にのみ伝わる、特殊な調整があったと見られるけど、口伝じゃあ詳しいことは分からなかったな。

 それらのことがあってから、群生していた目星草はあらかた刈り取られ、神職の家が管理する限られた土地のみで育てられるようになったとか。



 目星草をめぐる出来事のひとつとして、僕が聞いたものはこれだ。

 その当代の神職を担う男も右眼を目星草により、三カ月間を経て、くだんの判断がつくような状態へ持っていったんだ。

 その変化は、一晩をはさんでの急激なもの。

 昨日には色に満ちていた世界が、目を覚ませばただ二色の支配するものに早変わり、となれば話を聞いていたとて、驚きは隠せないだろう。

 目星草の恩恵に預かる神職は、他にも複数人いる。

 一人ではあやまつ可能性のあることを、大勢で防いでいくのは定石ではあるが、その男に関しては唯一、皆と見える景色が異なったという。


 皆の話すトンボの群れは、彼には捉えることはできなかった。

 ただ左眼で見る普段の村の景色を、白黒に落とした右眼の景色で、ただ一か所、紅色に染まる箇所がある。

 他ならぬ、目星草を管理する畑の存在する高台。そこが赤々と染まっているように彼には見えたんだ。

 他の目星草の恩恵をあずかる者も、そこを見やった。多くの幸不幸の田んぼに視界を横切られながら。

 確かにほのかな紅色が見られるが、言うほどだろうか……というのが大勢の見解。

 しかし意見の分かれの放置こそが、蟻の一穴足りえる危険なこと。一同は、高台へ急いだのだそうだ。

 彼以外、皆はところどころかがんだり、身をかわしたりする動きを見せる。

 黒く不幸をもたらすトンボに、触れないようにするためだ。


 実際、現地に赴いてみたところ、彼のみならず全員が、柵に囲われた目星草たちが赤々と染まっているのを目にした。

 しかし、これはどうしたことなのだろう。

 幸不幸の色は、接触した際にすぐ効果を見せることもあれば、時間が経ってより効果が現れることもある。

 幸なら失せものが見つかることから、病気の治癒まで。不幸なら逆に物を無くし、命を落とし、場合によってはのちの凶作さえも呼び込む。

 それがいま、草たちは自らが幸運のあかしであると言わんばかりの色に染まっているんだ。



 いぶかしがる一同の中、最も早く動いたのは、やはり一晩で見る景色を一変させた彼だった。

 近くの納屋にしまっている鎌を取り出し、目星草を刈り取っていく。刈り取られたあとは、すっかり色をなくしてしまい、何事もないことを示す黒色へ変じた。刈った草は、依然かわらぬ紅色をたたえている。

 それならばと、他の皆もこぞって草を刈り始めた。

 およそ全体を刈りつくし、柵の脇へどさりと重ねれば赤き草山のできあがり。

 これをいかがしたものかと、全員が顔を見合わせ始めたところで。


 とたん、全員はおのおのの目星草の恩恵を受けたほうの目が、見えなくなってしまったのを知る。

 理由は、散っていた皆の頭を大きな鳥の手らしきものが、わしづかみにしてきたこと。その際、頭頂部から長く束になった糸の塊を、爪に引っかけて飛び上がったからだ。

 その手の主たるものの姿はない。ただ手のみが降ってきたかのような、奇怪なもの。

 健全な方の目はことごとくそれをとらえ、糸が離れるやいなや、目星草の目の視野はぷつりと消失し、真っ暗闇となってしまう。

 以降、彼らがいくら伝統の処置をしても、目星草は望んだような効用をもたらさなかったとか。


 考えるに、その鳥の手が目星草の効用を発揮するよう、発達した神経を持っていってしまったのではないかと思う。

 幸不幸を見抜けるほど、特別に育った神経。彼らにとってエサか、何かの材料か。

 いずれにせよ都合のよいものになるまで、彼らは幸不幸の見抜きという好餌に踊らされていたのかもしれない。


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