廃妃の呪いと死の婚姻1-4
漸くプロローグが終わりました。
廃妃の呪いと死の婚姻1-4
ちかちかと点滅する光にジェネヴィエーヴの意識が急速に浮上していく。ぼんやりとした視界が徐々に明瞭になってきて、彼女は目を細めた。
「うっわ。ここまでするか製作者。ちょっとこれ、グロすぎでしょ。ないわー。うわーキレーな顔がぐしゃぐしゃじゃん。こういう時は、敢えてカメラをずらすとか、モザイク掛けたりするもんじゃないの?」
思いがけず間近で響いた声に、ジェネヴィエーヴは周囲を見渡した。
「クラレンスひっど。あれをヒロインに投げつけさせるとか製作者の悪意を感じるわー。あーあー、背後に隠してもアリア、もうばっちり目撃してるし。こりゃあトラウマにもなるって。ていうか、あのシーン映像だとこうなるんだ、へー、えぐいわー」
――ジェネヴィエーヴ!!
――クラレンス様、あれをご覧ください。影がジェネヴィエーヴ様を覆い隠して!
――アリア、近寄ってはいけない。あれは邪悪だ。
――ですが、ジェネヴィエーヴ様が!
聞き覚えのある名前と声に、ジェネヴィエーヴが顔を前に向けると、こそには17,18歳ほどに成長したアリアの肩を抱きしめるクラレンスの姿が映っていた。画面の端で慟哭し娘の名前を呼び続けているのは、今より老けたナイトリー侯爵だろうか。そして、彼らの視線の先、禍々しい靄に覆われてずるずると地面に引きずり込まれようとしている女の顔を目にして、ジェネヴィエーヴは全身の血の気が引いていくのを感じた。顔面の半分は焼けただれ、片方の眼球がまろび出ている。青白い顔には幾筋もの赤黒い筋が流れ、髪の毛は引きちぎられたように散らばって顔にかかっている。その四肢はねじ切れたように周囲に散らばっていた。無残な姿をさらす女の顔がクローズアップされる。残された顔はジェネヴィエーヴと酷似していた。瞳孔の開き切った瞳は絶望と憎悪に染まり、抱き合うアリアとクラレンスを睨みつけていた。そして、ジェネヴィエーヴの血に染まった唇がわずかに動いた。
――呪ってやる
彼女のつぶやきと共に、地中から幾本もの黒ずんだ腕が生えると、四散したジェネヴィエーヴの身体をがっしりと掴んで地中へと引きずり込んでいった。黒い靄が晴れて、辺りが静かになると、ジェネヴィエーヴが横たわっていたはずの地面にはドレスの残骸がわずかにあるばかりで、血の一滴、髪の毛の一筋すら残っていなかった。
――許さん。殿下、いや、クラレンス、そしてアリアよ。お前たちを決して許しはしない。
娘のドレスの残骸をかき集めたナイトリー侯爵は、近衛騎士に体を取り押さえられながら、呪詛の言葉をつぶやいた。
「いやー。確かに愛娘があんな風な殺されかたしたら、超のつく親バカパパなら闇落ちしても仕方ないって」
目を呆然と見開くジェネヴィエーヴの耳に、場違いに能天気な声が届いた。その瞬間、ジェネヴィエーヴは頭の中に凄まじい量の記憶が流れ込んできたのだった。
思い出した。
能天気な声の持ち主の女はあるゲームのノベライズ版に夢中になっていた。直ぐに原作ゲームにも手を出し、深夜枠でそれがテレビアニメ化されると録画して何度も見返していた。DVDが発売されると特装版、通常版共に購入し、付随して発売された関連書籍やグッズを収集した。流入する情報量に耐え切れず、涙をこぼしながら両手で頭を覆った彼女の視線の先にある棚には、その女の収集品が所狭しと並んでいた。
その作品の舞台は中世~近世ヨーロッパをモデルにされていた。ラブファンタジーがテーマで、主人公の名前はアリア・ラトクリフ。天使の歌声と、光の魔力を持つ奇跡の乙女だ。先程画面に映っていたクラレンスは第3王子でメイン攻略キャラクターの一人である。眉目秀麗で優しく穏やかな気性の完璧人間だが、実際は腹に一物抱えた腹黒王子という二面性が特徴だった。最も人気の高い攻略対象者だったため、ノベライズもテレビアニメ版でも彼がヒーロー役になっていた。
そして、どの攻略者のルートでも登場する悪役こそが、ナイトリー侯爵令嬢の愛娘であるジェネヴィエーヴだった。彼女は幼い頃クラレンスに初恋をし、父ナイトリー侯爵の力で強引に婚約者に収まった。病弱で悋気が強く、陰湿な少女として描かれていた。彼女は父母を亡くしてナイトリー侯爵邸に引き取られたアリアと、双子の弟のノクターンを虐待した。特に、クラレンスがアリアの光の魔法に注目し、目を掛けるようになってからは虐めは一層エスカレートしていった。そして、クラレンスがアリアを庇うと、妬心は憎悪に変化していった。
ジェネヴィエーヴの手口は陰湿で陰険だった。屋敷ぐるみでアリアとノクターンに対して嫌がらせをし、屋敷内外で開かれた茶会やパーティーでは、彼女を貶め笑いものにした。ジェネヴィエーヴは憎いアリアにとって、彼女自身よりもたった一人残された大切な家族であるノクターンへの攻撃が有効であると悟ると、事故を装って彼の利き手を使い物にならないようにした。アリアとノクターンは音楽一家に生まれ、ノクターンはヴァイオリンを得意としていた。怪我の影響で一生ヴァイオリンを演奏することができなくなった彼は、悲嘆にくれた。そんな彼を見てアリアもまた涙にくれたのだった。
ある時、ふとしたきっかけでアリアの惨状を知ったクラレンスが、光の乙女の保護を名目にノクターン共々彼女を王宮に引き取ることになった。その後、同じ場所で暮らすうちに思慕の情を募らせていったクラレンスとアリアだったが、甘酸っぱい逢瀬の現場をジェネヴィエーヴに目撃されてしまったことで状況は悪化する。ジェネヴィエーヴの怒りは極致に達した。光の乙女であり、王宮で暮らすアリアはおいそれと手を出すことはできない。ジェネヴィエーヴ自身は病弱な上、貴族令嬢という立場もあり、直接アリアを害することは困難であったため、ジェネヴィエーヴは黒魔術師や零落した貴族子弟、騎士崩れの傭兵などを手駒として使役することにした。彼らは多かれ少なかれ王室に不満を持っていたから、ジェネヴィエーヴにそそのかされると簡単に、王室の保護対象であり、光の乙女というだけで彼らが失った贅沢で安楽な生活を享受していたアリアを妬み憎んだ。
物語の後半、ジェネヴィエーヴは禁術に手を出すことになるが、体の弱い彼女はそれに耐え切れず、精神・身体ともに蝕まれていく。そこの頃にはクラレンスとの関係も完全に破綻し、正邪の区別がつかなくなった彼女は配下にアリアを拉致して彼女を凌辱した上で、劇薬を使ってアリアの美しい顔を灼くようにと命じる。
本家のゲームでは攻略者の好感度が高ければ、間一髪のところを攻略者が助けに来るが、好感度が低いと凌辱バッドエンドへと突き進むことになる。ノベライズやアニメバージョンでは勿論そんな最悪な結末には至らず、恋人役であるクラレンスが救出に現れる。悪役のジェネヴィエーヴはというと、禁術に耐え切れず、却って呪いに取り込まれてしまい、禍々しい姿で危機を脱したアリアとクラレンスの前に現れるのである。現れた魔物がジェネヴィエーヴだとは気づかず、クラレンスとアリアはそれに立ち向かっていく。クラレンスが劣勢に立つと、アリアは転がっていた劇薬を投げつけ、化け物がもだえ苦しむ隙にクラレンスが致命傷を与えるのであるが、体を傷つけられたことでジェネヴィエーヴと禁術を繋ぐ力が一時的に衰え、魔物はジェネヴィエーヴの姿へと戻る。
驚愕したアリアはジェネヴィエーヴに駈け寄ると、光の奇跡で治療を試みるがうまくゆかない。折悪しく、そこにジェネヴィエーヴを捜索していたナイトリー侯爵が居合わせ、血まみれの剣を握ったクラレンス王子と、手足を切り刻まれ、顔の半分が焼け爛れた愛娘の姿を目にするのである。激昂するナイトリー侯爵にアリアとクラレンスが気を取られたその隙に、ジェネヴィエーヴは黒い靄に包まれ、姿を消してしまうのだった。
ジェネヴィエーヴが忽然と姿を消したことで、ナイトリー侯爵は半狂乱になり、王家と対立する姿勢を鮮明にする。意図せず自分の婚約者を手にかけてしまったクラレンスと、虐待されていたとはいえ身寄りのない自分と弟を引き取ってくれたナイトリー侯爵を裏切ってしまったアリアは、罪悪感に苛まれる。
そして、平和と思われた王国は次第にきな臭い雰囲気に包まれてゆく。南部からは奇妙な病が流行し出し、人や家畜だけではなく草木までもが急速に蝕まれていく中で、教会を通じてアリアに神託が下る。
曰く、「古の呪いが解き放たれ、人心は乱れ奇病が蔓延するだろう。しかし、選ばれし光の乙女が真実の愛の力によって、これを斃し、世の中を安寧に導くだろう」というものである。
勿論ここでいう選ばれし光の乙女とはアリアのことであり、真実の愛とはクラレンスとの愛を指している。彼らは他の攻略対象者たちからの叱咤激励を受けて、心の傷を抱えながらもこの危機に立ち向かうことを決意する。
そうして幾多の困難を乗り越えた最後に現れた者こそ、古の呪いと同化したジェネヴィエーヴだった。アリアとクラレンスは力を合わせて古の呪いを斃し、ジェネヴィエーヴから引きはがすことに成功する。アリアの癒しの力によってジェネヴィエーヴは元の麗しい姿に戻るが、長期にわたる呪いとの深い繋がりによって、彼女の魂は修復不可能なまでに毀損されていた。ジェネヴィエーヴは最期は父ナイトリー侯爵の腕の中で息を引き取り、その毀れた魂は、神の御許に召されることなく、永遠に彷徨い続けることになった。愛娘を失ったナイトリー侯爵もまた自刃する。これによって旗頭と失った叛乱軍は勢いを失い、クラレンス率いる王国軍によって無事平定されるのであった。
その後、救国の英雄となったアリアとクラレンスはめでたく結ばれ、ハッピーエンドで物語は締めくくられるのである。
ジェネヴィエーヴは理解した。自分たちの映る画面を眺めていた女はどうやら、ジェネヴィエーヴ自身であるということを。彼女たちの間に感情の繋がりは一切ないものの、その記憶は確かに共有されていた。その中の記憶によれば、ファンブックの制作秘話の中で語られたことであるが、悪役ジェネヴィエーヴは幼い頃の事故をきっかけに古の呪いに憑りつかれていた。幼い彼女が生きながらえたのは、適合する生身の身体を欲していた呪いのおかげだった。ジェネヴィエーヴの感情の起伏が激しかったのは、呪いの精神汚染に抗えなかった哀れな精神の末路であり、クラレンスに執着したのもまた呪いによる影響だった。
古の呪いの正体とは、クレメンティーンという廃妃である。非業の死を遂げたクレメンティーンは深い怨念を抱いたまま眠りにつき、仇である王家への憎悪を募らせていった。彼女の墓は作られず、太古の遺跡に遺棄された。彼女の死のきっかけを作ったのは、側妃で後に王妃になったマルガリータである。クレメンティーンを追いやり、彼女の実家を取り潰したマルガリータは、自身の息子を王位につけることに成功する。そして、マルガリータの血筋は脈々と受け継がれてゆき、現在の国王へと注がれ、その息子こそがクラレンスだった。
長い間機会を待ち続けていたクレメンティーンの墓所に、そうとは知らずに迷い込んだ幼いジェネヴィエーヴは、クレメンティーンにとって最高の器だった。継母に虐待され、実父からも愛情を受けずに育った、弱々し子ども。その上、身分は高く血筋の上でも格好の獲物だったのである。
クレメンティーンは幼いジェネヴィエーヴの中で徐々に力を蓄えていった。邪魔な継母を追い落とし、父の愛情を勝ち取って屋敷内を掌握し着実に準備を整えていった。そして、王家への復讐を果たすため、ジェネヴィエーヴと第3王子のクラレンスの婚約?が成立したのである。これが、他人に関心の薄いジェネヴィエーヴがクラレンスただ一人に対して、異常な執着を見せた理由だった。
どれほど時間が経ったのだろうか。ひどい頭痛がやがて収まると、彼女の意識は再び闇へと落ちて言った。次に意識が戻った時、彼女は大聖堂に付属する棟の一室に横たえられていた。彼女が目覚めると、暗い顔で話し合っていた乳母たちが慌てて駆け寄ってきた。
「出て行って。少し一人にして頂戴」
ジェネヴィエーヴは乳母とリリー、そして医師に強い調子で告げた。頑として譲らない彼女に、彼らはしばしの間だけという約束をして一旦部屋を後にした。
ジェネヴィエーヴは混乱した頭を抱えた。いや、意識は今までになく清明だった。これまでは常に頭に靄がかかったようにぼんやりとりていて、どんな時も深く思考することはできなかった。それは彼女を侵し続けているクレメンティーンの呪いの影響だったのだろう。
なぜ急に呪いの影響を受けなくなったのか。先程思い出した記憶が正しければ、呪いはまだ継続しているはずだ。何らかの理由で一時的に抑え込まれているに過ぎない。ジェネヴィエーヴにはその理由に心当たりがあった。
アリアだ。ここ最近いつもの通り体調を崩していたジェネヴィエーヴは、連日アリアを身近に置き、光の魔力が込められた奇跡の歌声を聴き続けていた。そして、今いるこの神聖な場所である。記憶ではクレメンティーンの呪いは教会の中ではその影響力が弱まることが分かっていた。サイドテーブルに置かれているのは聖水だろうか。聖水は病人や怪我人の回復を助ける働きをする一方で、邪悪な呪詛の類に対しては武器の一つとなった。見覚えのある瓶に入った聖水は、半分ほど減っている。
光の乙女であるアリア、教会、聖水。これらの条件がそろったことで、一時的にクレメンティーンの呪いが抑え込まれたのだと考えられた。クレメンティーンの呪いは徐々に強くなっていくものだったから、12歳の今はそれほどの力はないのかもしれない。
なぜ、記憶が戻ったのかはわからないが、感情や精神はジェネヴィエーヴ自身のものだった。まるで他人の記憶の一部がそっくりそのまま移植されたような感覚に、ジェネヴィエーヴは戸惑った。
記憶が戻ったのは幸運なのか、判断がつきかねた。今は呪いの影響が解けているが、教会を一歩出れば再び呪いが発動する公算が高かった。
私は呪いに侵され、むごたらしく死んでゆく運命なのか。
鮮明になった頭で振り返ると、クラレンス殿下に対して今まで抱いていた恋情はこれっぽっちも湧いてこなかった。感じるのは恐怖と絶望だけである。今でも容易にクラレンスによって腕を切り落とされ、腹を裂かれた記憶が蘇る。映像の中の女の断末魔は、今ではジェネヴィエーヴの本人の絶望の声だった。
死にたくない死にたくない死にたくない。
怖い。ジェネヴィエーヴは恐怖した。細い指で髪の毛を掻きむしる。何か方法はないのか。原本ではクレメンティーンと同化したジェネヴィエーヴが死ぬことでしか、呪いを止めることはできなかった。
しかし、今この時の彼女は生きている。彼女はもだえ苦しんだ。長い間呪いに支配され続けた彼女は、自我が戻った瞬間、奈落に突き落とされたのだった。
可哀想な私。可哀想なお父様!最愛の妻を亡くし、今度は娘まで失ってしまうのね。それも2度も。
顔を覆った指の間から大粒の涙が流れ落ちる。嗚咽が喉を震わせ、彼女は大きくしゃくりあげた。
扉の外で耳を澄ませていた乳母たちが、部屋の中のただならぬ雰囲気にそっと扉から中を覗き込むと、過呼吸を起こしているジェネヴィエーヴの姿が目に入った。医師が慌てて駆け寄る。
乳母に背中をさすられ、滂沱と涙を流しながら彼女は考え続けた。
呪われたこの身で、どうすれば、生きのびることができるのか。
テーブルに置かれた聖水が目に入った。そうだ、今回の様に条件を満たせば、呪いを抑え込むことができるのではないだろうか。定期的に聖水を摂取できれば?聖水は高価だが、ナイトリー侯爵家の莫大な財産からすれば微々たるものである。なにより、娘を溺愛しているナイトリー侯爵であれば、娘のたっての頼みを断ることはあるまい。それどころか、国中からでもかき集めようとすることだろう。
そして、アリア。
光の乙女である彼女を身近に置き続けることができれば、呪いに対抗することが可能なのではないだろうか。呪いの進行が進めば、クレメンティーンから直接的な精神支配を受け、最期は心身ともに乗っ取られてしまうが、今はまだクレメンティーンの呪いは彼女に語り掛けてくるような深度に達していない。
心優しいアリアならば、ジェネヴィエーヴの頼みを断ることはないだろう。特に今はまだアリアやノクターンを表立って虐待していないことが幸いだった。
クラレンスとの婚約はできる限り速やかに解消しなくてはならない。全く心がないどころか、呪いに操られて希んだ婚姻である。クラレンスもまたジェネヴィエーヴに特別な感情を持ち合わせていない。原作通りであれば、この先もクラレンスが軽蔑の他に、ジェネヴィエーヴに特別な感情を抱くことはないだろう。その軽蔑が敵意に代わる前に、この婚約を絶対に白紙に戻さなくてはならない。彼こそがジェネヴィエーヴを手に掛ける当人なのである。
乳母に肩を抱かれながら、乱れた呼吸をどうにか整えたジェネヴィエーヴは、再び強い調子で命じた。
「アリアを、今すぐアリアを連れてきて」
アリアなら肩を震わせて頼み込めばすぐに頼みを聞いてくれるだろう。更に涙が出でもれば言うことはない。きっと彼女の同情をひけるはずである。
アリアを待つわずかな時間がジェネヴィエーヴにとっては一日千秋の如き長さに感じた。ついに扉が開き彼女が姿を現した時、ジェネヴィエーヴの顔は緊張のあまり蒼白になっていった。
「ジェネヴィエーヴ様、アリアさんがいらっしゃいました」
乳母に促されて入室してきたアリアはジェネヴィエーヴの痛々しい様子を見て、体をこわばらせた。
「アリア以外は部屋を出て行って頂戴」
皆が彼女たち二人を置いて出て行くと、ジェネヴィエーヴはいつかのようにアリアに手を差し伸べた。アリアはベッドに駈け寄ると、ぎゅっと差し出された手を握り締めて、ジェネヴィエーヴを見つめた。
「アリアさん、走ってきてくれたのね、嬉しいわ。ありがとう」
演技でもなんでもなく、ジェネヴィエーヴの声は震えていた。頬には自然と涙が伝う。
「どうか、変に思わないで聞いてちょうだい。私にはあなたが必要なの。あなたの助けがなければ、私はそう遠くない将来命を落とすと運命づけられているの。ああ、アリア。どうか私を救って・・・。私を助けてください。どうか・・・。」
嗚咽によって最後は言葉にならなかった。アリアの手に縋りついて懇願するジェネヴィエーヴにアリアは戸惑いと、それを上回る悲しみを感じていた。
ああ、これだったのだ。自分が彼女に感じ続けていた違和感は、彼女を苦しめていた原因はやはりここにあったのだ。自分は間違っていなかった。私はこの美しく、悲しい人を救いたい。
アリアはジェネヴィエーヴの手にそっとキスを落とした。ジェネヴィエーヴがびくりと肩を震わせて顔をあげると、そこには涙をたたえ慈母の如き微笑みを浮かべるアリアの顔があった。
「はい、ジェネヴィエーヴ様。私にどうかあなたの苦しみを分けてください。私はあなたを救いたい」
その言葉に、緊張の糸が解けたジェネヴィエーヴは泣き崩れた。その細い肩をアリアが抱きしめた。
「ゆっくりでいいですから、ジェネヴィエーヴ様のお話を聞かせてください。私が必ずお力になります」
アリアの声を聴きながら、ジェネヴィエーヴは何度も何度も頷いた。
こうして彼女たちの運命の輪は回り始めたのだった。
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