文化祭の演目で「ロメオとジュリエッタ」をしているのだが、「この婚約は破棄させてもらう」と悪ノリしたらヒロインもノッて来た
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「えぇい、貴様が——貴様が全てを狂わせたのだ!」
「馬鹿なことを! 僕とジュリエッタを引き離したのが彼女の死の原因だと——何故分からない!」
県立港山高校の体育館の壇上で、二人の青年が丸めた新聞紙を片手に大立ち回りを繰り広げている。
今日は文化祭であり、ちょうど今、2年D組の「ロメオとジュリエッタ」の演目が行われているところだ。
脚本、演出を学校一の文学女子と呼ばれる葵が務め、主役であるロメオ役に野球部のエースであり文武両道の男こと隆之が……相手役のジュリエッタには絵に描いたような大和撫子であり、弓道部の新部長に就任した瑠衣が抜擢されていた。
校内でもファンクラブがあるほど人気のある主役とヒロインのおかげか、体育館に用意されていた座席は8割がた埋まっている。
だが大好評かと問われれば、一部のファンが熱い視線を送っているものの、場面場面で予定調和的な拍手がある程度であった。
そもそも「ロメオとジュリエッタ」は親同士の反対により結ばることのない愛し合う二人が、すれ違いの果てに命を失う悲恋の物語である。
有名なラストシーンでは、毒を飲み仮死状態のジュリエッタを見て、死んだと思いこんだロメオが、ジュリエッタの婚約者であるバリストンと決闘する。
決闘に勝ったロメオだが、愛しき人の死を悲しみ……自らも毒を飲んで命を絶つ。
僅かな差で仮死状態から目を覚ましたジュリエッタも目の前で死にゆくロメオの後を追って、短剣を自らの胸に突き刺すという切ないものだ。
脚本を担当した葵は、そのラストをハッピーエンドに書き換えたのだが……すでに情報は噂となって学校中に広まっている。
それもまた盛り上がりに欠ける要因になっているだろう。
壇上では、突き出されたレイピアを胸元ギリギリで避けたロメオが相手の首を切りつけ、パリストンがよろめきながらうつ伏せに倒れるところだった。
1番の盛り上がりを見せるはずのアクションシーンだったが……やはり義務的な拍手が鳴り響いただけである。
——これは失敗したかも。
そう考えた葵はスケッチブックを取り出すと、マジックを走らせた。
決着はついた。だが愛しき人を失った悲しみは消えはしない。
目を閉じて天を仰ぎ、毒の入った小瓶がロメオの唇に触れた時——仮死状態から目覚めたジュリエッタが舞台の上に現れる。
「——ロメオ!」
声に反応したロメオの手から、持っていた小瓶がするりと抜けるように下に落ちた。
「ジュリ……エッタ!?」
あとはジュリエッタがロメオへと駆け寄り、抱きしめあい愛を再び誓って終わりを迎える……はずだった。
だがジュリエッタが走り出そうとしたその時——葵から指示が飛ぶ。
『予定変更——脚本は全て忘れて、アドリブで!』
丸投げであった。
そのカンペを見て、瑠衣は足を止めて考えた。
ここはスルーパスだと。
微かに動いた相方の視線を見た隆之は、「そんな——まさか!?」と首を振りながら舞台袖を確認する。
カンペを見た彼は自身の目を疑い……二度見して、心の中でも「そんな——まさか!?」と呟いた。
ゆえに口パクで抗議する。
いや、もうこのまま終われば良くない? ——と。
だが葵は分かってないなと首を横に振ったあと、眼鏡をくいと持ち上げた。
せめてまともな指示を出せと思いつつ、隆之は何かを諦めたようにジュリエッタに向かいあう。
「ジュリエッタ——生きていたのか?」
「はい。あれはロマンス神父様から頂いた仮死状態になる薬を飲んでいたのです。貴方と……ロメオと共に生きるために!」
予定通りのセリフを返す瑠衣に、『あぁ、こいつも丸投げするつもりだ』と隆之は確信した。
ならばお望み通り、とことんやってやろうと。
「ジュリエッタ……残念だが、この婚約は破棄させてもらう!」
会場がどよめいた。
いや、婚約してたのはそこで倒れているパリストンだろ? ——と。
「お待ちください! いったい何を根拠に婚約破棄などと言うのですか!」
瑠衣もノッて来た……今までの素人演技が嘘のように、悲しみと戸惑いの表情を浮かべて。
ほぅ、対応してくるか……じゃあ、これではどうだ?——と隆之はギアを一段上げた。
「僕が何も知らないとでも? ロマンス神父は闇の組織『ブラックマンデー』の幹部だ。それに通じている君もブラックマンデーの一員なんだろ?」
「そんな!? 何かの間違いです! そんな組織、私は知りません!」
声を張り、涙ながらに訴えるジュリエッタに、観客であった男たちは胸を締め付けられ、その拳を力強く握りしめる。
「もういい……もういいんだよ。思い返せば君と出会ったパーティで起きたマルガリン令嬢毒殺事件……犯人は君だったんだね?」
「ち、違います! あれはマルガリン令嬢が——!?」
思わず口に出た言葉に……ジュリエッタは口を手で押さえて俯いた。
「マルガリン令嬢は……マルガリンは僕の……生き別れの妹だ。あの日の前日、妹は言っていたよ『ようやくブラックマンデーの尻尾を掴んだ』とね」
ジュリエッタは体を震わせた。
果たしてそれは演技なのか、はたまた笑いを堪えているのかは分からない。
一方の葵は「これは客席から見てる方が面白いよね!」と、最前列に位置取っている。
「——待て! ロメオ!」
ここに来て第三者の登場である。
「ロマンス……神父?」
こぼれ落ちるような言葉を発した隆之は驚きの表情を見せた。
何せ神父服を着た男が変わっていた。それどころか2年D組の生徒でも無い。
その正体は——軽音楽部に所属する2年C組の男、名は光司。
学校一モテる男の登場に、黄色い声援が飛び交う。
「どうしてここに?」
ジュリエッタの呟きはむしろ素であったの対し、最前列の葵は腹を抱えて笑っている。
※ちょいと説明です。隆之、瑠衣、葵、光司、あと智香と孔明は学校でも羨望の眼差しを受ける仲良し6人組である。
おおよそ「何故こんな面白いものに俺は参加してないんだ」と、半ば無理矢理に光司が参加したのだと、残りの5人は悟った。
「いいか、ロメオ。マルガリンは生きているんだ!」
「お兄様!」
さらに現れたのは衣装を着替える時間を諦め、制服姿でロメオに駆け寄る智香であった。
「マルガリン! あぁ、生きて……生きていてくれたんだね?」
「お兄様、ロマンス神父は……ロマンス神父はわたくしの協力者なのです!」
——マジで!? と、ロメオとジュリエッタが神父を見れば、光司はバサリと神父服を脱ぎ捨てた。
「俺はブラックマンデーに潜入していた捜査官——フィーバーフライデーの一員だったのさ。そして……ジュリエッタこそがフィーバーフライデーの創始者であり、ブラックマンデーの総督は——そこで倒れているパリストンだ」
いつまで倒れていればいいんだと考えていたパリストンだったが、突然の名指しに思わず「えっ!?」と、声を上げる。
だが彼の出番は、すでに終わっている。
「黙っていて……ごめんなさい」
「……ジュリエッタ」
歩み寄るロメオとジュリエッタ。
観客達が息をつめ見入る中、物語は最高潮を迎えていた。
ロメオの右腕がジュリエッタの右肩に乗り、またジュリエッタの右腕がロメオの右肩に置かれる。
偽神父と妹が見守る中、ジュリエッタは柔らかな笑顔でロメオと視線を合わせた。
「これだけは信じてください。私の心にあるのは一人だけ……ロメ——」
「いや、そりゃ孔明だろ?」
いきなり現実を持ち込んだ爆弾発言に、光司と智香は口を押さえてプルプルと体を震わせその場にうずくまった。
流れ弾は客席にいた一人の男に直撃する。
実のところ瑠衣は孔明に惚れており、未だ告白出来ずにいた。
その恋心を知るのは隆之、光司、智香、葵の4人だけである。
——今、この時までは。
ファンクラブも存在する瑠衣である。
男達の殺気は一人の男に向けて放たれていた。
一方のジュリエッタは、顔を赤らめてパクパクと口を動かすだけ。
「と、言うわけでだ。ロメオ交代だな。おい、孔明!」
隆之の呼びかけに、殺気と、憎しみと、嫉妬の籠った視線を浴びる男が壇上に上がった。
場所を明け渡すように下がった隆之は、笑いを堪えきれない光司と智香の肩を叩いた。
そこに最前列では物足りないと葵までもが壇上に登る。
孔明が瑠衣の前に立つと、気の利かせた照明係が明かりを落とし、二人を中心にスポットライトが当てられる。
耳まで真っ赤にした瑠衣は、孔明の後ろにいる友人達をチラと見た。
とても嬉しそうに親指を立てる光司。
さっさと告れと笑う隆之。
ガッツポーズで頑張れと口を開く葵。
手のひらを上に向け、「さぁどうぞ」と、はにかむ智香。
その姿を見た瑠衣は大きく息を吐くと、目の前に立つ想い人の顔を見た。
「孔明」
「う、うん」
「私……孔明のことが——好」
「ちょっと待って。やっぱ、こう言うのはさ、男から言わないと。えーっと、俺がこの気持ちに気づいたのは結構最近なんだけど、気がついたら俺の目は瑠衣を追うようになってた」
瞬間——その場にいた全員が息を呑む。
「瑠衣……好きです。俺と付き合って欲しい」
「——はいっ!」
会場が歓声に包まれる。
中には「馬鹿やろー!」とか「死んじまえー!」とか罵声も混じっていたが、それでも多くの人が二人の恋に声援を送った。
嬉しさのあまり泣き出した瑠衣に智香と葵が「おめでとう」と駆け寄り、恥ずかしさで頭を掻く孔明のところには、隆之と光司が集まっていた。
「自ら告白とは、孔明もなかなかやるな」
「全くどれだけ待たせんだよって、俺は言いたいけどね」
「ははは」
痛いところをつかれて孔明は苦笑いを浮かべた。
その時——つい、と言った感じで隆之と光司は軽口を叩いた。
「だが、孔明。分かっていると思うが瑠衣は平だ。期待はするな」
「あははは、貧、微、平ってな。3人寄せても谷間無し!」
——その時、孔明は見た。
場を盛り上げようと冗談を言う二人の先……嬉し泣きしていたはずの女性の目が据わる瞬間を。
人はこれほどまでに冷たい目が出来るかと恐怖しながら。
「お嬢様、これを」
跪いた智香は、小道具箱から持ち出した弓矢を差し出した。
鬼に金棒、虎に翼、瑠衣に弓矢である。
風切り音と共に、隆之の頬を掠めて矢が通り過ぎた。
「次!」
葵は次なる矢を瑠衣に差し出す。
「ちょっ、ちょっと待て! おい、孔明、彼氏なら止めろ!」
「待て、瑠衣! や、山と書いて『たいら』と読んだだけだ!」
打ち起こした弓が左右均等に引分けられ、僅かな誤差を修正するように、瑠衣は重心の位置を調整する。
——その右腕が今まさに離されようとした時だ。
「いつまでやってるでしゅか! とっくに時間オーバーでしゅよ!」
と、ステージ部門統括である、現国の山田先生が舞台の上に現れた。
僅かに散った集中力。
解き放たれた矢は、孔明と光司の間を抜け、山田先生に襲いかかる。
咄嗟に避けた山田先生を誉めるべきだろう。
身を屈めたスピードは50代とは思えないほどに早く……だが急激な上下運動に彼の体の一部は追いつけず——矢はそれを壁へと縫い付けた。
その黒くフサフサしたものが何かは語るまい。
分かっているのは、会場が笑いの渦に呑み込まれたということだけであった。
お読み頂きありがとうございます!
仲良し6人組はこれにて完結です。
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