醜女の安堵
男が少女の額に短刀をあて、危害を加えようとしている姿を目の当たりにした軍服姿の男二人は、男を取り押さえるべく急いでその場に駆けつけた。
しかし、暴漢者二人とて易々と捕まる訳にはいかない。
捕まってしまえば、依頼主に迷惑がかかってしまうからだ。
何より、身元がバレてしまう。
それだけは絶対に避けなければ。
そう心の中で呟いた無口な男は、負傷した男を肩に担ぐと同時に、地面に落ちていたルイの刀を手にすると、それを軍服姿の男に投げつけた。
そして、投げつけられた刀を軍服姿の男が避けたその一瞬の隙をつき、無口な男は急ぎこの場から逃げ去ってしまった。
「お前はあの不審者を追いかけろ!」
「了解しました!」
―――絶対に逃がすものか。
そんな気概が見受けられる上官らしき男は、部下らしき男にそう指示をすると、壁に寄りかかりケホッと咳き込んだアリスに、
「怪我してるのか!?」
そう声をかけながら慌てた様相で傍まで駆け寄り、彼女に目線を合わせるべく膝をついた。
「切り傷はなさそうだが、どこか痛めてる?」
「せ・・背中・・・壁・・に・・打ち・・ケホッ」
「力任せに壁に打ちつけられたのかい!?」
「は・・・い」
こんないたいけな少女に何て事をしやがる・・・と、憤りを見せた軍服姿の男は、近くに倒れているルイや護衛、従者にチラリと目線を走らせると、再びアリスへと視線を向け、何が起こったのかを訊ねた。
「こんな時に申し訳ないが、質問に答えてほしい」
「は・・・い」
「上手く話せない時は、頷いたり左右に首を振ったりして意思を伝えてくれ」
「分かり・・ま・・した」
「ここで倒れている人間は、斬られたのか?」
「違・・う・・気絶・・」
「気絶してるだけなんだな!?じゃあ、狙われたのはキミだけだったと?」
「た・・ぶん・・・」
アリスの答えを聞いた軍服姿の男は「なるほど」と呟くと、再度、倒れている人たちへと視線を向けた。
確かにアリスの言う通り、パッと見、外傷は見当たらない。
これならば、多少は安心出来る。
要は気を失っている連中を、多少強引なりとも目覚めさせれば済む話だ。
そう胸の内で呟いた軍服姿の男は、
「このままでは悪目立ちするから、ひとまず移動しよう」
と、口にしたかと思うと、身なりの良いルイをヒョイと抱きかかえ、停車してある馬車の中に入り、その体をシートに横たえた。
そして、返す足でアリスの元へ戻ってくると、今度は彼女を抱きかかえ、同じく馬車の中へと移動した。
「倒れている護衛と従者を起こしてくるから、キミは馬車の中で待っていなさい」
「はい・・あり・・がとう・ござい・・ます」
ルイとは対面となるシートに横たわったアリスは、自分を運んでくれた男性に礼を述べると、ふうっと軽く息を吐き、やっと安全圏内に逃れられたという安堵感を覚えた。
―――取り敢えず、危機は脱したみたい。
助けてくれた男性は、自分に短刀を向けた男とは明らかに違う。
まとう空気も雰囲気も、何もかもが真逆だ。
剣術を習う者として、それくらいは分かる。
と、アリスは心の中で呟いた。
―――軍服を着てたって事は、国防軍に所属してるのよね。
それは当然である。
軍服を着ているのであれば、軍に所属していると見て間違いない。
むしろ、軍に所属していないのに軍服を着ている方が大問題だ。
関係者でもないのに無断で軍服を着れば間違いなく捕縛され、投獄された後、刑罰が与えられ野に放たれる。
―――ここが日本なら「コスプレかな?」とも思えるけど、生憎とこの世界にコスプレなるものは存在しないしね。
などと自問自答していたアリスの耳に、馬車の扉が開く音が聞こえてきた。
「ブロワ公爵家の方でしたか」
「えっ!?」
何故、自分たちがブロワ公爵家の人間だと分かったのだろう。
馬車には家紋が入っていないはずだけど。
と、言いたげなアリスの視線を受け、軍服姿の男は苦笑いしながら、血を拭ったルイの刀を手渡し、
「この刀の柄の部分に、ブロワ公爵家の家紋が入ってますから」
と、答えた。