鏡の中の私
怖い話をしましょうか。
私にとっては、愉快な話でもあるんだけど。
もう10年も前の話、この家には小さな女の子がいたの。
華奢で大きな目をしていて、とても好奇心旺盛な子だったわ。
癖っ毛が少し気に入らなかったけど、造形は及第点ってところね。
困ったことや考え事をするときに、巻き毛をパスタのように指でクネクネと撒きとる癖が、チャーミングで可愛らしかったかしら。
頭の良い子ではなかったから、物理のことなんてチンプンカンプンだったのでしょうね。
鏡の中に入れないのは、鏡に映った自分が押し返すからだと信じていたわ。
ほら、鏡に手を伸ばしてみて。
中の自分が、あなたを招くまいとして押し返すでしょう?
だから鏡の中に入れないのだと、彼女はそう信じていたわ。
疑わず強く信じることは、とても大事なことなのよ?
少なくとも、私にとってわね。
巻き毛をクルクル指で巻き取りながら、彼女なりに色々考えたのでしょう。
毎日毎日、鏡の中の自分に話しかけていたわ。
笑ったり、おべっかしたり、少し拗ねてみたり。
仲良くなれば、鏡の中に招待してくれるとでも思ったのでしょうね。
だけど鏡の中の自分は、いつもヘラヘラと笑うだけで、一向に心を開いてなんてくれやしなかった。
業を煮やした彼女は、ついには鏡の中の自分を出し抜くことにしたの。
深夜2時にこっそりと起きてきて、明かりもつけずに手探りで鏡を探してた。
こんな夜更けですもの、鏡の中の自分は、ベッドの中でぐっすりと眠っていると思い込んでいた。
我慢しきれずに、時々クスクスと笑い声を噛み殺していたわ。
本当に馬鹿な子。
どうして気づかないのかしら。
鏡の中のあなただって、鏡の世界に憧れるあなたと同じように、外の世界に出たがっているって。
鏡に手を伸ばす彼女の腕を掴んだとき、「ヒィ」とリスのような悲鳴をあげてたわ。
それから?
さあ。彼女はどうしているのかしら。
私は深夜に鏡を見るなんて馬鹿なことしないから、その後のことは何も知らないわ。
どう?この姿。
癖っ毛は気に入らないけど、造形は及第点ね。
困ったことや考え事をするときに、巻き毛をパスタのように指でクネクネと撒きとる癖は、チャーミングでとても気に入っているわ。