かわいそうにと
世界中で妙な現象が起きていた。
行方不明者が続出し、その殆どの行方不明者は一部の感情を失ったようにして帰ってくる。
この現象の最初の報告はオーストラリアのとある町、喧嘩して家出した娘の親が警察に駆け込んだ。その数日後何事もなかったかように帰ってきて過ごす娘のが様子がおかしいことに気づき、病院などに連れて行くも異常は見つからず、元気な娘を心配するほかなくなった。
それからがニュースに取り上げられてからしばらく、同様の事象が世界各地で散見され始めた。
行方不明者の共通点は何かに怒り悲しんでいたこと。帰ってきたものは一様に妙に明るくなって帰ってくること。
各国の上層部がそれに気づき焦りだした時にはもうすでにメディアが面白おかしく取り上げた後だった。
「陰謀だ」「神の奇跡だ」「悪魔に囁かれた」「終末の始まりだ」「宇宙人にチップを埋め込まれた」「新手の薬物依存か」「アメリカの洗脳装置か」「気候変動のせいだ」「外なる神の手によるものだ」「研究者から逃げた蜘蛛に噛まれた」「クローンが帰ってきている」「あの壁画でこれも予言されていた」「5Gの電波のせいだ」
世界中でさまざまな憶測がされているが解明につながる物はなかった。
僅かに見つかった共通点から世界中に注意勧告がなされた。
「怒らないでください、悲しまないでください、絶望しないでください。世界は光で満ちています。」
大国のトップが発したその注意喚起とも取れるものは、その現象に影響を及ぼすことはなかった。
現象が認知されてから約三ヶ月、日本国内でもその話題で持ちきりだ。それこそ謎の新興宗教が持ち上がるくらいにはその話題は人々に知れ渡っていた。
そんな中、上田亮平は絶望に打ちひしがれていた。
社会人として働き始めて1年半、
自らのミスで社内のデータを全て吹き飛ばした。損害は甚大、どこに頭を下げれば良いのかと楽観的に考えながらも右往左往していた彼に下された物は目が眩むような損害賠償と解雇通知だった。
職と住む場所を無くし残った物は莫大な借金。
亮平はこれからどうしたものか、と自宅であったアパートからさほど離れていない神社に立ち尽くし溜息をついていた。
「あぁ、どうしたらいいんだ……。」
亮平の口からこの数ヶ月幾度となく漏れた言葉がまた吐き出される。
そもそも本当に自分だけの責任なのか、杜撰なデータ管理をしていた会社側にも責任があるのではないのか、これまた幾度となく思考したあれこれがぐるぐると廻る頭でふらふらと歩いていたら気づけばそこに居たのだ。
亮平には自分が今どこにいるのかすら分かっていなかった。
立ち尽くしもはや悲しみすら浮かばなくなったその顔を他者が見れば例の現象だと思っただろうが、深夜の暗い神社を差す月が照し出すのは亮平のみだった。
ふと神社にいる事に気づいた。
「神社か…」
小さな神社の境内に歩きだした亮平の足音が響く。
「にれいいっぱくいちれいだったか」
うろ覚えの文言を口に出しつつ二礼し手を叩き目を閉じた。
その時亮平の頭にあった事はやはり借金のことだった。とにかくどうにかしてくれ、そうじゃないとどうにかなりそうだ、とどうしようもないとわかりながらも無我夢中で神に縋った。
目を開けた時、亮平は白い空間にいた。
そこにものがなければ上下の感覚などはわからぬであろう空間、しかし目の前には巨大な物体があった。
それは間違いなく人だった。あまりにも巨大で最初それが人の足だと言う事に一瞬気づかぬほど巨大な。
亮平は思わず目を見張り、これは夢かと思いながらもそれから見上げた。そしてまた口を惚けずにはいられなかった。
《おかしいね、わかりやすく君の思う神の像を象ってるはずなんだけど、他は皆涙を流して喜んだがこの子は違うようだ。》
「なん、だ、なにしてんだ」
無意識ででた言葉でそのことに気づく。自分の何倍もある大きさのそれはどう見ても祖父だった。
亮平は体の自由が効かぬまま無我夢中で走り出した。祖父が怒るとこんなことになるのかと頓珍漢なことを考えながら走り出した。
《…………………》
大きなソレは何か先程の祖父の声とは違う音のようなものを出しながら逃げ惑う亮平の前を堰き止めるように手を伸し、それからまた声を掛けた。
《こんにちは、人間が言う神のようなものだ。絶望しているようだから少し動かないでほしい助けてあげよう》
「はあっ!?」
亮平は驚きつつもとにかく逃げた。こんなものに捕まったら何されるかたまったものじゃない。先ほどまでこれ以上ないと思っていた以上の絶望が今頭上から振り下ろされようとしているのだ。
《動くと消せないじゃないか、やりづらいから止まってくれ》
その言葉に亮平はついに気が動転して転んでしまう。慌てて転げたまま叫び返す。
「けすって、どういうことだよ!やめてくれ!そんなそんなこと頼んでない!戻してくれ!戻してください!ゆ、夢だろ!起きてくれ!」
無我夢中で目を瞑り転げ周り夢中でそんなことを叫ぶ。
それから大きいソレは言葉を向けた。
「ふむ、そういうものか、そういうものか……」
亮平は目を開けて一礼しまた言葉を吐いた。
「あぁ、どうしたらいいんだ。」
それからまたふらふらと歩きだした。
ある時、人間達に目を向けた神はふと思った。
なんで可哀想な生き物なんだと。
それは奇しくも神が人間から消そうとした感情に近いものだった。
一つの物事に一喜一憂する彼らがとてもかわいそうに思え、それと同時に可愛く見えたのだ。
それから神は自分の目についた人間達から負の感情とその記憶を取り出し、その人間を眺めて楽しんだ。
それは長いこと人の身に降りかかる事のなかった神の手による奇跡、ちょっと魔のさしただけのお節介だった。
その行為が人間から望まれないことだなんて微塵も思っていなかった。
神はそれから少し手を止め幾らかの人をつまみ上げ言葉を聞いて、面白そうだと傍観することに決めた。
ジャンルホラーにしたけどよかったんだろうか