第1話 1年付き合った彼女に振られて、10年振りに幼馴染と再会した。
「……罰ゲーム、だったの……」
「……は?」
「だから! 罰ゲーム! だったの!!!」
長い黒髪を振って、少女――槇宮 愛羅は叫んだ。青みがかった切れ長の瞳に太陽光が反射する。
相変わらず綺麗だ。今日はいつもよりオシャレしてきたみたいだから、余計に。いや、別れる間際にどんな皮肉だよって話なんですけど。
「それって……最初から……?」
「えぇ。最初から。そもそも告白も罰ゲームだったわ。じゃんけんで負けたの」
「1年も、ずっと……?」
「そういうことになるわね」
「なんでずっと黙ってたの……?」
「だってその方が……貴方が悲しむと思ったから」
「えっ、そんな理由だけで? 1年も?」
「……まぁ、そうね」
愛羅が頷く。黒のタートルネックのセーターに、暗い色のデニムスカート(ミニ)がよく似合ってる。道行く人々はみんな彼女を二度見する。確実に百年以上に一度の逸材だろう。
――だから、まぁ……考えなかったわけじゃなかった。全部嘘なんじゃないかっていうのは。
愛羅に告白されたのは、記憶から葬り去りたい中学三年生、の冬。受験直後だったし、馬鹿みたいにテンションも上がって秒でOK。当時の俺は、壺を勧められれば疑いもせず買うような、純朴な少年だった……というか、壺を買ってでも一緒にいてくれる人が欲しかったというか。
とにかく、俺は人生初となる彼女ができた。それもえげつない美少女。
カップル仲は良好だったはずだ。じゃないと、1年も続かないし。確かに手を繋ぐ止まりだったけど、俺らの年齢を考えても妥当だろう。小学生で卒業するようなアクティブなやつもいるみたいだけど、少なくとも愛羅は俺にそんなこと求めてなかった……今考えたら、マジでしようとしなくて良かったけど。罰ゲームだもんな。そりゃ求めるわけないわな。
「……ははっ」
「羽澄くん?」
「お前、1年も付き合ったフリしてたのかよ。時間無駄にしすぎだろ。ウケんだけど。てかお前女優向いてるよ。演技上手いわ、マジで」
あーあ、なんかもう怒り通り越して呆れ通り越して面白くなってきた。1年もよく耐えたよなぁ。申し訳ないって、逆に。罰ゲームだって気づかなくてすいませんって感じ。
会話もノンストップで続くから相性いいんじゃねとか思ってたけど、よくよく考えれば槇宮さんが上手く回してくれてたってことじゃん?
……まぁ、気づかなかった俺がただの馬鹿だって話なんですけど。1番面白いのは能天気に頭に花咲かせてた俺だわ。
「なんで、笑うのよ……なんで怒らないの……」
「怒られたいのかよ」
「いや、違う、けど……でも……怒らないのも逆に怖いっていうか……」
「別に怒らねぇよ。怒ってもしょうがないじゃん。フラれたんだし、どうせ学校も違うし、もう会うこともないし」
「……だけどっ! 引き留めたりもなかったし、一応1年よ? ちょっとは……」
「怒られたいのはあんたが罪悪感紛らわせたいだけだろ?」
ひゅっと息を飲む。槇宮さんは目を大きく見開いた。
「さよなら」
ただ立ち尽くす元カノを背に歩き出した。
夕方の公園。デート帰りだった。話があるの、と袖を引っ張られて。
態度とかもう意味分かんないし、1年も騙されてたわけだし、そのくせ引き留められたがるし……怒ってないとか言ったけど実際めちゃくちゃ腹立つし。
「……でも、好きだったんだよなぁ」
今日だってヘアメイクも完璧に仕上げてきて、屋台の焼きそばを頬張る姿は可愛かったし、たまにお菓子を作ってきてくれたり、自分から恥ずかしそうに手を繋いできてくれたり。優しくて、ずっと心の支えになっていた。
「……虚し」
マジで鬱だ。その辺の木にロープ巻きつけてあったら迷いなく首を通すくらいには気分は最悪。だんだん家が近づくにつれて滲んでくる目元を必死で拭う。
泣くのなんて久しぶりだ。泣いたって仕方ないのに。それだけ彼女の存在が自分の中で大きくなってたってことなんだろう。今まで俺が生きてこれたのだって、彼女がいてくれたからだし。人生にあった唯一良いことなんて、彼女ができたくらいだ。ま、それも嘘だったんだけど。
マンションの自動ドアをくぐり、エレベーターに乗る。さすがに泣いてるところを人に見られたくはないから、必死に堪える。代わりに、腕を上着の上から撫でた。
6階で降りて、右に曲がって3番目の扉。見慣れた景色の中に、今日はイレギュラーがあった。
「誰?」
俺の家の前にしゃがみこんだ女の子。うつむき加減で、顔はよく見えない。栗色の肩下くらいの髪が、そよ風でサラサラ揺れている。春先なのにコートも着てないけど、寒くないんだろうか。荷物もスーツケース1つしかないし。
怪訝に思いつつも近づくと、少女は顔をあげた。
「えっと……御影くん?」
「あんたなんで俺の名前知ってんの?」
「覚えてないの? 私だよ、私」
「新手のオレオレ詐欺ですか?」
「そ、そんなわけない……じゃないですか」
「言葉ちょっと詰まってんじゃん」
「だって、御影くんが私のこと覚えてないっていうから、びっくりしちゃいまして」
少女はぷうっと頬を膨らませた。顔は可愛い。槇宮に並ぶ……いや、下手したらそれ以上。顔の系統は違うけど。
色素の薄いヘーゼルアイ――某1000年に1度の美人女優を彷彿とさせるそれが、光の加減でキラキラ輝いている。
「忘れたも何もそもそも知らないし……」
「うそ」
「勝手に決めつけるなよ」
こんな美少女、出会ったら絶対に忘れない。
美少女は下がり眉をさらに下げて、呟いた。
「花園 小梅って聞いたことないですか? 私、なんですけど……」
白い人差し指で自分を指す。
花園 小梅……脳の中で何度もリフレインして、気づいた。あれ、もしかして?
「えっ、うめちゃん!?」
パァっと顔を明るくした美少女、もとい10年ぶりに再会した幼馴染のうめちゃんはギュッと抱きついてきた。もしかしたら旅行にでも来たのかもしれない。今は春休みだし。
「久しぶりです御影くん! 思い出してくれて良かったぁ。これからよろしくお願いいたします!」
「う、うん?」
あれ、これからよろしくお願いいたします? ってどういうこと?
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