醜女の足掻き
前世持ちに加え、『アカツキ皇国』の国史書を手にしているというアリスからの爆弾発言から数日が経ち、ブロワ公爵は落ち着きを取り戻していた。
表面上は・・・であるが。
そんな中、
「どうしてもやりたい事がある」
「絶対に許可してほしい」
またしても、アリスが一波乱巻き起こしそうな発言をした。
今まで一度たりとも、自らの要求を口にした事がなかったアリスだけに、父親は面喰った。
「急にどうしたんだ?」
「前世でどうしても、やってみたかった事があるんです」
「前世?ああ、ニホン人の時か」
6歳らしからぬ意志の固い眼差しは、決して嘘ではない事を物語っている。
何が何でもやり遂げたい。
そんな確固たる信念が、全身からみなぎっていた。
だから父親は軽く受け流す事なく、アリスと真正面から向き合おうとした。
「やりたい事を言ってみなさい」
「私も兄上みたいに、剣術を習いたいです」
「剣術!?」
思いもよらぬ返答に、父親は思わず目を見開いた。
てっきり「買い物に行きたい」だとか、「食事をしに行きたい」だとか、そういった女性が好む事を要求してくるかと思ったからだ。
まさか、6歳の女の子が剣術を習いたいなどと望むとは。
いや、見た目は6歳の女の子だが、中身は18歳で命を落とした前世日本人である。
何か、考えがあっての発言かもしれない。
などと、心の中で多少の動揺をみせたものの、父親はそれをおくびにも出さない。
剣術を習いたいという予想の斜め上をいく言葉を放ったアリスに、父親は「何故、剣術を習いたいのか」と訊ねた。
「強くなりたいからです」
「強くなりたい理由は?」
「自分の身は自分で守りたいから。そして、父上や母上、兄上を守りたいからです」
「私は剣を使える。その剣で家族を守れる。よって、守られる必要はない」
「それでも家族を守りたい!私の家族を・・・守りたい」
やっと、家族という温かな存在を手にする事が出来たのだ。
この幸せを壊したくないし、壊されたくない。
だから自らの手で、やれる範囲でブロワ公爵家を守りたい。
そう滔々と話したアリスは、間髪入れず言葉を続けた。
「それと、剣術には元々興味があったんです。武士に強い憧れがあったから」
「ブシ?」
「あ、ココでは剣士って言うんでしたね」
「剣士か」
「はい!」
心を閉ざしていた前世のアリスにとって、読書をする時間は何よりの癒しだった。
まるで、自分が物語の世界で生きているかの様な、そんな疑似体験が出来るからだ。
その中でも好きだったのが時代小説で、特に戦国武将や幕末志士に憧れを抱いた。
だからアリスは、小説に出てくる武将のように、剣をふるいたかったのだ。
「女剣士にでもなるつもりか」
「女剣士!素敵です」
「女剣士になるにはアカデミーではなく、国防軍女学校に進学する必要がある。厳しいぞ。耐えられるか?」
「この世界で生き抜く為なら、耐えてみせます」
アリスに力強い眼差しを向けられ、決意表明みたいな言葉を浴びせられた父親は、フッと軽く息を吐きながら、複雑な表情を浮かべた。
アカツキ皇国には国防軍なるものがあり、その名の通り、国防を主な任務としている。
そこで働くには、専門の学校に通わねばならない。
軍の幹部候補生は士官学校へ。
軍人を目指すなら国防軍養成学校へ。
女性軍人を目指すなら国防軍女学校へ。
学校生活は厳しいものになるが、国を守る為に避けては通れない道だ。
そんな道に、アリスは敢えて足を踏み入れると言う。
それは何故なのか。
「女剣士になるという夢以外に、何か思惑がありそうだな」
「はい」
「聞かせてもらえるかな?」
「軍人は、皇家と縁組できない規則があります。なので、私が女性軍人になれば、必然的に皇家と距離が置けるかと」
「皇太子妃候補から確実に外れる為に?」
「そうです」
キッパリそう告げたアリスの目に、迷いは全くなかった。
アカツキ皇国は過去の教訓から、皇家と軍人は婚姻を結べないという法律が制定されている。
これはかつて、皇位継承順位を巡って一人の皇子が、国防軍に在籍する義理の父親と共謀し、クーデター事件をおこしたからだ。
皇家の内輪揉めのせいで国内の田畑は荒れ、民衆の生活は困窮し、野盗がのさばるなど治安が悪化した。
おまけにその年は天候まで悪化して、作物の収穫が前年の半分ほどにまで低下。
それなのに国は、税収を引き下げるどころか倍にするとお触れを出した。
「皇家の後継者争いなんて、俺らには関係ないだろ!」
「後継者争いで国が乱れたのは、皇家のせいだ!それなのに税収を上げるだと!?」
「国は民に死ねと言っているのか!!」
「民を苦しめる皇家なんていらねぇ!!」
などという怨嗟の声が各地から上がり、民衆は蜂起する一歩手前まで追い詰められた。
しかし、寸でのところで、皇家は最悪の事態を回避。
当時、民衆から慕われていた皇帝の弟が政を見直し、事なきを得たのだ。
結局、国を荒らした責任をとって当時の皇帝は退位、皇子は全員が後継者候補から外れ、皇帝の弟が皇位の座に就いた。
そんな事件が過去に勃発した為、皇家と軍人が縁づく事は固く禁止された。
それを逆手にとり、皇家との縁組を回避しようとアリスは考えたのだ。
「悪手とは思わないが、最良とも思えない」
「ですが父上、何もせず手をこまねいている場合ではありません。少しでも変えなければ」
「ブロワ公爵家どころか、この国の未来も危うい・・・か!?」
「はい。何か行動しなければ、未来は変わりません」
アリスの言葉は、ごもっともな発言だ。
この先の行く末が分かりきっているのに何もしなければ、小説通りの筋書きに物事は進んでしまう。
だからこそ、足掻く。
最悪のシナリオを回避する為に。
アリスは足掻きに足掻く。
「私が軍人になれば、必然的に兄上も、第一皇女殿下との縁組は消えるかと思います」
「だといいがな」
何もせず、手をこまねいているよりかはマシだろう。
そう結論づけた父親は、アリスに剣術を習う許可をだした。