廃妃の呪いと死の婚姻4-1
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廃妃の呪いと死の婚姻4-1
翌日からジェネヴィエーとアリア、ノクターン姉弟の3人は滞っていたクレメンティーンとクリスティーンに関する調査を再開した。時代の問題や彼らの年齢や立場といったてんから、彼らが閲覧可能な資料はごく限られていた。それでも、ナイトリー侯爵家に受け継がれてきた同時代資料は決して少なくはなかった。
「これ全部が?」
積み重ねられた資料を前にして、ジェネヴィエーヴが面食らったように言った。
「我々が閲覧を許されたものだけですから、実際にはまだいくつもの資料が保管されているのでしょう。流石歴史の長いナイトリー侯爵家だけありますね。これは骨が折れそうだ」
ノクターンもまた手袋をはめた手で資料をめくりながら感心した声を上げた。
「ええと、こちらが年中行事に関する記録で、こちらは冠婚葬祭に特化した資料、それとこの山が収支報告書ね。うん?これ年代を間違えていないですか?表紙に書かれた年代をみるとクレメンティーンやクリスティーンの時代とは重ならない部分もあるようですが」
首を傾げたアリアに、ジェネヴィエーヴがああそれはねと言って、説明を加えた。
「同時代文書と言っても比較できる資料が必要でしょう?この前家令から収支報告の見方の手ほどき受けたけれど、以前の記録と比較検討することが大切だということを学んだわ。だから調べる文書が多くなるのは大変だけれど、クリスティーンを基準にして、彼女の嫁いできた年から始めて、彼女の死後10年間までの記録を出してもらったの。彼女は16歳で嫁いで、37歳で亡くなっているから、36年分ね」
「36年分と聞くと随分長い期間に感じますが、それにしては資料が少ないですね」
「まあ、それは仕方がないわ。状態が悪くて動かせない物もあるし、失われてしまった記録もあるようだから」
ジェネヴィエーヴの言葉にアリアがなるほどとうなずく。そうして早速4人は分担しつつ資料へ手を伸ばしたのだった。
資料はどれも非常に古い記録で言葉の言い回しも微妙に異なっており、記載方法もまた異なっていたため、一つ一つの資料に目を通すためには随分と時間がかかった。要領を掴めなかったこともあり、作業は遅々として進まなかった。それでも10日も過ぎることには書き癖にも随分と慣れてきて、彼らはようやくクリスティーンが亡くなる数年前の記録までたどり着いたのだった。
「ふう。もうこんな時間なんですね。そろそろ一旦休憩にしましょうか」
アリアの声掛けに、ジェネヴィエーヴとノクターンは顔を上げた。
「そうね、じゃあお茶を飲みながら気になったところの意見交換でもしましょう」
三人は席を立つと、書付を手に資料庫を後にした。
ジェネヴィエーヴは寝室とドレスルームの他に専用の部屋を有していたが、今はそのうちの一部屋を作業部屋にしており、そこにはどっしりとした大きなテーブルが運び入れられていた。テーブルの傍にはパーティションを数基据えて、そこに相関図や、年表を張り出した。
紅茶と軽食で一息つくと、彼らはテーブルに陣取って、情報交換を行うことにした。
「正直言って、記録を見返すのがこんなにも大変だとは思わなかったわ。私一人だったらどうなっていたことか」
ジェネヴィエーヴがしみじみというと、アリアが何度も頷いた。
「本当にその通りです。初めこそ意気込んでいましたが、毎月毎シーズン同じような記載が繰り返されていて、ここからどうやって目的の情報をくみ取っていけばいいのか・・・」
「そうねえ、これといった目星がつけばよいのだけれど・・・。ノクターンはどう思う?」
ノクターンは先程からじっと黙り込んで、掲示された家系図を眺めていたのだが、ジェネヴィエーヴに話を振られると、顎に当てていた手を放して、そうですねと言って口を開いた。
「とりあえず、クレメンティーンが廃位された前後で著変がなかったかどうか確認するのはいかがでしょうか。勿論、例えば大きな自然災害がある前その後数年間とでは随分異なるでしょうし、身内の冠婚葬祭があればそれに付随する出費も出て来るでしょうが、基本的に大きな出来事がない限り、毎年収支の内訳はそう大きく変わる物ではないはずです」
「そうね、そう考えるとクレメンティーンとオルティス公爵家の謀反事件は国を揺るがす大事件であったはずだわ」
ジェネヴィエーヴの台詞に、アリアが年表を示していった。
「クリスティーンの日記によると、彼女は丁度その頃、第3子を死産しています。その後しばらくは病床にあったことが分かっています。事件の真っ最中にクリスティーンは蚊帳の外にいたことになりますね」
「ええ。ナイトリー侯爵家の記録でも同時期に葬儀に関する記録があるわ。誰の葬儀かということは記載がないけれど、教会への支払いや、葬儀に係る支出が記されているから、時期的にも間違いないでしょうね。そうね、こんな風に明らかな出来事と記録とで照らし合わせながら、少しでも気になったことがあれば挙げていきましょう」
ジェネヴィエーヴの言葉にノクターンが一ついいですかと言った。
「調べていて気になっていたことがあって。僕は受け持ちの内――年から――年までの7年間の記録を調べていました。特に変わった支出はなかったのですが、一つ気になっていることがあるんです」
「あら、どんなこと?」
「全く関係ないことかもしれないのですが、何か引っかかるものがあるんです。それは雑費に分類されているのですが、毎月一定の金額が計上されているのです。でも、どうもそれが何に使われているのかわからない。ええとどこだったか、ああここ、これです」
ノクターンの指示した先には、彼独特の癖のある筆跡で「F」と記されていた。
「”F”?これだけ?他には何も書かれていなかったの」
アリアが首をかしげると、ノクターンが頷いた。
「ああ。僕の見た限りではね。何かの略称かとも思ったんだけど、他の部分にも全文表記しないで略されている記載もあったからね。月毎もしくは四半期ごとの報告書では正式名称で表記されているから、雑費として計上されている詳細について他の項目については大方何の品物か、どういった用途なのかは想像できるんだ。でも、この”F”についてはどうにもわからない。どこを見ても正式名称が記載されていないんだ。敢えて全文表記を避けたとしか思われないんだ」
ジェネヴィエーヴはノクターンの話を聞きながら、自身の書付をパラパラとめくった。
「雑費の項目、Fね、えーと、ああ、あったわ。確かに毎月送金されている記録はあるけれど、一体これが何なのかは不明だわね」
「アリアの受持ち分にはどう?一体いつからこの送金が始まったんだろう」
ノクターンの指摘にアリアが書付を見返していると、自身のメモをめくっていたジェネヴィエーヴが声を上げた。
「ああ、この年が始まりみたいだわ。――年、―月、〇〇州〇〇の”F”へ送金のこと。あら、地名が書かれているわ。これ以降は地名の記載はないわね」
「この書き方からして、Fは人名でしょうか?」
アリアの問いに、ノクターンが
「地名や社名という線も考えられる。一族の住んでいる土地が呼び名になることもあるだろう?」
と答えると、ジェネヴィエーヴが眉根を寄せながら地名じゃないと思うわと言った。
「〇〇州の〇〇は父の義姉が嫁いだ場所よ。ナイトリー家の家門の一つが、代々治めている場所なの。当時も領主に変わりはないはずだから、もしそこを示しているのだとすると、わざわざ家名を伏せる必要はないわ。だからきっとFは個人名もしくは社名や団体名だと思うの」
「とすると、伏せなければならないような人物や団体へ何年間も送金していたってことになりますね。一体”F”って何なんでしょう」
「これだけではわからないわね。何か他に手掛かりはないかしら」
年表にFへの送金の記録を追記していたノクターンは振り返り
「とりあえず、これがいつまで続いたのか確認しましょう。このFが人物や商団名であると考えて、他に手掛かりがないか調べてみる必要があると思います。場合によっては、もっと先の記録も確認しないといけなくなるでしょう」
「そうね、じゃあ資料庫に戻って作業を続けましょうか。ついでにまだ手付かずの冠婚葬祭の記録にも手を広げてみましょう。Fに該当する人物がいるかもしれないわ」
そうして彼らは年表を手に資料庫に戻ると、日が傾くまで作業に没頭したのだった。
その日、判明したのは謎の「F」への送金はクレメンティーンの死の数年後から始まり、彼女の妹でナイトリー侯爵令夫人であったクリスティーンの死の直前まで続いていたことだけだった。「F」とはいったい何なのかということも憶測を呼んだが、クリスティーンの前後で送金がぱたりと途絶えていることもまた意味深長だった。
ところでジェネヴィエーヴ達は早速、更なる手掛かりを求めて冠婚葬祭の記録を当たる心づもりでいたのだが、思いがけず別の用事に時間と労力を割かざるを得なくなってしまったのだった。別の用事とは、ダンスの練習であった。クラレンスの要請で仕方がなくデビュタント・ボールへの参加を決めたジェネヴィエーヴ達だったが、2ヶ月に迫った舞踏会のために、ダンスの稽古を受けなればならなかったのである。
他の授業の後、毎日2時間ほどがダンスの時間に当てられたのだが、生来虚弱で体力のないジェネヴィエーヴはダンスの時間が終わると、既にその日全ての体力を使い果たしてしまっており、調査を進めるどころではなかった。それでも資料の性質上、ジェネヴィエーヴ抜きで資料庫に入ることは許されなかったから、彼女は悲鳴を上げる体に鞭打って、アリアとノクターンと共に資料庫へと向かうのだった。
その甲斐あってか数日後には有力な手掛かりを得ることに成功した。それに気づいたのはまたもやノクターンだった。
「あった、フェラーズです、やっとみつけました。”F”は人名だったんです」
彼の声にジェネヴィエーヴとアリアが駆け寄り、その記録をのぞき込んだ。
「これは、令夫人の葬儀の記録?」
アリアが訊ねると、ノクターンが頷いた。
「そうだよ。クリスティーンは――年に37歳で亡くなっていて、葬儀は3日間かけて行われたそうなんだ。参列者も少なくなかったのだけれど・・・ジェネヴィエーヴ様こちらをご覧ください。葬儀の最終日の記事です。最終日とあって参列者はほとんどが親族なのですが、その中に親族ではない二人の名前が記されています。フェラーズ夫人とその息子のフェラーズ氏、フルネームでないのが悔やまれますね。フェラーズという名前だけでは、これが“F”かどうかはわかりませんが――ほかにもFがつく名前の参列者は何名もいますしね—―注目していただきたいのは名前の後ろの部分です。〇〇州〇〇と記されているんです」
「これって」
ノクターンの意図に気付いたアリアが興奮した声を上げた。
「そう。”F”への送金が初めて行われた日の収支報告書に記載されていた地名と同じなんだ」
「じゃあ、”F”はフェラーズの”F”のことなのね」
ノクターンは頷いた。
「恐らくそうだと思う。そして、埋葬日であるこの日に参列しているということは、亡くなった令夫人の生前から親交のあった中でも、特に親しい人物だと思うんです」
こそまで言うと、ノクターンはジェネヴィエーヴの顔を伺った。先程からジェネヴィエーヴはその名前を見つめて、じっと考え込んでいる。
「ジェネヴィエーヴ様、いかがでしょうか」
ノクターンの問いかけにジェネヴィエーヴはゆっくりを顔を上げた。
「ええ。私も同意見よ。でも、この名前どこかで見覚えがある気がするの。どこだったかしら・・・。最近ではないわ、少し前にどこかで見たと思うの」
眉間に皺を寄せてフェラーズという記事を睨みつける彼女の次の言葉を、アリアとノクターンはじっと待った。
「そうだわクリスティーンの日記!確か、日記に書かれていたはずよ」
ジェネヴィエーヴはこれまで何度もクリスティーンの日記と、クレメンティーンから送られた手紙を読み返していた。彼女は持ち出していた小箱を引き寄せるとクリスティーンの日記を取り出して、パラパラとページをめくった。
「ここだわ。クリスティーンの日記は最期に近づくほど、後悔と悲しみがない交ぜになったなようになっていくのだけれど、なぜかこの部分だけ妙に興奮した書きぶりで印象に残っていたの。読むわよ」
”今日は実家で仕えていたパトリシア・フェラーズが訪ねてきた。何年ぶりだろうか、彼女は随分と老け込んでいたけれど、あれから一体どんな生活を送ってきたのだろう。それにしても、彼女の話は本当なのだろうか?彼が生きている?神よ、どうか本当でありますように。”
”私の命が終わる前に一目でいいから彼に会いたい。ああ、でも会ったとしてどんな言葉を掛ければいいのだろうか。私ばかりこんなにも恵まれた日々を過ごしてきて、今更どんな顔で?”
「パトリシア・フェラーズはオルティス公爵家に仕える一因だったようすね。この箇所以外にパトリシア・フェラーズという名前が出てくることはないわ。それにここに書かれている、”彼”については何もなくて、結局誰なのかわからないわ。でもね、ほら見てちょうだい、この日記の日付を。パトリシア・フェラーズが訪ねてきたのは”F”への送金が始まる少し前のことよ。意味深長じゃない?」
ジェネヴィエーヴの指摘にアリアがこくこくと頷き、今度はパトリシア・フェラーズについて調べる必要がありますね、私図書室に行ってきますといって席を立とうとすると、ノクターンがさっとアリアの腕をつかんだ。
「ちょっと待って。勿論、フェラーズについて調べてもらいたいんだけど、もう少し待ってくれないか」
「分かったけど、どうしたの」
アリアが再び席に着くと、ノクターンは資料のとあるページを開いて見せた。
「先程ジェネヴィエーヴ様は日記にパトリシア・フェラーズの他に”彼”というもう一人の謎の人物がいると仰っていましたね。もしかすると、その”彼”とは、ここに書かれている人物と同一人かもしれません」
そう言ってノクターンが指示した項目には、クリスティーンの葬儀の後、彼女の遺産分与についての概略が記されていた。公爵家出身の彼女は多額の持参金と幾つかの彼女名義の不動産などを持ってナイトリー侯爵家に嫁いでいた。実家の没落に際してもこれらは没収されることはなかったようで、彼女の死後、この遺産は結婚前の取り決めに従って彼女の子どもたちに分与されることになっていたのだが、最期に但し書きが付け加えられていた。
「クリスティーンの遺産を受け継いだのは、彼女の子どもだけではありませんでした。その他に、E・フェラーズという人物にも少なからぬ額の遺産が分与されていることが分かります。そして、ここにも」
ノクターンは話しながら軽く興奮を覚えていた。ようやく、なにがしかの端緒を掴んだ、そういう予感がしていた。ジェネヴィエーヴとアリアもまた、熱気を帯びた瞳で、ページをめくる彼の手元を凝視している。
「これは、クリスティーンの死後3年が経ってからの記載です。”エドマンド・フェラーズ氏の結婚式に祝い金として―――送る”と書かれています。フェラーズです。このエドマンド・フェラーズという人物はおそらく、先程クリスティーンの遺産分与に預かったE・フェラーズと同一人物ではないかと思います。そして、同じ姓を持っていることから考えて十中八九、日記にあったパトリシア・フェラーズの関係者でしょう。もしかしたら探せばまだ彼に関する記録が出てくるかもしれません」
彼の言葉通り、後日エドマンド・フェラーズの名前を別の資料から見いだすことができた。それはクリスティーンの死後数十年後、彼女の息子の代になってからの収支報告書の中から見つかった。そこには〇〇州〇〇のエドマンド・フェラーズ氏の葬儀に出席するための旅費と雑費としての金額が事細かに記録されていた。
「これで、エドマンド・フェラーズ氏とクリスティーンの間に何らかの、極めて緊密な関係性があったことが分かったわね。そして、恐らくクリスティーンの生前にナイトリー侯爵家から定期的に送金を受けていた”F”は、エドマンド・フェラーズ氏である可能性が極めて高いわ」
ジェネヴィエーヴはベッドの上で重要事項を抜粋し関係性をまとめた資料を手にしながらつぶやいた。というのも、慣れないダンスの練習と、今を詰めた作業が原因で彼女は再び体調を崩してしまったため、ここ3日間ほど、ナイトリー侯爵から寝室から出ることを固く禁じられていたからだった。
ジェネヴィエーヴは致し方なく、作業室を一時的に寝室に移すことになり、自動的にアリアとノクターンも彼女の寝室へ集まることになた。元々ジェネヴィエーヴの部屋に入り浸っていたアリアと違い、初めノクターンは部屋へ入ることを断固として拒否したのだが、ジェネヴィエーヴが作業が中断されてしまった焦りも手伝って、強引に押し切ったのだった。それでもノクターンは薄着ネグリジェにガウン姿のジェネヴィエーヴを直視することができず、言葉数も少なく、意見を述べる時も彼女から目をそらし続けていた。
そのため作業はアリアが主導的に進めることが多くなっていた。
「クリスティーンとの関係がるとすると、それで問題になってくるのが、このエドマンド・フェラーズという人物は一体誰なのかということです。そして、私は改めてクリスティーンの遺品を見返してみました。そこでとうとうこれを発見しました。と言っても、新しく見つけたというよりも、元々あった記載に改めて注目したということなんですが」
アリアはテヘと可愛らしく首を傾げると、片手に一通の手紙を掲げ持ち、もう片方の手に持ったメモを見ながら説明した。
「これはクレメンティーンから、クリスティーンへ宛てて書かれた最後の手紙です。そこに成人していた兄弟たちの処刑と並んで、”小さなエディはどこに行ってしまったのでしょうか”という一文があったんです。私たちはクリスティーン以外のクレメンティーンの兄弟姉妹についてあまり注目してこなかったのですっかり見落としていたのですが、系図には初めから名前が記されていたんです。エドマンド・オルティス、没落したオルティス公爵家の末子で、クレメンティーンとクリスティーンの年の離れた弟にあたります。クレメンティーンの手紙に書かれた”小さなエディ”とはきっと彼のことでしょう。当時彼は12歳前後であったと思われます。10歳以上年が開いていますから、クレメンティーンが小さな、と形容したとしてもおかしくないと思います。」
アリアは衝立に張られた系図の前に立つと、エドマンド・オルティスの名前を指さした。
「パトリシア・フェラーズはオルティス公爵家に仕官していた人物なのでしょう。そして、政争のどさくさに紛れて、幼いエドマンドを逃がすことに成功したのでしょう。新国王即位の前後には粛清の嵐が吹き荒れたことと想像されますから、パトリシア・フェラーズはエドマンドを彼女の養子として迎え入れたのだと思われます」
アリアは系図にパトリシアの名前を書き加えると、エドマンドとの間を点線でつないだ。
「ですが、これは全て推測にすぎません。できることならこれを裏付ける更なる情報が欲しい所です。そこで、このフェラーズという人物を追ってみたいと思うのですがどうでしょうか?」
アリアの問いかけにジェネヴィエーヴは賛成よと言って頷いた。
「でも、調べると言ってもどうしたらいいかしら。フェラーズという貴族の名前は耳にしたことがないから、少なくとも都に暮らすような貴族ではないと思うの」
ジェネヴィエーヴが首をかしげると、今度はノクターンが口を開いた。
「ジェネヴィエーヴ様の回復を待って、これ以外の記録を保管庫で調査したいところですね。でも、それとは別に何か手掛かりはないかと思って、図書館で貴族名鑑を調べてみましたが、貴族の中にフェラーズという家名は見当たりませんでした。オルティス公爵家と関わりがあったということから考えて、少なくとも地方の紳士階級の家系なのだと思いますが、いかんせん手掛かりが少なすぎます。ですが、これまで調べた情報の中に〇〇州〇〇という地名が記載されていたので、この地名を調べてみたところ、この州の南部を治めているのは侯爵閣下の義理の義姉上である方の嫁ぎ先の家だということが分かります。〇〇という地域は隣接地に当っていて、同じ教会区になります。随分と古い記録になりますが、フェラーズという一家がこのばしょに所領を持っているのだとしたら、子孫がまだ居住している可能性も低くありません。そこで・・・」
ノクターンが一旦言葉を切ると、ジェネヴィエーヴがニコリとほほ笑んで、
「私に伯母上にお問い合わせて欲しいということかしら?」
と答えると、ノクターンが頷いた。
「いいわ。ベッド上ではできることも限られるけれど、文字を書くこと位はできるわ。では早速お手紙を書きましょう。時節柄ご機嫌伺のお便りを出す頃だったし、丁度よいわ」
そう言うとジェネヴィエーヴは早速ベルを鳴らすと、ペンと便箋を用意するように侍女に言いつけたのだった。
お読みいただき誠にありがとうございます。まだ続きます。