醜女の危機
事件が発生したのは、ルイが13歳の誕生日を迎えた日だった。
誕生日プレゼントと称し、ルイがアリスに、
「一緒に領内を散策しよう」
と、「おねだり」をした、あの日の事だ。
約束通り、二人は領内の食事処で料理を堪能してから、腹ごなしに公園を散歩し、雑貨屋で手ごろな文房具を購入してから帰路につく予定だった。
だが、雑貨屋の裏手の通り道に停めてあった馬車に乗ろうとしたところ、
「やっとお出ましか」
「「「何者だ!!」」」
「あ、兄上!」
「アリス、僕の後ろに隠れて」
馬車の陰から姿を現した二人のならず者が、ルイとアリス、そして護衛と従者に声をかけた。
「お前たち、目的は何だ。金か!?」
「まあな」
護衛がそう誰何するも、どことなく煮え切らない返答をするならず者に、ルイは多少なりとも違和感を覚えた。
その返答は『金が目当て』とも受け取れるし、『金以外が目的』とも受け取れる。
実に曖昧な物言いだ。
それに、強盗団の一味の様な恰好をしてはいるものの、
「人品骨柄卑しからず・・・だな」
「それは光栄だな」
自分の言葉にそっけなく返答したならず者の様子を見る限り、少なくとも彼奴らが平民ではない事がうかがい知れた。
何故なら、根っからのならず者とは、かもし出す空気が全然違うからだ。
受け答えや物言いは、貴族そのもの。
本人はそれを隠そうとしているつもりなのだろうが、そもそもが『人品骨柄卑しからず』なんて難しい言葉を、平民が知っている訳がない。
だが、目の前の男は、明らかにこの言葉を理解し返答をした。
―――間違いなく、この男は貴族。もしくは、元貴族だ。
そう確信したルイは、もう少し情報を得ようと考え、自分を守る護衛たちの背後から男に話しかけた。
「僕たちを狙ったのは偶然?それとも必然?」
「どうだろうな!?」
「僕たちが何者か、理解しているのか?」
「お貴族様だろ?」
ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた男は、決定的な事は口にしない。
それが返って不気味で、ルイの焦燥感を煽る。
もし、自分達を単なる貴族だと思い、襲撃しようと言うのならば、
「平民が貴族を襲った場合、一族郎党もろとも処刑されるぞ」
と忠告し、手を引かせる事も可能だが、目の前にいる二人の男は単なる平民ではない。
いや、無口を貫いているもう一人の男は平民かもしれないが、普通の平民とは雰囲気が違う。
明らかに、特殊訓練を受けた闇の人間特有のニオイがするのだ。
その事にルイは勿論、護衛たちも肌で感じ取っていた。
だからこそ、迂闊にこちらの身分を口にする訳にはいかない。
事と次第によっては、火に油を注ぐ結果を招いてしまうから。
―――さあ、どうする。
このままにらみ合いを続けていても埒が明かない。
かと言って、襲われてもいないのにこちら側から手を出せば、過剰防衛を問われてしまう。
そうなるとブロワ公爵家の醜聞となり、家名に泥を塗る事になる。
それだけは避けなければ・・・と、ルイが心の中で呟いた時、
「このまま膠着状態が続けば、異変を感じた人間が近衛団の衛士を呼びに行くかもしれない。それだけは避けたいんでね。悪いが、こちらから手を出させてもらうよ。なぁ~に、ほんの数秒で終わる。お坊ちゃんの後ろに隠れているお嬢ちゃんに少しだけ傷をつけたら、俺たちの任務は終了だ」
などと物騒な事を口にした不気味な男は、やおら懐から短刀を取り出し鞘を抜くと、刃先をアリスへと向け、害意を露わにした。
つかみどころのない雰囲気から一転、身にまとう空気感をガラリと変えた男からは、背筋が凍りつきそうなくらいの殺気が放たれている。
正直、ここまであからさまな殺気を向けられた事のないルイなどは、呼吸するのを忘れるくらい、体をすくませてしまった。
そして、ルイほどではないもののブロワ公爵家の護衛たちも、今まで経験のないくらいの殺気を浴び、萎縮してしまったようだ。
息苦しいほどの圧、呼吸をするのも忘れそうなくらい強い害意。
それにあてられた感のあるルイは、それでも妹のアリスだけは守らねばと心を奮い立たせた。
「彼女が何者なのか、それを知っての狼藉か!?」
「さあね」
「後悔する羽目になるよ!?」
「後悔するしないは、俺自身が決める事だ」
さあ、問答はここまでだと捨て台詞を吐いた男は、あっという間に間合いをつめ、ルイに襲い掛かった。
だが、護衛たちも指をくわえ黙って見ている訳にはいかない。
ブロワ公爵の令息と令嬢を何としても守らなければ、護衛として名折れとなるからだ。
何より、彼らの護衛としての矜持が許さない。
だから護衛たちは、自分たちより腕が数段上だと分かる相手であっても、ひるむ事なく果敢に応戦した。
数的には、護衛たちの方が有利。
しかし、戦闘的には二人のならず者の方が場馴れ感があり、圧倒的に強い。
それを証拠に、ならず者はあっという間に護衛たちを倒していった。
「兄上。あの男たちは、短刀で護衛たちを斬りつけるのではなく、柄の部分で当て身を食らわせています」
「当て身?」
「そうか。当て身って言葉は日本語だから・・・えっと・・・急所を突いて、気絶させています」
「狙いはアリスだけだから、むやみに他者を傷つけないって事か」
危害を加える対象者はあくまでアリス。
だから、無暗やたらと殺生はしない。
それを、こちら側に意思表示しているのか。
と、独りごちたルイは、念の為にと帯刀していた刀を抜くと、その刃先をならず者に向けた。
「ほう・・・剣ではなく刀か。これは面白い」
などと楽しそうに言い放った男は、短刀を逆手に持ち、ルイに対し構えをみせた。
余談ではあるが、アカツキ皇国では武器として『剣』と『刀』が使われる。
とは言っても、主流は剣であり、刀を自在に操れる者は少ない。
何故なら刀は繊細で扱いが難しく、技術を習得するのに時間を要するからだ。
だから、刀の遣い手は剣豪と呼ばれる者が多い。
一方の剣は、相手を突き刺す事に長けており、戦いの場で重宝される。
よって、貴族から平民まで馴染みが深い武器として好まれており、剣が一般的に主流となっているのだ。
ちなみに、刀を保持できるのは貴族のみと法で定められており、平民が手にする事は出来ない。
なのでルイは、
「その構えからして、お前は刀の扱い方に慣れている。つまり・・・貴族だな」
間合いを取りながら男に声をかけ、どんな反応を示すのか様子をうかがった。
しかし、そんなルイの思惑はお見通しだと言わんばかりに、男は不敵な笑みを浮かべるだけ。
だからルイは、それならばと更なる揺さぶりをかけてみる事にした。
「刀は貴族だけしか扱えない。そして、お前は刀での実戦の経験がある。となると、国防軍で幹部職だった可能性があると考えるのが妥当だと思うが!?」
ルイが口にしたように、幹部候補生が通う士官学校では、必ず刀の訓練を受ける。
だから、国防軍の幹部たちは一様に刀が扱えるのだ。
それを知っているからこそ、揺さぶりをかけてみたのだが、男は反応を示さない。
だったら次は、もう一つの可能性を示唆し、動揺させてみるか。
そう考えたルイが言葉を紡いだ時、
「もしくは、皇家の隠密―――ぐっ!!?」
「兄上ぇぇぇ―――!!」
男が疾風の如く詰め寄り、あっという間にルイの首元に峰打ちを食らわせ気絶させた。




