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第三話 過去のボク。

 クルムポート伯爵領領都での洗礼を終え、乗合馬車を乗り継いで、ウエインベール村へ戻ってきた。あのあと、自身のスキルレベル確認する際、スキルボードを頭に描くのに必要な、祝詞(ことば)を教えてもらっていた。

 丁寧な言葉で『七神様たちにお会いしたいです』という意味の言葉を頭に浮かべて、手を握ってお祈りをすればいいと説明してくれた。


 色々と何かを思い出してはいたが、記憶と情報が混濁、錯綜してしまい、アリッサの頭の中は混乱の真っ只中。それでも簡単なことであれば彼女には、なんとなく理解できている。

 自身の情報を得るために必要なも。それが実は、ゲーム時代にあった『七神に祈りを捧げる』という、ステータス情報を見るためのコマンドボタンだった。


 アリッサは、前世の自分が誰だったかを思い出したわけではない。ただ、『レストラ・オンライン』というゲームの中で自分が活躍し、皆と楽しく遊んでいた。いや、没頭していたということは、しっかりと思い出せていた。

 登場していたキャラクターの名前など、細かい情報までは思い出せるわけではない。ただ、領都のあるクルムポート伯爵領。この領名や、国の名前。世界の名前も思い出せていた。

 あの石版が、簡易的なステータスボードだったことはすぐにわかった。神殿にあった七体の石像は、間違いなく七神たちを形取ったもの。それこそ生き写しの姿のまま、石像に仕立て上げてあったということ。

 とても仲が良かったと記憶にある、思い出深い女神イヴニスがそこにいて、アリッサは少し嬉しくなった。


 今夜、酒場の営業は一時お休み。ダンドロールが手間暇かけて仕込みをした、今日のためのご馳走を親子三人一緒に食べた。そのあと、アリッサは自分の部屋で寝るように言われる。


「おとうさん、おかあさん。おやすみなさい。あとね、ありがとお」

「うんうん。ゆっくり休むんだよ」

「えぇ。おやすみなさい。アリッサ」


 ダンドロールも、クレーリアも、これから酒を酌み交わしながら二人でお祝いをするのだろう。なにせ、この国でも二人目とされている、聖魔法のスキルが顕現したということだ。これが祝わずにいられないだろう。


「あなた。アリッサったら、もしかするわよ?」

「あぁ。これからが大変かもしれないが、とりあえず、アリッサに」

「えぇ。アリッサに」


 『チン』と、グラスを鳴らして、琥珀色のお酒をゆっくり流し込む。


「ふぅ。おいしいわ」

「あぁ、旨いな」


 一方、アリッサの部屋――

 お風呂に入って、ゆっくりと疲れを癒やす。寝間着に着替えてベッドに横になる。

 仰向けになって天井を見上げて、頭の中で囁く。


「(イヴニス様に感謝を……)」


 すると、目の前にステータスボードが投影され、彼女の情報が表示されている。


「(さっき戻ったばかりだから、ちょっと気持ち悪いし。年齢に合わせて、ろれつが回らない感じがあるから、そこは気をつけないと。それとこれ。スキルレベルがほぼリセットされているわ。苦労して10まで上げた聖魔法が、レベル0だもの……)」


 何年もかけて根気よくスキル上げをした聖魔法レベルが、まったくの初期状態。スキル取得時と同じ状態になっているのが確認できた。ただ、またスキル上げという楽しみもまっているから、残念な気持ちは相殺されたようになる。


「(なんだっけ? 最初に練習するための詠唱に使う呪文。しばらく使ってなかたから、忘れちゃったわ……)」


 あのゲームでは、脳内でイメージしやすいように、初心者用の呪文が組み立てられていた。この世界があのゲームの世界と同じとは思えないけれど、何か似ている感じがあった。

 そう思えたのはきっと、『七神』という言葉と、あそこにあった七人の石像。真ん中にいたのは、見間違うことは絶対にない。沢山遊んだ、GM(ゲームマスター)のイヴニスが微笑んでいたのだから。


 もちろんここで生を受けて、父と母と過ごしたこれまでの日々を忘れたわけではない。その思い出の隙間をこじ開けるように、ゲームの世界で遊んだ記憶が混ざってしまい、アリッサを困らせてしまっているようだ。

 だから少々の混乱が起きてしまっているのだろう。


「(あ)」


 思い出した。

 内緒話をするような、声にならない声の上げかた。声帯を振動させないような話し方で、頭に浮かんだ呪文の詠唱を口ずさむ。


『我が内に宿る聖なる光を元に、癒やしの奇跡を顕現させよ。初級回復魔法(ミニマムヒール)


 体中から熱い何かが手のひらに集まっていく感覚。徐々に右手が暖かくなったかと思うと、目の前が白く霞んでくる。


「(あー、やっぱり。MP(エムピー)が枯渇したみたい。仕方ないわ、ボク、五歳なんだも――)」


 見えているステータスボードに手を伸ばしながら、スキル上昇に失敗して数値が上がっていないのを悔しく思い、数字をひっかくように空を切る幼い手。(まぶた)が重くてしかたがない。そんな感じに、まるで気絶でもするかのように意識が遠のき、アリッサはついに眠ってしまった。


 ▼


「アリッサ、起きなさい。朝よ」

「……おかあさん?」

「えぇそうよ。おとうさんもね、ご飯作って待ってるわ。ほら、早く顔を洗ってらっしゃい」


 ここはウエイン亭のある建物の四階。一階が酒場と受付。二階三階が宿に、四階が村長宅になっていた。

 丈夫な木を加工して、その先にシシの毛が植えられた歯ブラシ。口の中がすーっとする粉と、これでもかと限界まで細かく砕いた、樹皮の灰でできた歯磨き粉。それを手のひらの上で水数滴を垂らして練る。歯ブラシにつけて、こしこし。

 丁寧に歯を磨いたら、『ぐじゅぐじゅぺっ』と水で口をすすぐ。そのあと、顔を洗ってクレーリアを呼ぶ。


「おかあさーん」

「はいはい。いまやってあげるわ」


 洗面台の横、脱衣所にある大きな姿見の前に椅子を持ってきて座る。そこでクレーリアが到着。アリッサの髪をツインテールにしてくれるのだ。

 髪を結ってもらっているあいだ、『(イヴニス様に感謝を……)』と頭でつぶやく。目の前にステータスボードが出現する。


「(やっぱり、聖魔法0のまま。簡単には上がらないわね――って、何よこれ?)」


 聖魔法レベルは0だが、その上の方にある基礎ステータス。そのMPマジックポイントにあたるだろう、魔力の項目がちょっとおかしい。

 魔力:現在2;最大2:成長限界999になっていた。


「(おかしい。基礎ステータスの限界って、こんなにあった?)」


 よく思い出せていないが、ここまで高くはないはず。というより、魔力の数値が2の2。どうりで、最弱の回復魔法一回行使するだけで、ぱたりと倒れてしまったのもうなずける。


「(あとで詳しく調べてみないと駄目でしょう。どこまでわかるか、わらないけど)」

「できあがり――っと。うん。可愛いわ」

「ありがとぉ、おかあさん」


 少しでも滑舌良くしゃべってみようとしたのだが、年齢と体の成長にひっぱられてしまい、こればかりはどうにもならないようだった。


「どういたしまして」


 額をつけ合って、朝の目覚めのご挨拶。一緒に階段を降りて、一階にある酒場兼食堂へ。キッチンはこちらにしかないから、朝ご飯や晩ご飯もここで食べているのだった。

 早くに出立する商人たちが、すでに朝ご飯を食べ始めている。


「おはよう。アリッサちゃん」

「おはよーございますっ」


 元気よく返事をする。これは今まで続けてきた、看板娘のお仕事なのだ。いつも座っているテーブルにつく。すると、ダンドロールが朝ご飯を持ってきてくれる。

 海の魚でだしをとった、さっぱり味の押し麦雑炊。甘い卵焼き。それに一杯のミルクだ。

 アリッサは手を組み、胸元に持ってくると目を瞑る。


「しちしんさまにかんしゃを。では、いただきます」

「はい。どうぞ」


 ダンドロールもクレーリアも、宿泊客の食事の世話で忙しい。だから朝ご飯はいつもひとりで食べる。だが、一緒の場所にいるのだから、ぜんぜん寂しくはない。

 ご飯を食べているアリッサに、食事を終えた宿泊客たちが、声をかけてくれる。


「じゃ、またね。アリッサちゃん」

「はい。いってらっしゃいませー」


 アリッサは顔を上げて、笑顔で送り出す。これが、看板娘というものだと教えられていたのだった。

 

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