08 とろける花火
部屋にいた二人の先客
一人目の女生徒は雑誌とコンパクトを代わる代わる眺めながら髪をいじっていたが、俺達に気づくと顔を上げ、少し驚いた顔をした。
「あー、あなたC組の掛彬さんでしょ。どーぞ、座って座って」
ファッション雑誌から飛び出してきたような普通におしゃれ女子だ。
抑え目な茶色の髪は、計算された「跳ね」で軽やかな雰囲気を醸し出している。
「ありがとうございます。どこかでお会いしました?」
穂乃果は勧められるままに椅子に座りつつ、不思議そうに問いかけた。
「C組に美人がいるって学年中で噂よ。私、A組の登呂川。よろしくね」
なるほど、中々の陽キャさんだ。ちなみに穂乃果の隣に座る俺の姿は彼女に見えているのだろうか。
気を取り直して二人目の先客に目をやると、制服の上からパーカーをかぶった小柄な女生徒。
携帯ゲーム機から目も上げず、目深にかぶったフードから長い髪がこぼれている。
「私、チアリーディング部に仮入部していたんですけど合わなくてー」
登呂川は自分の話に夢中だ。あ、穂乃果が寝そう。
遅れて最後の一人、風見が入ってきた。一目見て、登呂川の表情が変わった。
素早くコンパクトを畳むと、
「こんにちわー。どうぞ座ってくださーい」
声のオクターブが上がっている。あれ、俺への対応とまるで違うぞ。
「ありがと。先生はまだみたいだな」
後半は俺に向かって言ったのだが、登呂川は構わず答えた。
「はい。私はA組の登呂川蜜といいます。さっきまで、みんなで自己紹介でもしようかと言ってたんです。お名前をうかがってもいいですか?」
え、そんな話になってたっけ。風見は勢いに飲まれながら、
「俺はC組の風見樹。よろしくね。えーと、次は」
俺に目配せ。ようやく俺の出番だ。
「C組の秋月拓馬。よろしく」
「えー、風見さんっていうんですか。素敵な名前ですね」
「あ、ありがとう」
若干引き気味の風見。というか、俺は他人から見えているんだろうか。実は死んでたとかいうオチは勘弁してほしい。
俺につつかれ、半分寝ていた穂乃果が、はっと目を開く。
「私はC組の掛彬穂乃果です。えーと、そちらの方は」
話しかけんなオーラ全開のパーカー女が面倒くさそうに口を開こうとすると、
「彼女もA組で水無月さん。下の名前は何だっけ」
登呂川が口を出す。
水無月と呼ばれたパーカー女は、
「花火。水無月花火」
とボソボソ答える。
なんか変な雰囲気になりだしたころ、蜂須賀先生がやってきた。グッドタイミング。
「お、揃ってるな。早速始めるよ。じゃあ、せっかくだし自己紹介でもしてもらおうか」
「あ、もう終わってます」
思わず口を挟む俺。先生は意外そうな顔をする。
「へえ、もう仲良くなったのか。なら話は早い。うちは一年生のうちは部活に入らなきゃいけないのは知ってるよね。ここにいるのは5月になったにも関わらず、まだ入っていない最後の五人」
うわ、もう五人だけなのか。
「丁度いいので、部活を一個作ってちょうだい」
皆、虚を突かれて先生を見返す。水無月も今日初めてゲーム機から顔を上げた。
登呂川が手を上げる。
「はーい、はい。先生、どういうことですか」
「私ね、ここままだと女バスの顧問になりそうなのよ」
はあ。そうですか。
「あそこ、遠征とかで忙しい上に、部員同士がギスギスしていて嫌なのよ。で、適当な部活を作って私が顧問になるってわけ」
ばん! テーブルに部活の設立願をたたきつける。顧問の欄には蜂須賀陽子の署名捺印済だ。
「あんたらもやりたい部活がないならちょうどいいでしょ。この部屋、部室にしていいから、一学期くらいは適当に出入りして宿題でもやってて」
確かに悪い話ではない。だが、これって先生が提案することなのか。皆で目配せしながら迷っていると、穂乃果が挙手をした。
「あの、じゃあ、私が設立届を書いてもいいでしょうか」
「お、掛彬なら先生も安心だ。頼まれていい?」
「はい、私もちょっとやりたいことがありまして」
意外な展開だ。風見と顔を見合わせる。
「じゃあ、後で取りに来るから設立届を書いといて。一旦、職員室に戻っとくね」
不良教師は上機嫌で部屋を出ていく。
水無月はゲーム機をポケットに滑り込ませると、設立届の部員欄に手早く名前を書き込んだ。
――1年A組 水無月花火
「じゃ、先に帰るけど任せちゃっていいかな」
「はい、どうぞ」
「じゃあ、私も名前書きまーす」
ボールペンを握る指の爪にはさり気なデコ。
――1年A組 登呂川蜜
「じゃあ、掛彬さん。お願いしていいかな」
――1年C組 風見樹
「俺も書くよ」
――1年C組 秋月拓馬
「わたし、ここでいいんですか?」
最後に残った部長欄。
――1年C組 掛彬穂乃果