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30 この友情は高くつく


「お、お疲れ……」


 俺は恐る恐る部室をのぞき込む。

 居るのは水無月と登呂川の二人。穂乃果はいないようだ。


「いやあ、本日はお日柄もよろしく」

「……秋月。お前、掛彬に何かしでかしたのか?」


 俺が座るより早く、水無月が俺に尋ねてきた。


「いや、あのちょっと。なんというか、ちょっと色々ボタンの掛け違いが生じて」


 乾いた笑いで言葉を濁すと、登呂川が厳しい視線で俺を射すくめる。


「最近、穂乃果ちゃんがさあ、部室に拓馬君が居ないのを確認してからじゃないと来ないの」 


 ああ、やっぱり。

 道理でここ数日、部室で見かけないと思った。思った以上に事態は深刻だ。


「拓馬君が部室に来たのは連絡済みだから、安心して。穂乃果ちゃんは今日は来ないよー」 


 何故かホッとする俺がいる。確かにこの状況で穂乃果と顔を合わせるのは難しい。


「なあ、ちゃんと説明してもらおうか」


 今日の水無月には、からかいの気配は一切ない。登呂川も、もちろん同様だろう。俺は覚悟を決めて二人に向き直った。


「えーと、何から話そうかな。まず、穂乃果には妹がいるんだけど。彼女が俺と穂乃果が付き合っていると勘違いしているんだ」


 さて、ここまではうまく説明できているはずだ。この先はちょっと難しいぞ。


「それで、妹さんが俺に詰め寄ったところを穂乃果に見られて、俺が妹さんにその、悪戯をしているものと勘違いされて」


 よし、上手く説明できたはず。ホッとしたのも束の間、二人の表情は険しいままだ。


「ねえ、穂乃果ちゃんの妹って何才?」

「えーと、12才とか言ってたかな」

「うっわ。引くわー。惚れた相手の妹に手を出すとか。しかも12才って」

「ロリコンは駄目だろ。死ね」


 えー、なんで。なんで俺がこんなに責められているんだ。


「なあ、俺の話聞いてた?」

「聞いたけどさ。なーんか、すっきりしないのよねー」

「秋月。まだ言っていないことがあるだろ」


 水無月、鋭い。登呂川もなんでカーテンを閉めるんだ。やばい。これは正直に言った方が身のためだ。


 俺が穂乃果とベランダで逢引(?)をしていること、それを見て俺と穂乃果がおかしなことをしていると勘違いして、志乃ちゃんが暴走したこと。


 ここまで聞いて、二人は少しは納得したようだが、


「まだちょっとよく分からないんだけど。ただ話しているだけで、どうして妹さんがそんな誤解をしたの?」


 登呂川はそう言うと、水無月と顔を見合わせる。


「え、嘘。まさか。穂乃果ちゃん、早まっちゃったの?」

「掛彬も私に相談してくれてたら。こいつは止めておけって言ってやったのに」


 今度はこっちにも新たな誤解が。いやいや、俺達付き合っていないし。


「違う、違うって。理由はちょっと言えないけど、俺達付き合ってないから」 

「まだ、秘密があるの?」


 登呂川の顔から表情が消える。彼女は俺から目を離さず、カバンから小さな金属ケースを取り出した。

 ……何それ。


「まさかこれが日の目を見ることに」

「分かった! 全部、全部言うから! 今度こそ隠し事無し!」

「大丈夫、無理しなくても全部素直に話せるようになるから。まずは指を」

「待って待って待って! 話す! 話すから!」


 俺は全てを話した。

 穂乃果の腐女子っぷりだけは「彼女の秘密」と言い換えたが、嘘ではないはずだ。


 言い終えた俺は恐る恐る二人の反応を見守る。 


「うわー、二人ともそんなんなんだー。お幸せにー」

「ベランダで露出系のプレイとか、お前鬼畜だな。死んだ方がいいぞ」


 大丈夫か。本当にちゃんと伝わってるのか。


「なあ、あくまでも誤解だってこれで分かってくれたよな?」

「うん大丈夫、分かった。じゃあ、話をまとめましょう」


 登呂川はノートパソコンを開く。


「えーと、拓馬君が穂乃果ちゃんに変態プレイを強要していて、妹さんは姉を助けるために自分の体を犠牲にしようとしたってことよね」


 なんだそのまとめ。待て、そんなこと打ち込むな。しかも打ち込んでどうする気だ。


「うわ、完全に鬼畜系じゃないか。お前最低だな。いつ死ぬんだ?」


 今だ。もう今死ぬしかない。打ちひしがれる俺を見て、二人はやれやれと肩をすくめた。


「まあ、しょうがないよねー。このまま穂乃果ちゃんが来なくなったら困るし」

「高くつくぞ、覚悟しとけよ」


 仕方がないとばかりに立ち上がる二人。

 え、それってもしかして。


「取りなしてあげるって言ってるの。ご不満?」


 天使だ。天使が降臨した。すまない、今まで二人とも悪魔側だと思ってた。


「ありがとう! 早速、穂乃果の所に行くのか?」

「え、コンビニよ」


 コンビニか。なんでだ。


「だって、作戦会議にはお菓子とジュースが必要じゃない」

「秋月、財布を忘れるなよ」


 なるほど。そうきたか。よし、やってやる。財布が空になるまで付き合ってもらうぞ。



 ――――――

 ―――



「それで最近、部室にやたらお菓子が増えたのか」


 風見は爽やかに笑うと、湿気たカレー煎餅を齧る。


「ああ、お年玉も総動員の覚悟だぜ」


 作戦会議のたびに持ち込むお菓子代で今月は大赤字だ。


 あの二人、ひょっとしてそのために作戦会議を何度も繰り返しているのだろうか。

 いやまさか。それだけ真剣に考えてくれているんだ。これが友情ってやつだ。


「しかし、拓馬も水臭いな。掛彬さんとそんなことになってるなら言ってくれたらよかったのに」

「悪かったな。恋愛相談ってなんか恥ずかしくてさ」


 しかも恋愛相談かどうかも怪しいし。


「で、改めて俺に力を貸して欲しいってのはなんだ?」

「それなんだが。最近、咲良の様子がおかしかったのも、志乃ちゃんから誤った情報を聞いたからだと思うんだ。だから、まずは咲良の誤解を解いて、志乃ちゃんとの間に入ってもらおうかと思って」


 つまりは咲良→志乃ちゃん→穂乃果と順々に誤解をとくのだ。遠回りなように見えてもそれが一番確実であろう。ただ、一つ問題がある。


「咲良にすっかり避けられてて、まともに話を聞いてくれないんだ。面識があるのはお前だけだし、まずはお前に間に入ってもらえないかと思って」


 更に一つ加えて、風見→咲良→志乃ちゃん→穂乃果の順だ。


「俺が?」

「ああ。知らないかもしれないが、咲良はお前のこと憧れてる節があってな。お前の言うことなら耳を貸すと思うんだ」


 風見は少し考えながら、言葉を選び選び話し出す。


「そうだなあ。何と言うか、俺はお前の味方で、どうにかしてやりたいと思ってるんだ」

「ああ、頼んだぜ」

「ただ、今回は咲良ちゃんの俺への好意を利用しているみたいで気が進まないんだ」

「まあ、かっこいい先輩への憧れって感じだし、そんな深く考えなくても」


 俺は煎餅に手を伸ばそうとして、風見の憂いた表情に気づいた。あれ、これってもしかして。


「え?! 咲良の奴、本当にそうなん?! いつから?」

「一昨年くらいかな。咲良ちゃんから手紙貰って」


 マジか。俺の家でマリカーとかしてる間に、そんなことになっていたのか。

 あれ、そういえばコンビニ行ったりして、咲良と風見を二人きりにしたこともあるはずだ。まさか。


「で、二人はどこまで進んでるんだ?!」

「落ち着けよ。付き合ってないって」


 そうか付き合ってはいないのか。ということは、


「ふったのか? 俺の妹に何の不満が」

「どっちだよ。だから不満とか、ふったとかそういう話じゃないよ」

「へ?」

「もっと大人になって色んな人と出会って、いろんな経験して。それでもまだ気持ちが変わらなかったら、もう一度伝えてくれって。その時はちゃんと正面から向き合うって答えたんだ」


 なんだそれ。それが当時、中二だった男の返事なのか。

 俺がゴール直前にカメを投げるタイミングとか教室を占拠したテロリストとの戦い方ばかり考えていた頃に、同じ屋根の下でそんなことになっていたのか。


「そういうことは、何年かして告白されたら付き合うのか?!」

「俺のこと知ってるだろ? 今は女の人と付き合う気は無いし。咲良ちゃんがもっと大人になって、世界が広がれば俺のことなんか忘れて好きな人も出来るさ」


 お前、自分を過小評価し過ぎじゃないか。俺はもう今のやり取りで惚れかけてるぞ。


「そこまで咲良のこと考えてくれてたんだな。そうだな。悪い、今回のことは」 

「……いいぜ、俺はどうすればいい?」

「え? いいのか」

「場を設けるまでは協力するよ。そのあとは、お前が咲良ちゃんと腹を割って話すんだぜ」


 やばい。惚れた。やっぱりお前は俺の親友だ。


 ……さて、それはそうと買い出しの時間だ。

 確か今日の指示はジャガリコとからあげクン(全種類)、それになんか珍しいの、だ。


 でもローソンは学校から遠いんだよなー。俺は気合を入れて靴紐を結び直した。


拓馬、周りの助けを借りて穂乃果と向き合う覚悟を決めました。

財布の中身が尽きる前に決着すると良いのですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 説明するのに、秘密だけは守り通したところですね。あとは関係改善に周囲を頼っていることが、吉と出るか凶と出るかですね。 [一言] これでだめなら恥も外聞も捨てて家の前で土下座という強行手段に…
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