第五話 スキル上げと親孝行。
アリッサが、五歳の誕生日を迎えてから半年ほど経った。それは夏の暑さが、少々厳しくなってきたころ。
毎日のように彼女は、一日のうち二十回は『グレープネーブルの生搾り』を実演販売。ウエイン亭の売り上げも爆上げ状態で貢献できており、看板娘の役目を全うしていた。
アリッサはあれから毎日、聖魔法のレベルと筋力を上げるために鍛錬を欠かさないでいた。
レストラ・オンラインでの筋力上げの方法として、多く用いられたのはこうだ。歩くのが辛いと思うほどの荷物を背負って歩いたり、薪割りや木の伐採で斧を振るうのが良いとされていた。そこでアリッサが思いついたのは、父ダンドロールの手伝いだった。
ダンドロールと母クレーリアにもっとお手伝いをしたいと願ったら、当たり前のようにもの凄く喜ばれた。
まずは、薪割りを手伝うことにする。これは本来ダンドロールの役目で、薪は宿のお風呂を沸かすのに必要なものだ。
毎日朝食のあと、宿の裏手にある購入した薪材を割る。最初は丁寧に、怪我をしないようにやりなさいと教えられた。
短く伐られた薪材を、真上から鉈で半分に割る。次にそれをまた半分に割る。ただそれだけの単純作業。
慣れないうちは、堅い土台に置き、半分に割るまでは五回ほど力を込めてやらないとだめだった。だが、慣れてしまうと、二回ほどで真っ二つ。
一度は驚いたダンドロールも、アリッサの力の強さを思い出すと納得してしまう。それどころか娘が自分の仕事を手伝ってくれるのと、毎日の作業が早く終わるのは嬉しく感じていただろう。その分、料理に没頭できる時間が増えるのだから。
数日するとアリッサは、薪材を短く伐る作業までやるようになってしまった。半月しないうちに、ダンドロールの作業はなくなってしまう。彼が二時間ほどかけていた作業は、彼女の手にかかってしまえば、一時間かからないで終わってしまうからだ。
半月後の彼女の筋力はこうなっていた。
筋力:現在75:補正138:成長限界9999
薪割りは、筋力アップにとって理にかなっていたのだろう。五歳と半年でこの村にいる男衆は、アリッサと並ぶ腕力を持つものがいなくなってしまった。
同時に、筋力上げを行った際、見覚えのある新しいスキルが発現していた。その名も『手加減』。このスキルにより、いくら筋力が上がったとしても、ものを壊したり人を傷つけてしまう心配はないのだろう。
アリッサは、疲れを感じた際、『初級体力回復魔法』を使い続けた。もちろん、魔力の枯渇に注意して。
『初級体力回復魔法』は、文字通り初級だったようで、魔力の減りが1ずつだった。そのおかげで、魔力が増えると同時に、試行回数を増やすことができた。
数をこなすことで思った以上の効果が出ている。今の魔力はこのようになっていた。
魔力:現在50;最大55:成長限界999
そしてやっとアリッサの念願が叶う。
聖魔法:レベル1:成長限界10
今までは徐々に疲れが抜けるような『初級体力回復魔法』。だが昨夜あたりでははっきりと効果が出る感じがあった。
今朝目を覚まして、やっとのことで聖魔法のレベルが1になったのが確認できた。自ら名乗ることはしないが、アリッサは晴れて『聖魔法使い』となったのだ。
仕事を終えて、夜。ダンドロールとクレーリアが、仲良く晩酌をしようとしていたとき。アリッサはダンドロールに抱きついてこう言った。
「お父さん、つかれたでしょ? ちょっとだけたすけてあげるね」
「ありがとう。それで、どうしようって言うんだい?」
最初はアリッサのいたずらのようなものだと思っていた。
「『我が内に宿る聖なる光を元に、命の糧を戻したまえ――体力回復魔法』」
アリッサはダンドロールが聞き取れないほどの小さな声で、聖魔法の詠唱をする。すると、彼の体から疲れが一気に抜けてしまった。
「おや、これはどういうことだ?」
「どうしたのあなた?」
アリッサはダンドロールから離れると、今度はクレーリアの肩から抱きつく。
「あのね。お父さんのつかれたの、とっちゃった」
ダンドロールは、首を左右に傾ける。重たい鍋などを持つ左腕を、肩からぐるぐる回すと、驚いた表情をしていた。
「そうなんだ。体にあった疲労感が、消えるようになくなって、……な」
「……もしかして今のは、聖魔法なの? アリッサ」
「アリッサ、そうなのか?」
「うんっ。お母さんも、はいっ(『――体力回復魔法』)」
口ずさむ必要もなく、頭の中で正確に呪文を組み立てるだけで、初級のものなら魔法は発動する。本当に、レストラ・オンラインと同じ現象が起きていた。
「――わ。これ、腰と肩と首に感じてた辛さも、全くなくなったわ」
料理人のダンドロールは、実質毎日立ち仕事。村長でもあるクレーリアは、宿の経営、村の運営など、事務仕事や調整、話し合いなどの座り仕事が多く、腰などに負担がかかっていたはずだ。
「えへへー(あはは、って笑ったつもりだったんだけど。こうなるのね)」
これが、年齢に引っ張られるという感覚なのだろうか? 洗礼のときに得た記憶の一部や情報によって、精神的に早熟となったアリッサ。
半年前に比べたら、多生滑舌は良くなっている。それでも舌っ足らずな感が抜けないのは、そういうことなのだろうと諦めていた。
「(そのうち追いつくでしょう。些細なことよ)」
彼女は現実を認め、案外冷めた考えを持つのだった。
翌日、朝食の後、村長兼宿屋の主クレーリアが、アリッサの聖魔法を村の皆に役立てたい。そういう気持ちがアリッサにあったと聞き、商会の集まりで説明がなされた。
酒場での昼食の部が終わり、一時間だけ時間をとることに。
この村には、医師も薬師もいない。一番近いクルムポート伯爵領の領都から、買い置きの薬を届けてもらっているのだ。
簡単な怪我や、熱病などは、対応する薬を飲んで数日大人しくしていれば、症状は和らぐ。子供やお年寄りの急な怪我や病気の対応のみ、領都から救急の馬車を呼んで、医師に見せにいくのが普通だった。
医師と言っても、医学的に知識があり、症状によって薬師と連携して薬を選ぶ。病状を進行を気にかけ、解放まで寄り添ってくれる。これがこの世界での医師だった。
王都にはもちろん、領都にもかなりの人々が住んでいる。だから、毎日のように怪我を負ったり、病にかかることもある。
正直言えば、医師にも薬師にも手に負えない状況が訪れる。そんなとき、最後に頼るのが、王都にいる聖女様だった。
聖女様も、常に王都にいるわけではなく、往診として、各領の領都や町、村へ自ら足を運び、困っている人の力になる。それが今の聖女様だった。
だからアリッサも、早く一人前の聖魔法使いになり、医師の先生や薬師の先生。王都の聖女様の助けになりたい。そう思っているのだった。
昼食の時間のあと、体の調子の悪い人を食堂に集まってもらった。指先を切ったり、打撲をしたりという軽度のものは、薬で対応できる。そうでない、困りごとになってしまっている人を助けたい。そうアリッサも、クレーリアも思っていた。
アリッサの前に座る女性。彼女は、近所にある雑貨屋の奥さんだ。
つい先月、初めての出産を終えたそうだ。赤子も無事生まれたとのこと。だが、産後の状態がよろしくなく、慢性的な腰痛が残っていて、彼女を苦しめてしまっているとのこと。
「あなた。上から長椅子を持ってきて」
「わかった」
ややあってダンドロールが長椅子を担いで降りてくる。アリッサと雑貨屋の奥さんの前に置く。
「ありがと、お父さん」
「いいからいいから」
「あのね。お母さん」
アリッサはクレーリアに耳打ちをする。
「わかったわ。奥さん、ここにこうして、うつ伏せになってもらえるかしら?」
「えぇ。これでいいのかしらね?」
彼女はクレーリアの言うとおりにうつ伏せになる。薄い肌掛けを肩からお尻にかけて、隠すようにかけてあげた。
「えっと。ここは痛い?」
「いいえ」
「ここかな?」
「そう。そのあたりから脇と脇の間の骨があるでしょう? その間が、常にしびれる感じで、痛くて辛いのね」
「うん。やってみるね(初級だとあまり効かないかもだし、ここは普通のがいいと思うのよ)」
アリッサは、彼女が痛いと教えてくれた中央あたりに、両手のひらを置く。目を閉じて、集中して、魔法の呪文を唱える。
『我が内に宿る聖なる光を元に、更なる癒やしの奇跡を顕現させよ。通常回復魔法』
唱え終わると、アリッサの両手から、腰、背中の患部温かい何かが広がっていく。
「どう? 何かかんじる?」
「えぇ。腰から背中が少し熱くなったような。とてもほかほかして、まるでお風呂に入ったあとのようだわ」
「お母さん」
「はいはい。奥さん、体を起こして座ってくださる?」
「えぇ」
「その場で、体を前に倒してみて? どうかしら?」
「あら? あらあらあら? 伸びるわ。全然痛くない。これ、すっごく……」
彼女は目元から涙があふれていた。今まで相当痛みに耐えていたのかもしれない。
クレーリアは腰元の袋から手ぬぐいを出し、彼女の目元を拭う。
「大変だったわね。私はこの子を生んだとき、運良く体が回復したわ。でもね、こうなることも最初から覚悟して、お腹に宿したのよ」
世の母親は、この程度のことは覚悟の上で、子供をお腹に宿すものだ。アリッサは初めて知った。母親は強い、そう改めて認識する。
「このお代、どうしましょう?」
「それならね、旦那さんと一緒に、一度夕食を食べに来てくれたらいいわ。ね? アリッサ」
「うんっ」
「そんな。……それでいいんですか?」
「アリッサは、村の皆の役に立ちたい。そう言ってくれているんです。この子の意思を、私は尊重するつもりなんですよ」
来るときは、片方の足に寄りかかるように歩いていた彼女も、帰りはしっかりと歩けていた。
これはただの奉仕活動ではない。アリッサにとって、聖魔法と魔力の鍛錬。レベル上げでもあったのだから。
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