醜女の家族
「アリスの話、お前はどう思った?」
「どう思うも何も、驚きの連続で頭がついていけませんわ」
「まあ、そうであろうな。そなたはどうだ?ルイ」
「僕も驚いてしまって・・・でも!!」
「でも?」
「アリスは嘘を言ってないと思います。6歳の子供が話す内容ではありません」
と、断言したアリスの兄であるルイ・ブロワは、顔を強張らせながらも「妹を信じます」と告げた。
確かに、信じざるを得ない内容ではあった。
年端も行かぬ少女にしては、皇宮内の事を知りすぎている。
しかも、内政に携わる一部の人間にしか知り得ない情報を、6歳のアリスは把握していた。
「話を整理しよう。まずはルイ、お前からだ。アリスの話を信じるならば、ルイは第一皇女殿下と婚姻関係を結ぶ事になる」
「はい。側妃腹の姫御子様ですね」
「ああ。そして、アリスは皇太子殿下の正妃になり、皇国を牛耳ろうと画策した・・・と。そう罪を捏造されたと言っていたな」
「はい。しかし、アリスにはそんな野望を抱くほどの度量はありません。あの子は引っ込み思案です。完全にマルチーノ公爵の謀だと思います」
「何故、そう言い切れる」
「ブロワ公爵家の影響は計り知れない。そんなブロワ公爵家の僕が、皇女殿下と婚姻関係を結んだとなると、政局の流れは大きく変わります」
レイが第一皇女と結婚したとなれば、周囲は当然、ブロワ公爵家は側妃の側についたと思うだろう。
そうなると、日和見的だった貴族達は堰をきったかの如く、側妃の勢力に流れる。
何故なら、ブロワ公爵は人望が厚く、切れ者だと評判の人物だからだ。
そんな人間が側妃陣営を選んだのだから、間違いない。
よし、自分達もブロワ公爵についていこう。
そう考える貴族がいてもおかしくないのだ。
それに焦りを覚えた正妃陣営がアリスを利用し、流れを変えようとしたのではないかとルイは踏んだ。
「ブロワ公爵家が皇家と縁を結んだ事に焦り、正妃殿下の力を借りて、罪をでっち上げたのではないでしょうか?マルチーノ公爵は。このままでは側妃陣営に流れが傾く。そうなると、側妃陣営から糾弾され、今の地位から転げ落ちる・・・と」
「糾弾?」
「正妃殿下の廃妃、皇太子殿下の廃嫡、マルチーノ公爵を爵位はく奪の上、国外追放。これを要求するのではないでしょうか?側妃陣営は」
「そんな事態が起こる前に、マルチーノは先手を打ったと!?」
「と、僕は思います」
皇太子妃の座を狙うアリスと、皇女の夫であるルイが共謀し、ブロワ公爵が手助けをして皇家を混乱に陥れようとした。
ブロワ公爵家は皇家に叛意あり。
つまり、国家反逆罪にあたる。
そう罪をでっち上げ、ブロワ公爵家を排除しようとしたのではないか。
多少・・・いや、かなり強引な手ではあるが。
「10歳の子供が話す内容ではないな」
「僕は、前世持ちでも生まれ変わりでもありませんよ?」
「分かっている。ルイはただ単に、頭がキレるだけだ。空恐ろしい息子め」
「お褒めに預かり光栄です、父上」
「・・・あなた」
今まで口を挟まず、二人のやり取りをじっと聞いていた夫人だったが、ここでやっと口を開いた。
「アリスを皇太子妃に・・・と、ルイが皇女殿下をそそのかし、皇太子殿下を傀儡にして皇家を乗っ取ろうとした。この計画は、側妃殿下も黙認していたと騒ぎ立てたのではなくて?マルチーノ公爵は。側妃殿下と、ブロワ公爵家を失脚させる為に」
「ふむ」
「でしたら、ルイとアリスに皇家と接点を持たせない様、対策を練りませんと」
「跡目争いに巻き込まれない様にか?」
「ええ」
ルイがどの様な経緯で第一皇女と婚姻関係を結ぶのかは不明だが、何もせず手をこまねいている訳にはいかない。
放っておいたら、破滅の道へまっしぐらなのだから。
ブロワ公爵家も、アカツキ皇国も。
「確証は持てないが多分、アリスは皇太子妃の候補にあがっていたのではないか?」
「まあ!あの子は可愛いですから当然ですわね」
「それは私も同意だが、しかし世間的に見れば、アリスは決して恵まれた容姿という訳ではあるまい!?」
皇太子妃はのちの皇后だ。
皇帝と同じく、国の象徴とも言えるべき存在。
だから当然、見目の整った良家の娘が選ばれる。
国内外にアカツキ皇国の威厳を知らしめる為にも、他所の国に侮られない為にも。
なので、醜女であるアリスが皇太子妃候補に挙がるなど、万に一つでもあり得ないのだ。
それなのにどうして、跡目相続争いに巻き込まれる事になるのか。
「嫁の貰い手がない可能性があるアリスを皇太子妃候補にして、ブロワ公爵家に恩を売ろうとしたのかもしれないな」
「ブロワ公爵家を取り込みたいと考える正妃殿下が?」
「ああ。アリスを候補に入れた後、罪を捏造し、ブロワ公爵家を破滅させる。そんなシナリオを描いたのかもしれん。何にせよ、皇家とは深く関わらない様にせねば」
「そうですわね」
「後は、跡目相続争いも長引かせてはならない。他国に攻め込まれ滅亡する」
一番の問題点はそこだ。
覇権争いは、国の滅亡と直結する。
穏やかで野心のない側妃が正妃ならば、最悪のシナリオは避けられるのだろうが、現実はそうはいかない。
争いの元凶である傲慢で欲深い正妃と、マルチーノ公爵を何とかせねば、アカツキ皇国に明日はない。
「まだ時間はある」
悠長な事も言ってはいられないが、焦ると墓穴を掘る。
ここは熟考し事に当たらねば、足元をすくわれる。
そう口にしたブロワ公爵に、夫人とルイは深く頷いた。