07 二人の先客
「あーきーつーきー!」
教室に入るなり、俺はクラスの男子達に囲まれた。一瞬、昨日読んだ薄い本を思い出す。
いや待て、いくら何でもそんなこと。え、いや、そうなの?
怯える俺に、C組の掛彬親衛隊長を自任する高木が口を開いた。
「お前今朝、掛彬さんと一緒に登校してただろ。説明してもらうぞ!」
「え? そんなことか」
しまった。失言だ。皆の殺気が高まるのが分かる。
「穂乃、いや掛彬と俺は昔からの知り合いなんだよ! 今日は偶然家の前で会って、途中まで一緒に歩いただけ!」
どよっ。騒めく男ども。これで誤解は解けたか。
「掛彬と俺はなんともないって。第一、俺とじゃ釣り合わないだろ」
自分で言ってて割と凹む。
「まあ、それもそうだな」
「わりいな、いきなり詰め寄って」
「誰だよ、二人が付き合ってるとか言ったのは」
皆は一斉に納得する。いや、みんな素直すぎだろ。少しは疑えよ。
「そんなことより、お前、掛彬さんと知り合いだったのか?」
「まあ、家が隣だしな」
どよよっ。再び皆の目の色が変わる。
「秋月君、俺達友達だよなっ!」
「今度泊りに行っていい?」
「断るっ! お前ら、俺の家の半径五十メートル以内に近付くな!」
俺は朝からなんでこんな目にあっているんだ。
ようやく自分の席にたどり着いた俺は、精魂尽き果てて机に突っ伏した。
「おはよう、拓馬」
「おお、風見か。おはよう。今日は朝からひどい目にあったぜ」
今日は朝からイベントてんこ盛りだ。つーかまだ学校始まってもいないのか。
「掛彬さんと同伴とはやるね、拓馬」
「お前までそんなこというのか。俺と穂乃果が隣同士なの知ってるじゃん」
俺は顔を上げて風間の顔を見る。昨晩の穂乃果の暴走を思い出す。
「……」
「どうした、拓馬」
こいつとか。あれをしたりこれをしたりするのか。
「無理だ」
俺はもう一度机に突っ伏した。友情の先にある愛の世界はまだまだ遠い。
――――――
―――
今日もようやく終わりだ。
俺は頬杖をつきながら、ホームルームの終わりを待っている。
担任の蜂須賀陽子は若い英語教諭だ。押しの強い性格と同じく押しの強い胸元に男子生徒を中心に支持層は厚い。
蜂須賀先生の胸を眺めていると知能指数がみるみる下がっていくのが分かる。
頭の中に「でかいな……」と浮かんできたきり、他の言葉が出てこないのだ。
ぼんやりしている内にホームルームも終わりのようだ。蜂須賀先生はいつものように日誌を脇に抱えた。
次は「お前ら、悪さしないで帰れよ」とお決まりのセリフを――
「秋月と掛彬、風見。この後、第五資料室に来い。お前ら、部活の希望届出してないだろ」
あれ。なんか別分岐に入ったぞ。ボケっとしている俺の顔に気付いたらしく、
「校務分掌で私が担当なんだよ。いいから来いよ」
駄目押しで言い捨てて教室を出て行った。
俺の帰宅部ライフももう終わりか。観念しながら立ち上がると、腕を組んで思案顔の風見の肩を叩く。
「お互い観念しようぜ」
「ああ、仕方ないな」
あれ、そういえば穂乃果も呼ばれていなかったっけ。
見れば穂乃果もあくびを噛み殺しながらこちらをチラチラ見ている。
「なあ、一緒に行かないか」
「うん、そうしようか」
ふらつきながら立ち上がる穂乃果。
「穂乃果まで呼び出されるとは思わなかったな。入りたい部活が無いのか?」
「それが色々な部活に誘われちゃってて。何処かを選べば角が立ちそうで。迷ってるうちに」
そうか。単に忘れていた俺とは違い、それなりの理由があるようだ。
「じゃあ、早速行こうぜ。あの先生、怒らせると怖いから」
「拓馬。俺、ちょっと用事済ませてから行くよ。すぐ済むから、二人で先行っててくれ」
風見は俺にウインクして教室から出ていく。なんか、気を遣わせたみたいだ。
「なあ、穂乃果は何部に入るか決めた?」
二人での道すがら俺はさりげなさを装い尋ねた。
「まだ迷い中なの。あ、たっくん、ちょっと」
穂乃果はいきなり真面目な口調になると、俺を廊下の柱の死角に連れこんだ。
「な、なに?」
「今朝、持ち物検査してたよね。本は無事だった?」
あ、ヤベ。思い出した。放課後、そっちの呼び出しもあるんだ。
「えーと、風紀委員会に没収されちゃって」
「ええっ! それは困る!」
ばんっ! 穂乃果は俺を追い詰め、背後の壁に手をついた。俺、初の壁ドンはされる側だ。
「あれがないと捗らないのっ!」
捗るって何がだ。
「ああ、そっちにも放課後呼び出されているし、ちゃんと返してもらうよ」
「ぜーっったいよ!」
目がマジだ。俺はただ頷く他ない。
そんなこんなで辿り着いた資料室にはまだ先生はいなかったが、二人の先客がいた。
その内の一人、鏡を覗き込んでいた女生徒がゆっくりと顔を上げた―――