04 ぱっつん前髪 掛彬志乃
俺は昼飯の弁当をつつき回しながら向かいのイケメンに毒づいた。
「風見、お前まで悪ふざけに加わりやがって。ひどい目にあったぞ」
「はは、悪い悪い。あんまり面白そうだったからな」
メロンパンを齧る風見はニヤニヤと笑いかける。
「そういえば拓馬、掛彬さんとは最近どうなんだ?」
「なんでここで穂乃果の話なんだ」
「体育の時間、なんかこそこそしてたじゃないか。中学の時はクラスも違うし接点なかったけど、今日はなんかいい感じだったぜ」
いい感じなのか何なんだか。正直俺にも分からない。
「いつも通りだって。もともとお隣さんだしな」
「それでもいいけどさ。油断しているとあっという間だぞ、っと」
風見は二つ目のメロンパンの包みを開ける。
そういえば噂では穂乃果はすでに5人に告白されて断ったらしい。
断った理由は三次元に興味がないからなのか、単に好みの相手がいなかったからなのか。後者なら彼氏ができるのも時間の問題だ。
「そういえば、部活はもう決めたか?」
黙る俺を気遣ったか。風見は話題を変えてきた。
「入りたいのが無けりゃ、入らなくてもいいんだろ?」
「おいおい、一年生は部活は強制加入だぞ。それで俺も迷ってるんだよ」
そうなのか。全然気にしてなかったぞ。
「風見はアニ研じゃないのか。中学もそうだったじゃん」
「色々あって入りづらいんだよね。運動部だとアニメのチェックする時間が無くなるしさ」
「じゃあ、俺も部活を決めないといけないのか」
いや待て、ここは勝負所かもしれない。穂乃果と同じ部活にするのもありじゃないだろうか。
よし、今晩そのあたりを聞き出そう。俺はうわの空でブロッコリーを口に放り込んだ。
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今日はやけに疲れる一日だった。暫定帰宅部の俺は特権とばかりに直帰することにした。
「ただいまー」
玄関に腰かけて靴紐をほどいていると、見慣れない小さな靴がきちんと並んでいるのに気付いた。
妹の咲良は靴を並べて脱いだりはしない。心当たりのある俺は、真っすぐ部屋に向かわずにリビングに顔を出すことにした。
「志乃ちゃん。いらっしゃい」
リビングのソファにちょこんと腰かけているのは掛彬志乃。穂乃果の妹で咲良の同級生だ。
相変わらず、ぱっつんの前髪がお人形みたいで可愛い。昔から穂乃果と志乃ちゃんは近所でも有名な美少女姉妹だ。
「拓馬さん、お邪魔してます」
ぺこりと頭を下げる。この可愛げをうちの咲良にも少し分けてやってほしい。
「そういえば四月から中学上がったんだよね。制服姿初めて見たよ」
俺はそう言いながら、テーブルの饅頭を一つ手に取った。
「はい。あんまり似合ってないから、恥ずかしくて」
「そんなことないよ、可愛いよ」
「ふぇっ?!」
饅頭うめえ。やっぱ饅頭にはお茶だな。そう思っていると、お盆に湯呑を載せて咲良が戻ってきた。
「こら兄貴! 志乃ちゃんに変なこと言わないでよ!」
妹の咲良は志乃ちゃんとは正反対だ。がさつで乱暴で、何より兄を敬う心が無い。
「お、気が利くな。もらってくぞ」
「あ、それ私のお茶!」
俺はお盆から湯呑を取ると、その場から立ち去ろうとする。
幸いにも咲良の手は塞がっている。ここは蹴りが来る前に逃げるに限る。
「あの、拓馬さん」
と、志乃ちゃんに呼び止められる。
「なんだい?」
「あ、あの、昨日の晩」
言いかけて、黙る志乃ちゃん。
「昨日の晩がどうしたの?」
「あ、いえ。今度、咲良とクッキー焼くんで、持ってきますね」
言って、志乃ちゃんは顔を赤くしてうつむいた。可愛い。
「ありがと、志乃ちゃん。楽しみにしてるね」
「兄貴に味なんて分かんないよ。ティッシュでも食べさせとけばいいんだから」
逃げ遅れた俺の太腿に咲良の蹴りが炸裂。マジ痛い。
掛彬姉妹と咲良とで、何でこんなに違うのか。
……そういえば今晩、穂乃果にベランダに呼び出されている。
体育の時間は少し様子がおかしかったが、志乃ちゃんみたいに優しい子の姉だ。きっと昼間のお詫びだろう。
部活の話も聞かなくちゃな。俺は二個目の饅頭を頬張りながら、浮かれ気分で階段を上った。