醜女の覚醒
一体、何がおこったのか。
何故、自分たちが襲われなくてはならないのか。
何がどうなって、こんな状況に陥っているのか。
アリスには何一つ、理解出来なかった。
今日は、大好きな兄であるルイの誕生日で、楽しい一日を過ごすはずだった。
実際、つい先ほどまでは幸せな時間を過ごしていたのだ。
それなのに、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。
―――何で兄上が・・・兄上が私を庇って・・・私のせいで兄上が・・・。
何も悪い事などしていないのに。
陰謀に巻き込まれない様に、大人しく領地で過ごしていたのに。
どうしてこの男二人は、ブロワ公爵家を襲ったのか!?
そう心の中で自問自答するも、アリスは答えを見出せずにいる。
そんなアリスを前に、男は歪んだ笑みを浮かべながら、これ見よがしに短刀をひらひらとかざした。
「さて、邪魔者たちは“おねんね”してもらったよ!?お嬢ちゃん」
一歩。
「あんまり時間をかけたくないんでね。サクッと終わらせるよ。」
また一歩。
「悪く思わないでくれよ!?仕事なんでね」
更に一歩。
確実に間合いを詰めてくる男を、アリスは凍てつくような冷めた目で見つめた。
そんな彼女の心に吹き荒れる感情は、果たして何なのか。
恐怖?それとも焦燥?諦念?そうではなく絶望?
いや、それ以上に芽生えた感情がある。それは・・・・
―――兄上を傷つけた!絶対に許さない!
底知れぬ赫怒。
抑えきれぬ怒りの炎は、アリスの心を熱くたぎらせる。
そして、そのたぎる心は結果的に、彼女の奥底に眠る闘争本能を呼び起こす事となった。
男が自分を傷つけようと短刀を振りかざした瞬間、
「やぁぁーーーっ!!!」
気絶したルイが握っている刀を奪い取ったアリスは、居合腰で男の脛をなで斬りし、返す刀で左腕を斬つけると、そのままの勢いで男の脇腹に刀を突き刺した。
そして、男が手で腹を抑え蹲ると同時に、アリスはさっと間合いを取り、血濡れた刃先を尚も男に向けて威嚇した。
「黙ってやられるものか」
「ぐっ!お嬢ちゃん。やるねぇ」
「兄上に危害を加えた事、後悔させてやる!」
そう言うや否や、アリスは男を袈裟斬りにするべく刀を構え、振り下ろそうとした。
だが、
「キャッ!?」
気配もなく、いきなり背後から現れたもう一人の男がアリスの右手首を力強く掴み、動きを封じた。
そして、彼女の手から刀がこぼれ落ちたのを確認すると、
「ぐっ!!」
掴んだ右手首を軽々持ちあげ、勢いをつけずそのままアリスを壁に打ちつけた。
「お嬢ちゃん、残念だったな。俺を斬りつけたまではよかったのになぁ」
「っ!!」
「俺に気を取られ、ソイツの存在を忘れていただろ」
そう口にした男は、突き刺された脇腹を左手で抑えると、もう片方の手で短刀を握り直し、アリスにじりじりと近づいていった。
―――しまった。目の前の男にばかり気を取られ、忘れてたわ。かなりヤバい状態じゃないの。
確かにこの男の言う通り、アリスは失念していた。
もう一人、暴漢者がいた事を。
あまりにも無口すぎて、存在自体を忘れていたのだ。
それが結果的に命取りとなり、今こうしてピンチを迎えている。
「お嬢ちゃん、ちょっとだけ傷つけさせてもらうよ」
「!?」
「壁に打ちつけられて背中を痛めた?それで、声が出ないのか。そりゃ好都合だ」
クックと喉を鳴らし厭な笑みを浮かべた男は、短刀をアリスの額にピタリとあてた。
そして、そのままスッと横に刃先をずらそうとしたその瞬間、
「そこで何をしている!!」
男を誰何する大きな声が響き渡った。