第二話 そういえばボク。
「――ふーっ」
うす暗い店内に揺らめく、五本のロウソクが順番に吹き消される。ややあって明かりがついた。
『『『アリッサちゃん。お誕生日おめでとう』』』
沢山の拍手とおめでとうの言葉。
「ありがとー」
両手を高く上げて、応えるアリッサ。アリッサの右側には、母クレーリア。左側には、父ダンドロール。
クレーリアが立ち上がって、皆を見ながら感謝を述べる。
「私の娘の誕生日を一緒に祝ってくれてありがとう。食べてください。飲んでください。私のおごりです――あ、お酒のおごりは、二杯までですよ?」
『あははははは』
夕方のウエインベール村。宿屋兼酒場兼村長宅ののウエイン亭。カウンターの前に置かれたテーブルの上には、アリッサが乗ってしまえるような大きさのケーキ。
今日この日、アリッサはこの国でも子供たちにも大切な、五歳の誕生日を迎えた。
明日の朝、待ちに待った洗礼を受けられる。父ダンドロールと、母クレーリアを含め、この場にいる皆の、大方の予想は当たっているはずだと誰もが思っている。
間違いなく、『腕力に由来する加護』を受けているだろうと。
翌朝、アリッサは両親とともに、クルムポート伯爵領、領都にある七神様たちが祭られる神殿へ向かっている。王都と伯爵領領都を結ぶ、循環乗り合い馬車に乗っていた。この馬車は、一日あたり十往復ほど走っている。そのため、王国民の足として使われているのだった。
この国の子供は、五歳になるとこのアリッサのように、神殿で洗礼を受けることができる。洗礼とは七神様たちに感謝を捧げ、これからの無病息災を祈る。祈りのあと、守護されるべき七柱の中から一柱が告げらる。名と姓の間に、家名である姓のない場合は名の後に、その神の上位文字を名に刻むという習わしがある。
例えばダンドロールの場合、守護柱が火の神フェルミスであることから、ダンドロール・フェル・ウエインベール。クレーリアの場合、守護柱が闇の女神ノワレスであることから、クレーリア・ノワ・ウエインベールとなる。名を名乗ることで、誰の守護を得ているかがわかる形になっているのだ。
その際、授かっている加護、または今後授かるであろう加護を教えてもらえる。家庭向け、仕事向けの加護を授かることが一番多いそうだ。
ダンドロールもクレーリアも、天職を授かることはなかった。ただ、クレーリアは町長の一人娘で家を継ぐことが決まっていた。幼なじみのダンドロールは彼女を支え続け、婿入りしたのだという。
クレーリアは五歳のときに『真贋』のスキルを得て、ダンドロールは料理のスキルを得た。ダンドロールが料理に長けていたからこそ、この宿屋で酒場を経営することができたという。だからウエイン亭の味は、実は『お袋の味』ならぬ『親父さんの味』ということになるわけだ。
二人の昔話を聞きながら、アリッサは自分の身にこれから何が起きるのか、期待に胸をふくらませ、ワクワクが止まらなかった。
お昼になる前に、クルムポート伯爵領の領都に到着。王都ほどではないにしても、村の優に数十倍はある敷地面積の中、栄えた町並みがとても新鮮に感じる。
馬車ターミナルで循環乗り合い馬車を降り、神殿行きの馬車に乗り換える。子供を連れた親だとわかると、御者の男性が『お嬢さんは五歳ですね? おめでとうございます』とお祝いの声をかけてくれる。
「そうです。ありがとう、ございます」
「いいえ、どういたしまして」
アリッサは笑顔で応える。酒場のお客さんとのやりとりがあるからか、人見知りしない子に育っていた。
ややあって、馬車は神殿に到着する。円錐状で角のない建造物、これが七神様をまつる神殿の特徴。どの領都、王都であっても、この建物は神殿だとわかるようになっている。一階には四角い入り口。回りの建物とは一風変わっている上に、その高さも倍以上ある。
神殿は、アリッサにとって見上げるほど大きく、上を向いてぽかんと口を開けてしまうほどのものだ。彼女のその可愛らしさに、ダンドロールもクレーリアもつい口元を緩めてしまう。
神殿の中に入ると、礼拝堂があり椅子が平行に並べてあり、正面にはステンドグラスのようなモザイク画の壁が見える。ここはおそらく、婚礼などの式典が行われる場所なのだろう。
「うぁ、大きいねー」
「そうね」
「あぁ」
モザイク画は、七神様たちをモチーフに作られているようだ。ただ子供にはわかりにくい感じに、様々な色の石がはめ込まれている。アリッサには『ただ大きな絵』としか見えないのだろう。
モザイク画を見下ろし、右側へ視線を移すと、その右下横には奥へ繋がる通路がある。すると奥からひとりのシスターが出てくる。
「こんにちは。お嬢様の洗礼でしょうか?」
「はい」
ダンドロールがそう答える。
「では、奥へ案内いたします」
「よろしくお願いします」
今度はクレーリアがお願いをする。彼女に手を引かれて、アリッサも奥へ進む。殿はダンドロール。やや緊張しているアリッサの後ろ姿に、でれっとしそうになるのを堪えていた。
先ほどの広間の、おおよそ八分の一ほどの大きさの部屋。そこには、様々な高さの、男女の石像が七体。ほぼ人々と同じ等身大。中心に、髪の長い優しそうな表情の女性。右には頭二つ分くらい背の高い、肩口くらいの長さの髪を持つ細身の女性。おそらく彼らは、七神様を形取った本尊なのだろう。
石像の前には、なぜか人数分の椅子が用意されている。
「こちらにお座りになってお待ちくださいね」
「えぇ、ありがとうございます」
「わかりました」
「すわっていいの?」
アリッサがシスターに尋ねる。
「はい。こちらでお待ちくださいね。あなた、お名前は?」
「はい。アリッサです」
「アリッサちゃん。五歳のお誕生日、おめでとうございます」
彼女は、とても良い笑顔で祝いの言葉を贈ってくれた。
「はい。ありがとう、ございます」
「いいえ。どういたしまして。では、少々お待ちくださいね」
シスターは、丁寧にお辞儀をして左奥の扉を開けて入っていく。
奥では準備ができていたのか、間が開かずに扉が開く。そこには先ほどのシスターと、白装束のローブのようなものを羽織った、首元に綺麗な太めの首飾りを下げた年若い男性。
「お待たせいたしました。わたくしはこの神殿の司祭を任されております、ホルムフィールと申します。あ、『若いな?』と思ったでしょう? すみませんね。わたくし、昨年王都の神学校を卒業しまして、父のあとを継いだばかりなものですから。ですがご安心ください。仕事はきっちり、間違いなく――」
「あ、あの。洗礼は、仕事とはちょっと」
シスターがつい、突っ込みを入れてしまう。
「あははは。すまないね。わたくしもつい、緊張してしまったものですから」
ホルムフィールという司祭は、まったく緊張する素振りは見えなかった。おそらくは、アリッサたちの緊張をほぐそうとしてくれているのかもしれない。
「――くすっ」
「あ、今笑ったでしょう? お兄さん、ちょっと傷ついちゃうな? なんて、冗談ですよ。どうです? 準備はよろしいでしょうか?」
アリッサは笑い出しそうになるのを少し我慢する。彼女の緊張感のなさは、度胸が良い印なのだろうか? クレーリアは『これっ』と、窘めるような表情をする。ダンドロールは、『まぁまぁ』と苦笑していた。
「はいっ」
元気よくアリッサは返事をする。
「では、両手をこのように組みまして、顎の下に持って行きます。そのまま目を閉じて、少し目を瞑っていてください」
アリッサは両脇にいる二人の仕草を真似て、手を組みぎゅっと目を瞑った。
「聖の女神イグニス様。拳の神アダムス様。火の神フェルミス様。水の女神アクエス様。地の神ノーミレス様。風の女神ウィムレス様。闇の女神ノワレス様。偉大なる七柱の神々の皆様」
ホルムフィールの澄んだ声。洗礼に必要な宣言のような祝詞が続いていく。
「五歳になります、このアリッサが、あなたたちの加護を求めています。どうか我がと思われる方がいらっしゃいましたら、彼女をお守りいただけないでしょうか?」
この場でアリッサの守護柱が決定する。
「アリッサちゃん。この石版に両手のひらをあてて、くれるかな?」
「はいっ」
椅子から立ち上がり、二歩歩くと石版の前に立つ。石版には青く澄んだ何も書いて買いツルっとした平らもの。その下の部分には幾重にも輪郭の書かれた、両手を形取ったものがある。
「そう。そこに両手をあててね?」
「はいっ」
アリッサは手をあてる。『これからどうするの?』という視線をホルムフィールに向けた。彼は笑顔でこう答えてくれた。
「では、わたくしの後について、唱えてくださいね。『七神の皆様方にお目にかかれる日を楽しみにしています』、はい」
「『しちしんの、みなさまがたに、おめにかかれるひを、たのしみにしています?』」
すると、石版が光り、文字を形作っていく。それはアリッサにしか読めない、秘密の文字になっていた。
「アリッサちゃん。名前、読めるかな?」
アリッサは両親から、文字の読み方だけは教わっていたのだった。
「あ、はい。よめます。えっと、ボクのなまえのうしろ、うん、このままでいんだよね? ……アリッサ・イヴ・ウエインベール?」
しばしの沈黙。驚いたような表情のホルムフィール。
「――これは素晴らしいです。この場に立ち会えたことを、わたくしは感謝しなければならないでしょう。イヴニス様のご加護を受けたようですね。聖魔法のスキルを得たのかもしれません。とても素晴らしい。この国でも、アリッサちゃんで二人目です。これは秘密裏に、聖女様へお知らせしないといけませんね。これは忙しくなりますよ……」
「イヴニス、様?」
そう、彼女の名前を口に出した瞬間、もの凄い量の情報が、頭に繋がったパイプから強引に流れてくるような錯覚を受ける。
「ぅぁっ」
「だ、大丈夫? アリッサ」
それは一瞬だった。けれど、濃密でそれでいて、とても懐かしい感じのするものだ。
「だいじょうぶ、だよ?」
実は、アリッサの名前はもうひとつ記述されていた。それは『アリッサ・アダ・ウエインベール』。やはり、イヴニスの加護だけでなく、アダムスの加護も受けてしまっていたようだった。
「そう。それならよかった。それにしても、すごいわ。聖魔法ですって」
「あ、あぁ。俺も驚いた。俺もそうだったが、皆の予想では、アダムス様の系統のご加護だと思っていたからな」
「(イヴニス様、って、もしかしてGMの、あのイヴニス様? あれ? ゲームって何? そういえばボク、イヴニス様と何度も一緒に遊んだような気がするけど……)」
口には出さなかった。もちろん、こんなに流ちょうな話し方をしたら、両親が驚いてしまうことも納得できていたからだ。
アリッサは何かを思い出した。それは間違いないことだっただろう。
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