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第七話 それは耐えられないわ……。

 あからさまに怪しい男たち。一人は出口付近で退路を確保しているのか? 建物の正面に着けられた、所属不明の馬車も見える。アリッサを捉え抱き上げた男は、首元に刃物を突きつけて、見せつけるように威嚇をする。

 建物の外へじりじりと、すり足でもするように足を進める牛歩戦術。誰もがアリッサの身を案じて、手を出せないでいるようだ。


「(アリッサちゃんの護衛を任された私がなんとかしないと――)」


 リリティエットは、幸いまだ酒が入っていない。だから彼女は冷静に状況を判断できただろう。実行役がひとり、建物の入り口にひとり。馬車の御者にひとりと。少なくとも三人はいると思われた。


 この男たちがアリッサを(さら)おうとする理由はなんだろうか? 女神イヴニスの守護を受けたと噂をききつけ、彼女を手に入れんと企てる不逞の輩か? ただ可愛らしい子供を、その手の趣味のある者たちが手に入れようとする輩か?


 ただそれは、この場のリスクから考えると割合わず、あまりにも不可解だ。建物の陰なり、夜間静まった後なりで犯行を行うという話は聞いたことがある。だがこのように、衆人環視の中での大胆な犯行はあり得ない。


 リリティエットにとってアリッサは、警護対象とはいえ、ある程度以上ご近所付き合いを重ね、両親共々仲良くなれたこの距離感。だからこそ心配になり、アリッサの表情を伺う。

 ところがどういうことだろう? 当の彼女はきょとんとしている。


 あれだけ賢い彼女とはいえ、自分の身に何が起きているかわかっていないのか? (おび)えているにしては、少々様子がおかしくも思う。


 当のアリッサは、思ったよりも冷静だった。自分が誰とも知らない人に、攫われそうになっているとしても冷静だった。首元に刃物を突きつけられているとわかっていても、なぜか冷静だった。

 バーチャルリアリティ――仮想的とはいえ現実と同じに感じる空間で、彼女はこれ以上危険ともいえる瞬間。例えば、足を滑らせてしまえば真っ逆さま、落ちたら即死するような高さに、部妙なバランスを取りながら立っている経験をしたことがある。

 もっとグロテスクで気持ち悪い、恐怖感を(あお)るような怪物、怪異、化け物がいて。そんな相手とも、近接戦闘の場面でHP(しのぎ)を削り合った経験がある。


 それを記憶として、知識として知っているからか、この程度では怖くもなんともない。怖がるどころか、ちらりと上目(うわめ)でローブに陰った顔を確認して、知り合いでないことを確認するほどの余裕がある。

 もちろん、酒場にいる血気盛んな常連客たちの視線。安易に助けだそうとして自分を傷つけてはならないと、葛藤し、躊躇ってくれているのも気づいてはいる。


 そんな中、獣が獲物を狙うような視線。自分を連れ去ろうとしている男の挙動を、冷静に値踏みして機会をうかがっている。そんなリリティエットにも気づいてはいる。

 だから彼女と視線を合わせて、『大丈夫だよ』という笑みを送る。リリティエットはアリッサの視線に気づいて、驚いていた。


 アリッサは、リリティエットに向けて合図を送る。


「じゃ、いい?」


 ここにいる常連客も、リリティエットも何度も聞いたことがあるこの台詞。彼女がこくりとひとつ頷いたのを、アリッサは見ていた。

 アリッサを連れ去ろうとしている男には、何のことかわかっていない。だが、自分が抱き上げている少女の、楽しそうな薄ら気味の悪い声に、背筋が冷える感覚を覚える。


「いくよ?」


 間違いなくアリッサが、自分に向けて合図を送っているのがリリティエットには理解できていた。とても賢い少女だと知ってはいたが、今はその腕力以外の面に末恐ろしさを感じる。

 リリティエットは体を低くする。軸足をやや後方に引き、組み手の際に一瞬で間合いを詰めようとするように、いつでも飛び出せる(ため)を作る。杖を握る右手も、力が入りすぎないよう意識をする。


 アリッサは、自分を抱きかかえる男の、刃物を突きつけている手首を、自らの両の手のひらで挟み込む。男には、彼女が刃物を怖がって、腕を遠ざけようと抵抗しているように思えただろう。


「ぎゅーっ」

「――ぅぁあ゛ああああっ!」


 声にならない男の呻き。同時に地面に落ちる刃物の落下音。


 常連客の間を縫うように、足音を立てずに間合いを詰めてきていたリリティエット。彼女の持つ杖の先端が、目にとまらない速度で男の顎の先端を叩く。

 膝から男が崩れ落ちる瞬間、アリッサを奪い返す。倒れる男の体を背中で受け流し、くるりと反転して首を踏み押さえる。


「ごめんなさいアリッサ様。後れを取ってしまいました」

「ううん。ありがとぉ(アリッサ『様』? もしかして、あ、そういうことなの?)」


 ブルズゲアたち酒場の常連客たちは、唖然とする前に動けていた。残りの二人が状況に追いつけないでいる間、力任せに取り押さえてしまう。


 リリティエットとブルズゲアたちは、アリッサを連れ去ろうとしていた男の右手首に気づく。手首の手前から細くしぼんだ状態になっており、おまけに曲がってはならない方向へ折れてしまっているのだから。

 『あぁ。あれは嫌だ』『あれは痛すぎる』『意識を保ってなどいらるわけがない』などと、皆思っただろう。そう、まるで『生搾り』のあとの、グレープネーブルのなれの果てのように、悲惨な状態になっていたのだから。


『おぉおおおおおっ!』


 常連客からは歓声があがる。リリティエットは、慌てて厨房から出てきたダンドロールに、アリッサを預ける。クレーリアも掛け寄り、アリッサの無事を確かめ合った。


「だいじょうぶ。ね? お父さん、お母さん」


 ウエイン亭の酒場が閉店作業を終えた後の、村長宅四階――。


「遅くなって申し訳ございません。私は、クルムポート魔道士団、次席魔道士。リリティエット・ウィム・メルトライトと申します。クルムポート伯爵領領主、ヴエンディエラ閣下より密命を受けて参りました。とはいっても、もう半年前の話なんですけどね」


 毎日のように朝昼晩と酒場に通い、美味しいご飯と美味しいお酒。アリッサ特製『グレープネーブルの生搾り』を何杯もおかわりしていたら、初めましてではないことも苦笑の一部。


「うん、知ってるよ。リリティエット先生だもんね?」

「はい。私は閣下よりアリッサちゃん、いえ、アリッサ様を陰からお守りするよう。その、半年は正体を隠すように言われていたのでその……」

「えぇ、違和感ありましたものね」

「ですよねー」

「三食うちで残さず食べてくれて、アリッサの勉強もみてくれてるし、俺もありがとうと言いたいところなんですけど」

「はい、とても美味しいです。あ、その、いえ」


 真っ赤になってうつむくリリティエット。


「それで、名乗っていただいたということは、領都へお戻りになってしまうのですか?」


 そう、クレーリアが聞く。


「いえ、その。閣下からはですね、『しばらく嫁ぐつもりはないんだろう? 決まるまで、帰ってこなくていいから』と、残酷なことを言われているんです……」

「それはよかったわ。じゃ、あなた」

「あぁ。これから晩飯だから、食べていってもらえますかね?」

「あ、よろしいんですか?」

「えぇ。アリッサもいいわよね?」

「うんっ」


 こうしてリリティエットは素性を明かし、翌日クルムポート伯爵領領都へ一時戻り、その場でヴエンディエラにクルムポート魔道士団としての、任を解かれることになる。

 実家へ帰り、父と母へアリッサに仕えることになったと告げた。『でかした』と褒められる一面はあったが、同時に婚姻はしばらくはないと呆れられる。


 翌日ウエインベールへ村へ戻り、正式にアリッサの従者となることとなった。同時に家庭教師と、朝の鍛錬相手をすることになる。

 男爵家の令嬢が、一村長の娘の従者となるのは異例中の異例。だが将来的に、この国の最重要人物のひとりとなるアリッサの従者であれば、それこそ異例の大抜擢。昇進どころの騒ぎではない。

 ただ、大っぴらに公表できないのが残念なところ。村の者は彼女を知ってはいる。しばらくは、ウエイン亭に新しい従業員が増えたとの認識で十分だろう。


 隣の建物にあった部屋を引き払い、四階にあった空き部屋へ引っ越す。表向きは、宿屋の事務仕事と受付業務を行う。

 報酬としてクレーリアが提示したのは、魔道士団のときと同額の給与と三食のご飯。アリッサの『生搾り』飲み放題。リリティエットは、クレーリアと即時握手を交わし、契約完了となったのだった。


「いらっしゃいませ。ウエイン亭へようこそ。ご宿泊でよろしいでしょうか? ではこちらの宿帳への記帳をお願いいたします」



お読みいただきありがとうございます。

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