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廃妃の呪いと死の婚姻1-2

第2話です。

誤字脱字等ございましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

廃妃の呪いと死の婚姻1-2


 ジェネヴィエーヴの二度目の転機が訪れたのは12歳の時だった。

彼女は見た目だけは嫋やかな美しい令嬢へと成長した。相変わらずクラレンス王子への深い執着は続いており、悋気も甚だしく、感情の起伏も激しかったが、癇癪を起して顰蹙を買うようなことはなくなっていた。今では他の令嬢と同じくらい、教養や芸能も身に着けていたから、彼女と他の令嬢を比較してクラレンス殿下の婚約者にふさわしくないと表立っていう者はいなかった。

 彼女は今でも度々体調を崩すことがあり、その度にナイトリー侯爵を心配させた。彼女の体調不良の原因は、ヒステリーから来たものだというのが周囲の一致した見解だった。彼女は気に入らないことがあると、幼い頃のように癇癪を起すのではなく、本当に病気になってみせた。クラレンス殿下も勿論それを承知の上で、彼女が病気になったと聞けば、お見舞いの手紙や花束を届けさせ、彼女から訪問の希望をほのめかされれば、時々はナイトリー邸へ出かけて行った。

 彼女の身体を心から気遣い、苦悩していたのはナイトリー侯爵だけだった。彼は彼女に対する罪悪感と愛情から、非常に甘い父親になっていた。

ナイトリー侯爵は娘可愛さが昂じて、ある決断をするに至った。彼にとっては愛娘の安楽のためのちょっとした行動に過ぎなかったが、運命のいたずらに翻弄されることになった、ある幼い姉弟にとっては、青天の霹靂といってもよい出来事だった。


 アリア・ラトクリフとノクターン・ラトクリフは双子の姉弟だった。彼らの父親は準男爵だったが、彼らが7歳の時に亡くなってしまった。母親はもっと早くに亡くなっていたから、ノクターンが父親の爵位を受け継げるようになるまでのあいだ、双子たちは親戚の家で厄介になるしかなかった。ラトクリフ家の財産は相当なものだったが、彼が勝手に処分できるものではなかった。ラトクリフ準男爵の財産は、大部分がそっくりそのまま次の準男爵に引き継がれねばならないものだった。その上、彼らの母である令夫人の晩年は難病に悩まされていたのだが、令夫人の長年にわたる闘病生活に係る多額の治療費は、ラトクリフ家の財政を圧迫していた。

 ラトクリフ家は代々音楽を得意としており、幾人もの宮廷音楽家や著名な作曲家たちを輩出してきた。ラトクリフ卿自身もその一人で、彼の音楽に対する情熱は非常に強いものだった。彼は自身の子どもたちにも、音楽に深く親しんで欲しいと願い、子どもたちもその期待に応えた。娘のアリアは素晴らしい歌唱力と天使の歌声を備えていたし、弟のノクターンのヴァイオリンの腕は専門家もいまから舌を巻くほどだった。ラトクリフ卿は双子の才能を伸ばすために、高名な教師を招き、音楽会と聞けば双子を連れて出かけて行った。

 そうした音楽に係る経費は馬鹿にならないもので、元々火の車同然だったラトクリフ家の財政をさらに圧迫していった。ラトクリフ令夫人が亡くなり、その2年後に準男爵が亡くなった頃には、双子たちのもとには莫大な借金が残されていた。

 親戚たちはこの荷厄介な子どもたちをどうするか頭を悩ませた。準男爵家の毎年の収入の大部分が借金返済に回されたから、子どもたちを引き取るメリットはほとんどなかった。結局双子は親戚の家を転々としながら暮らすことになった。彼らにとって救いだったことは、お互い信頼と愛情で強く結ばれていたことだった。たとえどんなに辛く当たられて、お荷物だと罵られても、二人は支え合って何とか暮らしていった。

 しかし、数年後には双子に危機が訪れた。ここ数カ月は母方の大叔母の娘である某未亡人の家で過ごしていたのだが、その未亡人が亡くなってしまうと、双子の引き取り手がいなくなってしまったのだ。窮余の策として出されたのが双子を別々に引き取るということだった。二人は無理でも一人なら何とかなるだろうという親戚たちの言葉に、双子は震えあがった。二人は泣いて懇願したが、大人たちの決定は覆らなかった。

離れ離れになることが決定事項となった数日後、アリアとノクターンは教会で祈りを捧げていた。司祭の好意で、祈りが終わるとノクターンのオルガンの伴奏でアリアが賛美歌を歌うことが常だった。

 その日も、いつも通りノクターンが演奏し、アリアがその素晴らしい歌声を響かせていると、きらきらとした光がアリアの周りに満ち溢れ、その光に触れた枯れ枝が息を吹き返し、花を咲かせて見せた。その様子を目にした司祭は驚愕した。

 アリアの起こした奇蹟は瞬く間に評判になった。司祭からの連絡を受けた首都の大聖堂からは確認のために幾人もの調査団が派遣された。司祭に言われるまま歌ったアリアは、その力で病気の老婆を癒して見せた。こうしてアリアは数十年に一人産まれるか否かという貴重な力、光の魔力を持つ奇跡の少女として認められたのであった。

 そこで、改めて問題になったのが二人の身の振り方だった。親戚一同はまるで先ごろの決定が嘘のように手のひらを返して、二人に甘い顔を向けた。現金な親戚たちの醜い争いを傍目に、アリアとノクターンは自分の未来に対する不安に心を痛めた。

 二人の運命を決定づけたのは、遠く離れた首都に暮らす、顔を見たこともないナイトリー侯爵だった。傷を治し病を治す奇跡の少女の噂を聞いたナイトリー侯爵は、ラトクリフ家がナイトリー家の遠縁にあたることを調べ上げると、二人を引き取ることに決めた。アリアの奇跡の力を惜しんだ親戚の中にはナイトリー侯爵の提案に難色を示すものもいたが、ナイトリー侯爵がラトクリフ家の莫大な借金を一括で返済すると口を閉ざした。

 こうしてアリアとノクターンの姉弟は首都のナイトリー侯爵邸に引き取られることになったのであった。


 双子と初めて引き合わされたジェネヴィエーヴは、興味なさそうに頷いただけだった。ナイトリー侯爵はジェネヴィエーヴが反対しなかったことに胸を撫で下ろすと、双子に部屋を与え、歌とヴァイオリンが得意だと聞いていたので、それぞれに教師を付けた。

 双子はどちらもとても可愛らしい整った容貌をしていた。特にアリアは淡い金髪と若葉色の瞳をもつ美しい少女だった。彼女の歌はよく天使の歌声に例えられたが、彼女もまた絵画の天使のように美しい少女だった。

一方で、ジェネヴィエーヴを初めて目にした二人は、彼女が幼い頃痩せっぽちのみずぼらしい子どもだったと言われても到底信じられなかったであろう。ジェネヴィエーヴの美しさは彼らとは一線を画すものだった。彼女はその名前の響き通り、どこか遠い国の浮世離れした美しさを持つ娘だった。ジェネヴィエーヴの豊かな髪はゆるく波打ち、彼女が顔を傾ければ彼女の柔らかな肌は艶を帯びて匂い立つようだった。彼女の物憂げな眼元は病弱ゆえに常に熱で潤んでおり、不健康な美というものが存在するのであれば、彼女はそれを体現していた。

 芸術家であった双子たちはジェネヴィエーヴの独特の頽廃的な雰囲気に惹かれたが、ジェネヴィエーヴはそれに完璧な無関心で報いた。ジェネヴィエーヴにとって双子はどうでもよい、無価値なものでしかなかった。双子たちは彼女のそうした心持に傷ついたが、ナイトリー侯爵から、あの子は昔から病弱で気難しい所があるがどうか広い心で赦してほしいと言われてからは、強いて気にしないように努めた。ジェネヴィエーヴの無関心を除けば、ナイトリー侯爵邸に引き取られたアリアとノクターンの新たな生活はとても幸福だった。

 

 ある時、冷たい雨に降られたジェネヴィエーヴはひどく患い、長いこと起き上がれなくなった。折悪しく、王妃もまた体調を崩していたため、クラレンス殿下は王宮を離れることができなかった。婚約者から届いた通り一遍のお見舞いの言葉と花束を目にしたジェネヴィエーヴは激しく怒り、乳母や侍女に当たり散らした。

 その余波は、アリアとノクターンの元にも及んだ。

「申し訳ございませんが、音楽のお稽古を当面控えてはいただけませんでしょうか。ジェネヴィエーヴお嬢様が憂鬱におなりになることが多くて」

 侍女から申し訳なさそうに告げられたアリアとノクターンはコクリと頷いた。

「分かりました」

 聞き分けの良い双子に侍女はホッとした顔つきになると、お茶とお菓子でもお持ちいたしましょうねと言って出て行った。

 次の日から双子の日課は、教養の授業の他には大きな屋敷のまだ見たことのない部屋の扉を開けてみたり、雨具を着込んで庭園を散歩したりすることに代わった。

 その日も、花壇では細い絹糸のような雨が降り注ぎ、青や紫の花々を冷たく濡らしていた。美しいものを見た時の癖なのだが、アリアは花々の咲き誇る庭園を歩いているうちに、低く小さな声で歌を口ずさみ始めた。ノクターンはそっと屋敷を振り返ると、少し屋敷からの距離が近い気がするけれどこれほど小さい声であるし、雨でどの部屋も窓をしっかり閉じているだろうから、迷惑になることはあるまいと考えた。双子たちは手をつなぎながらしばらく雨の中の散策を楽しんでいた。

 庭園をぐるりと回って屋敷に戻ると、慌てた様子の侍女が傘を片手に出てくるところに行き合った。

「ああ、こちらにいらしたんですね。ジェネヴィエーヴお嬢様がお二人をお呼びですよ」

 侍女の言葉にアリアとノクターンは顔を見合わせた。これまで二人に何の興味も示してこなかったジェネヴィエーヴが二人を待っているという。一体どんな風の吹き回しだろうか。

 私室に戻った二人は侍女の手を借りて手早く身支度を整えると、足早にジェネヴィエーヴの部屋へと向かったのだった。

 初めて足を踏み入れたジェネヴィエーヴの部屋は、まるで宝石箱のようだった。ナイトリー侯爵は娘の安楽のために、金を惜しまなかったから、彼女の部屋にはアリアとノクターンが見たこともないような素晴らしく優雅で繊細な家具や調度が並んでいた。ジェネヴィエーヴのために真冬でもないのに暖炉には赤々と火がたかれていた。

その部屋の奥に置かれた大きな天蓋付きのベッドでは、熱で頬を紅潮させたジェネヴィエーブが幾重にも重ねられた枕にぐったりと持たれかかりなが身を起こしていた。

 彼女のぼんやりと潤んだ瞳は窓辺に置かれた花瓶に生けられた花々に向けられていた。侍女の声掛けにゆっくりと振り返ったジェネヴィエーヴは、そこで初めて二人に気付いたかのようにゆっくりと瞬きをした。深い湖を思わせる彼女の瞳に見つめられたアリアとノクターンの胸はどきどきと高鳴った。

 じっと二人を見つめていたジェネヴィエーヴは、ようやく口を開くと、

「頭が痛くて息をするのもつらくて・・・。リリーに窓を少し開けてもらったのよ。そうしたら雨の音に混じって歌が聞こえたの。目をつむって耳を澄ませていたら痛みが少し軽くなったように感じたわ」

 ジェネヴィエーヴが物憂げに言うと、脇に控えた侍女がいった。彼女がリリーなのだろう。

「お嬢様は歌を聞かせて欲しいそうです。先程の歌はどちらが?」

「あ、わたしです」

 アリアが答えると、ジェネヴィエーヴは小さく頷いた。

「では、ジェネヴィエーヴ様のお為に先程の歌を歌ってくださいますか?」

「はい、もちろんです」

アリアはジェネヴィエーヴのベッドの傍に置かれた椅子に腰かけると、先程よりも低く優しい調子で歌いだした。

 アリアはノクターンが迎えに来た侍女に促されて部屋を出て行くのを横目で見ながら、歌い続けた。

彼女が一つ歌い終えたところで、ジェネヴィエーヴはアリアの方へと手を差し出した。これは手を握れという意味なのかしらと、首を傾げたアリアがリリーの顔を伺うと、リリーは目を見開いて驚いた表情を浮かべていた。ジェネヴィエーヴこのような仕草をするのは、きっと珍しいことなのだろう。

アリアは、椅子から降りるとベッドのすぐ脇に膝をついて、ジェネヴィエーヴの白い手を両手で優しく握った。部屋の中は暖かく、歌っていると汗ばむほどであるというのに、ジェネヴィエーヴの手はひんやりとして冷たかった。アリアも小柄で肉付きの良い方ではなかったが、彼女以上にジェネヴィエーヴの手はほっそりとしていた。

アリアが手を握ったままゆったりとした調子で再び歌い出すと、ジェネヴィエーヴは静かに目を閉じた。

それからアリアは半時ほど歌い続けていたが、ジェネヴィエーヴがアリアに握られていたた手をそっとほどくと歌うのを中断した。ジェネヴィエーヴは目を閉じたまま吐息で、

「もう、いいわ」

と告げた。

 その言葉にアリアが背後を振り返ると、リリーは口に人指し指をあててそっと近づくと、天蓋のレースを下ろし、ランプの灯を細く絞ると、アリアを促してジェネヴィエーヴの部屋を後にした。

部屋の外に控えていた別の侍女に連れられて、居室に戻ったアリアはノクターンに出迎えられた。

「お帰り」

 楽譜から目をあげずに膝の上で指を走らせるノクターンの隣にアリアは腰かけた。

「ただいま」

 それからしばらく、アリアはソファでぼんやりとしていたが、扉をノックする音に姿勢を正した。侍女がティーセットを持って現れると、ノクターンはようやく顔を上げた。

「お済みになりましたら、ベルでお呼びください」

侍女が出て行くと、ノクターンは早速サンドイッチに手を伸ばした。

「まさか、何も食べていなかったの?」

 時計の針はランチタイムを大幅に過ぎた時刻を示している。ノクターンは丁度いい温度になったお茶でサンドイッチを飲み下すと、当たり前だろと言って今度はキッシュに手を伸ばした。

「ジェネヴィエーヴ様に初めて触れたわ」

 間近で見たジェネヴィエーヴは、腕のか細さに対して、ゆったりした寝巻の上からでもよくわかる豊かな両丘のふくらみを持っていた。それは彼女の不安定な美しさを際立たせている一方で、性急な肉体の成熟は、彼女の精神と健康に翳を落としているのではないかと危惧を抱かせるるものだった。

 黙り込んだアリアを見つめていたノクターンは、次々に口の中にキッシュを運び入れながら、視線で話の先を促した。

「なんていうか、雲の上の人だと思っていたけど、ううん、今でもそう思っているけど、思っていたよりずっと危い方だなって思ったわ」

「危うい?」

「うん。ひどい癇癪持ちだって聞いていたけど、今日のジェネヴィエーブ様は全然そんなことなかったわ。どちらかというとぼんやりしていて、触れていないと消えてしまうんじゃないかって思うくらいだったの。あのご様子では侯爵閣下が心配されるのも無理はないわ」

「ふーん。僕はよく見えなかったけど、確かに部屋で見た彼女は妖精じみていたね」

 5つ目のサンドイッチに手を伸ばしたノクターンは、少し考えるとそう言った。

「そう、そうね。妖精。そんな感じだったわ」

「随分気にしてるみたいだけど、彼女は侯爵家のお嬢様だよ?きっと今日のことだって、ちょっとした気まぐれにきまっているよ。いつもみたいに余計なおせっかいをやくのは、やめておいた方がいいと思うよ」

「そんなつもりないわ。でも仕方ないじゃない、気になるんだもの。ジェネヴィエーブ様を見ているとこのまま放っておいたら、このまま消えていなくくなっちゃうんじゃないかって、不安になるの」

 くるくるとティースプーンで紅茶を混ぜながら、頬を紅潮させる姉をみつめてノクターンはため息をついた。

「とにかくほどほどにね。それよりも僕は早く稽古がしたい。このままじゃ、腕がなまっちゃうよ」

 漸く満腹になったのか、ノクターンはソファにもたれかかると、脇によけていた楽譜を手に取った。

「行儀が悪いわよ、ノクターン」

「誰か来たらきちんとするよ。それよりアリアも早く食べたら。アリアの好きなブラックラカントのパイがあったよ。よければ僕の分も食べていいよ」

「全くもう。私が好きなんじゃなくて、あなたが苦手なんでしょ」

 すっぱいものは嫌いなんだよね、といってとぼけるノクターンに、ようやくアリアは笑みをこぼし、そんな彼女を見たノクターンもまた微笑んだ。


 ノクターンは気まぐれだと言ったが、翌日もアリアはジェネヴィエーヴの部屋へと呼ばれた。そうして一時間弱ジェネヴィエーブの気が済むまで歌を歌うと、ノクターンの待つ子供部屋へと戻って行くという日々が、その後もしばらく続いた。

「聞いて、ノクターン!いい知らせよ。お稽古を再開してもいいって。ヴァイオリンもピアノも好きなだけ演奏できるよ。明日からは先生たちもいらしてくださるらしいわ」

 アリアが息せき切って伝えた知らせに、ノクターンはパッと顔を輝かせた。

「本当に?やった、ようやく思う存分弾けるんだね」

 親戚の家を転々としている間は手に触れることすらできなかった楽器類だが、ナイトリー侯爵邸に引き取られて以降は毎日、思う存分演奏できていたため、以前ならば難しくなかった少しの我慢も今では随分と長くつらく感じるようになっていた。

「ジェネヴィエーブ様が演奏してもいいっておっしゃってくれたそうなの」

 アリアは感謝の気持ちに耐えないというように言ったが、実際のところ、二人に練習を止めるようにジェネヴィエーブ自身が言ったわけではなかった。侍女のリリーから彼らが演奏を控えていると聞いたジェネヴィエーヴはいつもの物憂げな調子で、

「お稽古を休まなければいけない理由があるの?お父様がそうおっしゃったのかしら。そう、違うの。だったら好きなだけ演奏すればいいんじゃない」

 といって、侍女を驚かせた。ひょっと、二人の演奏がお嬢様のお加減に触ってはいけないのではないかとリリーが仄めかすと、ジェネヴィエーヴは僅かに首を傾けて目を瞬かせた。

「今までも毎日お稽古をしていたのでしょう?この部屋まで音が届いたことがあったかしら。屋敷は広いから気になることはないと思うけれど。それに、音楽室で練習しているのでしょう?あそこは防音性が高いと思うわよ」

 ということで、アリアとノクターンは念願の稽古再開の許可を得たのだった。

驚いたことは続くもので、その日の夕方にはナイトリー侯爵が音楽室を訪ねてきた。ナイトリー侯爵は上機嫌な様子でアリアに話しかけた。

「ジェネヴィエーヴに親切にしてくれたようだね。病気の時はいつも憂鬱になってしまうのだが、今回は君の歌のおかげで気分がよいようだ。そのおかげか、いつもよりも回復も早く思われる。医師も明日には床を払えるだろうと言っていたよ。君のおかげだ、お礼をしなければいけないね」

 お屋敷に引き取られた日に初めて顔を合わせて以降、一度も顔を見たことのなかったナイトリー侯爵に、こんな風に感謝されるとは思っても見なかったアリアは、びっくりしてはかばかしい返事をすることができなかった。ナイトリー侯爵は言葉通り、翌日には贈り物をどっさりと寄こしたのだった。上等な洋服や靴といった身の回り品だけではなく、娯楽品をはじめとして、中には目が飛び出そうな高価な品物さえ含まれていた。何より彼らを喜ばせたのは、たくさんの楽譜の数々だった。そこにはアリアだけではなく、ノクターンの分もあったから、彼らはナイトリー侯爵に感謝しつつ、一方で侯爵のジェネヴィエーヴに対する愛情の深さを改めて認識したのだった。


 アリアとジェネヴィエーヴ、交叉した二人の少女の運命はこれ以降、思いもかけない展開を迎えることになるのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

週に1回のペースの投稿を予定しております。今後とも宜しくお願い申し上げます。

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